012 神の敵は殲滅せねばならない ②
火薬で鼻が麻痺する。薄暗くて。湿った空気。天井は崩れ。足場は瓦礫で、凹凸激しい。土埃が踊る。息を吸うと、塵が肺に逃げ込んだ。崩壊前は開けた空間だったので。身動き取れなくなった今。閉塞感が凄まじい。
薄暗闇の中には、男が二人。赤髪の男と、茶髪の優男だ。身から溢れる
紅の閃光は、俺に傷を合わせるどころか、簡単に腕を斬り落とした。
何だ、この体たらくは……。奇襲するはずが、攻撃を受けたのはこちら。疑惑。失念。知らぬ間に、どこからか情報が漏れた、らしい。
騎士達は、爆風に巻き込まれて、瀕死の状態である。
治癒で生やした腕。手の感触を確かめる。本来、欠損を直した直後は、思い通りに動かないが。問題ない様子に、安堵する。
掌からは熱さ。男から迸る、熱気に、表情が歪む。
地面に叩きつけた、赤髪の男。凄まじい速度だった。意識を割いていたが、反応できなかった。付け入る隙があるとすると。経験が足りないことか。もう少し、知恵があれば、化けるかもしれない。将来的な、脅威だ。芽は、摘めるときに摘んでおくのが―――、最善解。
「敵が、
「……あ? プリースト?」
逃げ出そうと、思いっきり体をひねる。指の隙間から。刃のような紅い目が、俺を睨み付けた。凄まじい力だ。
末恐ろしい組織だ。
「かなり、鍛えられている。一歩間違えば、俺も危うかった。だから……、この段階で仕留められるのは。とても、幸運だ。生憎。俺には、お前を倒せるほどの
「拍子抜けだッ、この程度で、勝ったつもりかッ!」
紅が、吠える。低く獰猛な声は、獣のもの。
俺は、壊すのは苦手だ。プリーストは、力の成長具合が。他の
「近接戦。特に対人。プリーストにとって、敵を掴むことは勝利と同義なんだ。」
力のない弱者―――。弱いものは弱いなりに。俺には、プリーストなりの戦い方がある。
仄かな風が、煙を撒き散らして踊る。爆発で着火した紅の焔は、奔流に飲まれ。無残に、儚く消え去る。
「
同時に、敵を放り投げた。後方の壁へと、凄まじい勢いで吹き飛ぶ。爆風と、衝撃音。半分以上、体がめり込んだ。脚が土から生えている。
獰猛で凶暴だった獣は、沈黙する。
力と速さだけが取り柄の、近接職が弱い理由は、ただ一つ。彼らは。
近接職は、考えなしに突っ込むきらいがあり。簡単に、処理しやすい。純粋で、単純。対人だと、とてもやりやすい相手だ。
「悪かったな。プリーストである俺は、わざわざ力比べなんかしない。」
諭すように告げると。突然、左耳に違和感を感じた。
「……プリースト? 冗談よしてよ。プリーストなら、
全力で身を捩って飛び退き。振り返る。俺のいた所には、茶髪の男が立っていた。気配が、全くない。
冷ややかな空気。背筋が凍る。俺は、気づかない間に、体の一部を触られていた。
へらへらと笑みを浮かべる男。魔力は一切感じられない。強者には見えないが、弱者にも思えない立ち振る舞い。薄気味悪い。不気味だ。宝具を使った形跡もない。
闇の眷属は、プリーストが使う神力と相反する力。闇力を使う。可視領域に瞬間移動する能力を持つ奴も、いるが。人間には使えない。
一体、どういうカラクリだ。俺は、目の前の男の、警戒レベルをMAXに引き上げる。
「不思議に思ってるみたいだね。けど。僕も同じ気持ちだよ。
一歩後ずさる。男は三日月の笑みを浮かべていた。まだまだ、余裕のある表情。
「……グングニル。あぁ。あそこで伸びてるやつのことか。」
背筋が凍る。得体の知れない。気持ちの悪さ。空間に、ポッカリ穴が空いているみたいだ。そこに立っているのに、気配が全くない。少し気を抜くと、見失うだろう。存在感がないどころの話ではない。そこには、誰もいない。
宙を飛ぶ。
見失わないうちに。全力で、男を蹴りつける。攻撃用の宝具がないから、接近する。
「……いい蹴りだ。」
「……ッ!?」
脇腹を、蹴り飛ばす。血反吐を吐いて男は吹っ飛んだ。グングニルと同じように、土の中に消える。彼と違うとこといえば、土砂の中から、何事もなく立ち上がったことだ。
恍惚とした表情を浮かべてる。鳥肌が立つ。
「あー、ダメだ。負け負け。もっと蹴って欲しいけど。帰るよ。今の僕達じゃ、勝てない。僕も、一応、ランクはカンストしてるんだけどな。」
飄々と言葉を紡ぐ様子は、ここが戦場でないかのよう。緊張感が欠如している。
