その30:騒がしい日々

 やっぱり、神様には逆らえない。それを思い知らされるのには、カミナリ一発で十分だった。

 あれを食らったらシャレにならない。ガイコツみたいな姿が点滅して髪の毛がアフロになって煙を吐くとかではすまないのだろう。自然現象が相手だから、単なる事故になるだろうし。翌日の新聞に「新潟市のフリーター、運悪く落雷で……」みたいな記事が載るくらいか。


「しかし、やっぱり神様はすごいんだな」

「すごいんです……。優しいところもあるんですけど、怒らせると……」

「あんな攻撃が出来るんなら、鬼が出たらあれでやっつけちゃえばいいのに」

「ですよねぇ。でも、何か制約があるらしくて。わたしたちには教えてくれませんけど」

「ふーん。秘密も多いんだな。まぁ、神様の考えることなんか、地上の人間には理解できないものなのかもしれないけど。……っていうか、ひよりたちは神界でどういう扱いなの? 神様見習いとか?」

「いえいえ。違いますよ。そんなおそれ多いこと。神界はあくまでも神様たちの世界で、わたしたちはそれぞれの神様にお仕えする巫女というだけですから」

「それもよくわからんな。だいたい、ひよりたちはどういう立場でどうやって…………」

 カラン。また、お社の鈴が鳴る。百円出す。もうそろそろ、百円玉も無いんだが。

『すごさがわかってもらえて、うれしいわ。神界のことは、あんまり詮索しないほうがいいわね。考えてもわからないんだから。いつか、神界冒険編とかでこちらへ来てみればわかるかもね。ふふ』

 なんだ。神界冒険編って。神界で神様がピンチになって地上から俺たちが駆けつけて大活躍するって感じの、人気アニメの劇場版スペシャルみたいなやつかよ。無いよ。そんなの。たぶん。


 カラン。また鈴が鳴る。だからさ、要件はできるだけまとめてくれないかな。もう百円玉が。

『そんなわけで、ひよりは明日の早朝便で帰らせます。メグルくんにも感謝します。ありがとう。あ、もし百円玉が無いようであれば、五百円玉で六回まとめて引くことが出来ます。そして千円札ならなんと十二回まとめて引くことが出来てお得なのでよろしく』

「いや、どういたしまして。……って、半分以上宣伝ですかっ」

 カラン。いや、だから百円玉が。五百円なんて出せるかっ。六回まとめて引くほどの情報量ないだろっ。だいたい、おみくじをまとめて引かすなっ。

「メグルさん。これを……」

 ひよりが百円玉をいくつか渡してくる。

「今日のバイト代の、わたしが使える分です……。でもわたし、もう使えないみたいだし……」

「お、おう。そうか。それじゃ、ありがたく……」

「大事に……使ってくださいねっ……」

「涙ぐんで袖をつかむなっ。使いにくいわ!」

『五百円、出せばいいのに。私の神界ポエムが五枚分ついてくるのに。まぁそれはそれとして。明日の夜明けにひよりを方角石に座らせていてちょうだい。神界行きの早朝便はこちらで導くから、ひよりも迷いません』

 むぅ。明日の夜明けには帰っちゃうのか。ひよりのことだから、帰ろうとしてもまた迷って展望台あたりに出てくるんじゃないかと思ったけど、そんなことも無いんだな。それから……ポエムはいりませんって。


 神様からのおみくじ通信も途絶えて、俺は今日は家に帰らず、夜明けまでここ、日和山山頂にいることにした。ひよりは、そんなことしないでいいと言ったが、それ以上は拒まず、少しうれしそうに見えた。

 多くの思いでを語り合えるほどの時間を一緒に過ごしてはいないんだが。なぜだか、そばにいることが当たり前であるかのような、不思議な感じがしていた。ひよりも、そんな風に感じているだろうか。


「しかし、なんでこんなことになったんだろうな。本来、ひよりが一人で鬼退治するつもりだったんだろうけど、俺が手伝うことになって」

「すみません……。わたしが間違えて展望台へ行かなければ……」

「いや、最初から日和山住吉神社に行ってたとしても、護符同化は出来てなかっただろうし。出来てたとしても、あけぼの公園とかひとりで行けなかっただろうし」

「うううう……。わたし、なんにもできてない……」

「まぁ、それはそうだけど」

「ひどいっ」

「拳を握るなって。それでな? 前に神様と通信したときに、神様は俺とひよりが出会うように仕組んだ、みたいなことを言ってたんだよ。そのとき、ひよりには教えなかったけど」

「神様が……仕組んだ?」

「うん。サポートさせるんなら、ほら、こんちゃんとか、他の巫女もいるはずだろ? なんで地上人の俺にって思ったんだよな」

「確かに……わたしが最初に来るメリットはあるんですけど、それが絶対ではないですからね……。地上の人を巻き込んでまで……」

「だからさ。実は俺は記憶を失ってるだけで本当は神界の王子であって、ひよりは俺に仕えていた、とかさ。その記憶をよみがえらせるために地上で苦楽を共に、なんてそういう話が」

