その29:別れのカミナリ
「しかし、鬼が出てくるの早かったな」
日和山へ向かう道すがら、俺は疑問を口にする。
「そうですねぇ。まだ一週間くらいは時間がある、っていうことだったんですけど」
「それに、あの鬼の像に仮封印はしていたわけだしな。なんで出てこれたのか」
「うーん。わたしが見た限りでも、あの像に仮封印は施されてました。メグルさんが失敗したわけではないですね」
「そうか。俺が失敗してたんならどうしようかと不安だったんだけど、それは大丈夫だったのか」
「はい。さっき、念入りに確認しました」
「疑ってたのかよ」
「……ちょっとだけですよ。わたしがお願いしたことでもあるし、わたしにも責任ありますから」
「だよなー。俺みたいなシロートにやらせたんだからな」
「それでもメグルさんならできると思ったからですよっ。実際、できてたわけだし……」
「んー。そうすると、仮封印はできてたのに出てきちゃったのは何でなんだろうな。今回のは、仮封印を壊せるほど強力な鬼じゃなかったんだろ?」
「そうですね。強さからすると、下の上くらいでしょうか。キモさは上の中くらい行ってたかもしれないですけど」
「あれで強さ下の上なのか。まぁ、俺が善戦できたくらいだからな。キモさは、ロリっ子の天敵みたいなヤツだったからなぁ」
「やめてください。あの舌なめずりを思い出します。……あっ。わたしはロリっ子ではないですっ」
自分の身体を自分の両手で抱くようにして震えながらひよりが言う。もう認めればいいのに。
「あのロリコン鬼さ、ひよりの気配に惹かれて出てきたんじゃないのか? ひよりからほとばしる、ロリ気配にさ」
「わたしがどれだけロリっぽいって言うんですかっ。そんなもの、ほとばしってませんよっ。だいたい、もしそうだとしても、あの像に触れたり刺激を与えなければ……。あっ」
「ん? どした?」
「そういえば、あの像にヘブンズストライクをかすめさせてました」
「んんー。ああ、そういえばそうだったな。すんでのところで回避して、ひよりは転んでたな」
「もしかしたら……あれが刺激になったのかも……」
「そうか。それで、ひよりのロリ臭が媒介石の向こうのロリコン鬼に伝わったんだな」
「ロリ臭ってなんですかっ。たぶん、神界の気配が伝わったんですよっ」
「いやぁ、そんなものじゃ、あのロリコンは出てこないだろ。好物のニオイに惹かれたんだよ」
「ううっ。そんな気色の悪い……。まぁ、それはともかく、それで刺激を受けて出てきたんですよ。たぶん」
「仮封印は?」
「像を殴りかけたのが早朝で、仮封印をしたのがお昼前ですから。その間に出てきて、酔い醒ましついでに隠れてたんでしょう」
「ああ。なるほど。早朝から昼前までは空白時間だったか。まぁ、まだ出てくるとは思ってなかったもんなぁ」
「ですよねぇ。まだ時間はあると思ってましたから……」
「しかしまぁ、そうすると早く鬼を出現させた犯人は、ひよりってことだな。そうなるとは思ってなくても、像を殴ったんだからなぁ」
「ううう……。あっ。でもその原因はメグルさんじゃないですかっ。わたしがもう身体の成長をあきらめてるとか言って挑発したんじゃないですかっ。だからヘブンズストライクをっ」
「そ、そうだっけ? 挑発ではなくて憐れんだんだが……。でもそれで殴りかかるというのは……。ま、まあいいや。これはふたりの責任だということで手を打とう」
「わかりました。今回はそうしましょう」
そんなことを話している間に、日和山山頂に着いていた。夕暮れの街並みを見下ろす。日没はしているが、まだ真っ暗ではない。振り返って海の方を見ると、遠くに小さく、展望台がシルエットのように見える。
「今回は……か。なぁ、ひより。鬼って、まだいるのか?」
「……鬼自体はもちろん他にもいますけど、この街に現れるかどうかは、わたしには……」
「もし、しばらく現れないようなら、ひよりの役目も終わりなのか」
「そう……ですね。わたしがいる必要もないですから」
「神界に帰ると……」
「そうなるでしょうね」