「総帥と同じくらいの力を感じたよ。君……、もしかして、
人類の
プリースト。神ローレライの手足。
「ふざけんな。人類の限界は、百だ。」
ローレライは、情けを与えられた。この世界では。あまりに、虚弱なプリーストに。
そこには、ランク百超越の秘儀が書いてある。重要な情報を、教会は必死に隠している。
プリーストにだけ許された。教会が超S級に指定している機密情報。通称、
俺の
人間の限界の。百の壁。それを越えたのは、もう三年も昔のことだ。
※
真っ暗な雲からは、雨が垂れ落ち。豪雨が発生する。ラズベリー伯爵館は、雷雨の渦中にあった。不穏な空模様に、どうしても億劫な気持ちになる。
「遅っそいなあ。ロゼ」
ロゼが部屋を出て行って、早二日経った。特に変わった様子はない。屋敷内が少し騒がしいくらいである。敵の
「シオン様……、生きてますか?」
扉が無造作に開かれた。かけられた声は、甘いアニメ声。白髪の少女が顔を覗かせる。身につけているのは、騎士団の鎧。胸にある二つの大きな果実が、窮屈そうに締まっている。
肩にかかった髪が、風に揺れた。ロインは僕の手を、握り締めると。先導するように引っ張った。
「聖勇者。行きますよ。」
「え? 行くって、どこに」
強い力に引っ張られて、部屋を出た。壁には、宝具が飾られている。ラズ・ラズベリー。宝具収集家。一体どんな人物なのか。気にならないと言えば、嘘になる。
ロインの引っ張り方が、荒い。どこからこんな力が出てくるのか。掴まれた手首は、あまりの強さに痣になる。抗議しようとしたが。凄まじい剣幕に、口を閉ざした。
屋敷の入り口に差し迫ったあたりで、勢いが止まった。
「一体。どこに、行くんだ?」
玄関から、びしょ濡れになった男が現れた。マルタの執事である。ソラだ。雨に振られたのか、スーツは水で台無し。
「少し、お散歩に。シオン様だって、いつまでも部屋にいたら、体によくないですし!」
相変わらず、溌剌とした物言いだ。こちらまで、ペースを乱される。
「傘もささずに、どうするつもりだ?」
反対に、ソラの方は。いつもと違う口調。問い詰めるような口調。緊張感溢れる、振る舞い。鋭い眼光。鷹のように獲物を狙う目。別人のような様子に、思わず生唾を飲む。
「殿下に、誰にもここを通すなと言われている。悪いが、散歩なら、次の機会にしろ。」
吐き捨てるような、低い声で告げる。
「……仕方、ないですね。あの化物が帰ってくるまで、時間もなさそうですし。」
ロインが、ため息を吐く。何を言ってるのかは分からないが、目が、虚である。彼女の、焦りが、僕からもわかる。
風が吹いた。
僕の手を掴んでいたロインが消える。残像のようなものが目に映った。
ロインは、ソラの背後に回り込むと。懐から取り出した真っ黒な短剣で、心臓を突き刺した。
呻き声をあげて、ソラは、倒れ込む。胸からは、血が流れ落ち。水溜りのように赤い池を作る。
「ッ!? ロインッ! なんで、こんなことするのさ!」
短剣は禍々しい気配を放っている。僕の、聖勇者としての、第六感が警笛を鳴らしている。危険だと。
仲間がやられたってのに。思い通りに、体は動かない。恐怖で、膝から力が抜け。座り込む。口だけが、達者に動く。
「ソラが……、ソラが……ッ、死んじゃうよ……」
何故?何故? こみ上げる吐き気に抗う。誰もいない今。僕が、なんとかしなければならない。
けれども。ランク六十のソラが、呆気なくやられた相手に、僕が敵うはずもない。
「……不覚。まさか……、
「……無理だ。逃げられっこない」
口が、勝手に動く。ソラの気も知らぬまま、僕は諦めの言葉を言ってしまった。
だって、僕は見てしまったから。ロインの右上に浮かぶ、ステータスを。
「どいつもこいつも。もう。めんどくさいです。シオン様……、いや、聖勇者。黙ってついてこないと……、殺しちゃいますよ。」
あどけないアニメ声で放たれる言葉は。狂気の言葉だ。可愛らしい表情は、見違えるほどに変貌し。狂気に染まっている。
体が、絶望に苛まれる。
仕方のないことだ。目線の上側。ロインの
ランク二〇の僕には、到底太刀打ちできない数字である。
我儘で無能と蔑まれてた王子は、実は序列上位でした〜教会暗部のシークレットランカー〜 麗音 @reommo
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