「ありませんよっ。神界に王子なんていませんし、わたしがメグルさんのしもべですかっ」

「いや例えばの話をね……」

「そういうのは、神界冒険編でやってください」

「そんなの無いってばさ」

「でも……メグルさんは特別な人なんでしょうか」

「ひよりにとって?」

「なっ。そそ、そんなこと……。神界とか、地上にとって……っていうことですよっ」

「うーん。そうなのかな。でも、もうお役御免ってことであれば、特別も何もないよな」

「そうですねぇ……。でも、わたしにとっては……」

「ん? なに?」

「なんでもないですっ」

 俺たちは、そんな話や、まったくとりとめもない話をしながら、夜を明かした。


 東の空が明るくなってくる。

 夜明けって、いつのことだろうな。気象的には、太陽の上端が顔を出したときが日の出になるらしいが。ちなみに、日没は太陽が完全に沈んだときらしい。でも神様の常識と気象学ってのは関係なさそうだよな。などと無理やり考える。やっぱり俺、寂しいのか? ……ひよりは、何を考えているだろう。

「もうすぐですね……」

「……そう、だな」

「夜明けって、どのタイミングだろうなって考えてたんですけど、たぶんおひさまがちょっとでも顔を出して光がパーッとさしたときですよ」

「なんだよ。同じこと考えてたのかよ。……完全に昇ったときが夜明けなら、太陽の直径一個分、もう少し長くいられるのにな」

「……そんなこと……言わないでくださいよぅっ」

 ひよりは震える声で言いながら、袖で顔を隠した。


「そろそろか」

「そろそろですね」

 ひよりは、方角石にちょこんと座ってその時を待つ。もう、元気だ。少なくとも、元気のふりだ。

「まぁ、向こうでも元気でやってろよ。また鬼がでて、来ることもあるかもしれないしな」

「そうですね。メグルさんも元気で。神界冒険編で神界へもどうぞ」

「そんなの無いってば。……握手でもしておくか」

「握手ですか。こんな美少女とふたりきりで一晩過ごして、それだけでよかったですか?」

「おお。そうか。ヘンなこと、ぜんっぜん頭に浮かばなかった」

「それはそれでちょっと傷つきますが……」

「うん。今度会うときまでに、もうちょっと育っておけよ」

「あーっ。最後までそれですかっ。ヘブンズ……」

「うわ。来るか」

「……やめておきますよ。次に会ったときの楽しみにしておきます」

「楽しみなのかよ。ああ。俺も楽しみにしておくよ。またな」

「また……です」

 太陽の光がのびる。方角石に座って手を振るひよりの姿は、すぅっと薄くなっていった。


「行っちゃったか。方角石で寝るときと同じ感じじゃないか。まだいるんじゃないのか?」

 方角石を叩いてみる。しかし、反応はない。

「……そうだよな。いないよな……。さて。徹夜しちゃったけど、今日はバイトあるしな。眠いけど、頑張るか」

 俺はしばらく朝日を見て、街側の階段を下りる。普通の日々の再開か……。

 その日は眠いながらもなんとか仕事をこなし、さっさと寝た。日和山にも寄らない。ひよりももう……いないしな。


***


 翌日、俺は朝のルーティーンを思い出し、まだ街も起きていない早朝の海岸へ出かけた。朝の深呼吸。これは俺の日課であって、ひよりには関係ないからな。でも、これやっててひよりと出会ったんだよな……。

 そんなことを考えながら、展望台に到着する。そこには。

「わーん。メグルさーん!」

 ……なんかいた。

「おい! そこの! 幻覚なら消えろ! 確かに眠いけど、幻覚見るほど疲れてないぞ!」

「ああああっ。メグルさん、いたーっ! うわーん」

 俺は展望台の螺旋階段を上る。

「おい! ひより! 本物なのか?」

「もちろんですよぅっ。きのう神界に戻ったら、神様に報告書類作れって言われて。それで一日かけて作って見せたら、ハンコ押したら帰っていいよって。どこへって言ったら、日和山に決まってるでしょって」

「するとなにか。神界へ帰るって、報告書作ってハンコ押すために帰ってこいってことだったのか」

「わーん。そうみたいですー。鬼の連絡通路が新潟近辺に出来たみたいでこの辺に出やすくなったんだそうですー。だから、わたしとかこんちゃんとか、これからとりあえず常駐するって言ってて……。報告は忘れるな。仕事をおろそかにすると怒るわよって……」

 ……神様。それならそうと、言えよな。おみくじ通信じゃあんまり込み入ったことも言えないかもだけど……。あっ。それで五百円とか千円使えって言ってたのか? 言えよ。それを。ポエムとか言ってないで。


「そうか。まだ鬼が出るかもしれないのか。……なら、しょうがないな。まぁ、俺も固着紋はいつ消えるんだって、今朝思ったんだけどな。まだ俺が封印しなきゃならないわけか」

「そうですね。また一緒に頑張りましょう」

「うれしそうだな。いや、待て。おまえ、ホントにひよりなんだろうな。鬼が化けてるわけじゃ……」

「何言ってるんですか。大事なバディが見分けられないんですかっ」

「……まぁ、その平らなボディーは本物かもな」

「ヘブンズストライクっ!」

 ああ。これは本物だわ。俺は宙を飛びながら、まだ騒がしい日々が続くと確信した。

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ひよりちゃんは日和らない 三駒丈路 @rojomakosan

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