「そうか。まだ会って数日しか経ってないのに、ずいぶん一緒にいた気がするな」
「…………」
「お。寂しくなってきた?」
「そんなこと、ないですよっ。だいたい、まだ帰るかどうかもわからないですから」
「鬼がまだ出るなら帰らなくていいってことか。でも鬼が出るのを望むってのもな……」
「それはもちろん……そうですよ。わたしたちが、鬼の出るのを望むなんてこと……」
「だよな。帰らなきゃいけないのかなぁ……」
「……メグルさんは、どうなんですか? 寂しいですか? わたしが帰ることになったら……」
「まぁ、そりゃ、多少なりとも知り合いになったら、別れは寂しいさ」
「多少なりともの知り合い、ですか」
「まぁ、言い方はあれだけど、な」
「わたしは……まだ、もっと……メグルさんに……」
「ん?」
「なんでもないです……」
街側の階段とお社に、ほのかな灯りがともる。ライトアップの灯りだ。
「もし帰ることになったら、すぐ帰らなきゃならないのか? しばらくこっちで遊んでいくとかしないで」
「そんな、用もないのにずっとこちらにいるわけにもいきませんよ」
「でも、もともと鬼が出そうな十日も前からこっちに来てるわけだろ?」
「それは……調査のための時間ですから」
「それだけの余裕を持って来てたんだからさ、早く鬼退治が終わったんなら余りの時間は遊んでてもいいんじゃないの?」
「…………それもそうですね」
「そうだ。神様に聞いてみればいいんじゃないのか? おみくじ通信で」
「神様、しばらく忙しいって言ってたみたいですからねぇ。返信されないかも」
「それならなおさら、ひよりは戻らなくてもいいんじゃないの?」
「一理ありますね」
「あるだろ?」
カラン。お社の鈴が鳴った。
「うわ」「ひゃっ」
思わず声が出てしまう。
「おみくじ通信……か?」
「そう……みたいですね」
俺は百円出しておみくじを引く。
『今、ちょうど帰ってきたとこ。鬼退治、とりあえず出来たみたいね。ご苦労さま。それじゃあ、ひよりにはすぐ戻ってきてもらおうかしら』
やっぱり、すぐ戻らないといけないのか? 俺はお社に向かって手を合わせ、声に出して言う。
「神様。鬼退治は予定よりだいぶ早く終わりました。その分、ひよりには余裕時間があるはずです。すぐ戻れ、ではなくて、もう少しこちらで休ませてやれませんか?」
カラン。鈴が鳴る。百円出す。
『あら。ひよりと少しでも離れるのが寂しくなっちゃったのかしら? でもこれ、お仕事だから。やることやってもらわないとこちらも困っちゃうのよ。明日の朝には戻ってもらうわ。先延ばしにしてもしょうがないでしょ?』
確かに……。別れを先延ばしにしたところで、かえって辛くなるのかもしれないが……。
「それはそうなんですけど、俺はもっと多くの時間をひよりと過ごしたいと思う気持ちが大きくなっちゃって……。今それを自覚してしまって……。ひよりがいないのは、寂しいって」
「め、メグルさん……」
「ひより。おまえはどうなんだよ。神界に帰りたいのか?」
「わた、わたしは……。まだここにいたいけど……。でも……」
「そうだ。ひより。そういや、ロリコン鬼と戦い代わるときに『代わってくれたら、何でも言うこと聞きますからあっ』って言ってたよな。その権利をここで使うぞ。……帰るなよ」
「……はいっ。メグルさんっ」
涙目でうなずくひより。
そのとき、ドンッという音とともに一条の光が境内に刺さった。そして、カランという鈴の音。
雷か……? おののきながら、百円でおみくじを引く。
『もう。ワガママ言っちゃダメ。ひよりには戻ってきてもらいます。いい加減、カミナリ落とすわよ』
いや、本物落としてから言うなよ。まだドキドキしてる。ひよりも、ガクガクしながら言う。
「メグルさん……。わたし、戻ります……。神様、怒ると怖いんです。わたしはともかく、メグルさんにもしものことがあったら……わたし……」
やっぱり、従うしかないのか。神の論理には逆らえないのか……。
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