飲みつ呑まれつ 銀河系

ならさき

飲みつ呑まれつ 銀河系

登場人物

・テツロウ(アキラ)

・梶(カジ)

・矢島(ヤジマ)


「はぁ〜っ、あっつ……」

 サウナの熱風にも近しい風が、窓からぬるぬる滑り込んでくる。

「なぁ、クーラーつけていい……?」

「それが言えるのは同じく一人暮らししてからだなアキラ。つけたら電気代払えよ。」

「ワリ、そうさせてもらうわ……」

ピッ、と近代的な音を響かせると、しばらくしてからオアシスが吹き込んでくる。

「……ツケ払いな」

「はぁ!?おまっ、ザケんな!」

「ウソウソ、今度呑み代払ってやる」

カジがニッと口角を上げる。これは仲良しの笑みなんかじゃない。電気代以上の儲けが出てくるという意志のこもった、不敵な笑みだ。まあ、いいけど。

 夏にしても日はそこそこ傾き、挙句には陽射しさえも窓から差し込んでくる。アパート一室のフローリングは、どうやらバーベキューの鉄板並に熱くなるらしい。

「なんか呑むか?」

カジは気を利かせてくれた。コイツん家の冷蔵庫の中身は俺らの仲間内でも有名で、小さめの貯蔵タンクに匹敵するほどのビールやら日本酒やらが眠っている。

「この前バイト先の店長が、お土産で酒くれたんだよ。一升瓶の日本酒。あれも早く飲みきっちゃいたいし、冷蔵庫の中身減らすの手伝ってくれ。」

「お前のバイトってなんだったっけ?コロコロ変わってたよな。」

「今は個人経営の居酒屋。まかないがちゃんと出るから、晩メシ代浮いて助かるんだよ。店長と俺しかいないし。定休日も今日みたいにちゃんとあるし。」

へぇ、いいとこじゃん。と会話を切ると、トゲの生えた黒ラベルが頬に突き刺さった。

「ッめたっ!!なに!?お前ん家の冷蔵庫、業務用!?」

「なわけないじゃん。奥に入ってたんだよ。」

サンキュー、と受け取るとプルタブに手をかける。ジュースの時とは格段に違う、カシュッという音が耳を撫でた。暑さで破裂しそうな欲望を抑えきれず、なだれ込むように喉を炭酸が抜ける。この快感が大人を象徴しているかのようで、心地よい。

「ほんっと、アキラは美味そうに飲むよなぁ。俺ビールとか、最近まで飲めなかったよ。」

「最近ってそれ、高校ん時か?ヨくないぞ〜」

「いやまぁ、そうだけど……」

カジの顔に思いがけなかったかのように照れくささが込み上げてきた。ワルさ自慢をしているかのようで恥ずかしいのだろう。

「好きな酒とか好きな食べ物とか、誰にもあるもんだろ。それをとやかく言っても仕方ねえよ。」

「そんなもんかね。」

そうさ。と呟くと、ひたすら手元の炭酸飲料をあおった。

「2本目いいか?減らしたいんだろ。」

ちょっと渋い表情が見えたが、容赦なく冷蔵庫の奥から同じものを抜き取った。

「そういえばカジ、今日2人だけなのか?」

「ああ、ヤジマは呼んだけど、来るかわかんない。あいつなんか用事あるらしいよ。終わったら来るって。」

ヤジマは同じ大学の同級生で、いつも俺らとつるんでる仲間だ。カジには彼女はいる(正確にはいた)が、俺とヤジマは彼女いないもの同士で特に仲がよかった。

「珍しいな、日勤以外は年中ヒマなあいつが用事なんて。」

陽はさらに傾き、暗闇が外を呑み込もうとしていた。

 

 短針が21時を回った頃、俺らはすっかり雰囲気に飲み込まれていた。ゲームの話、バイトの話、単位の話、博打の話。そして、下世話な話。

「お前の友達にいい女の子いないの?また合コンみたいなことしたいんだけど。」

「いるわけなか、いたら俺が先にとっとうとね。」

「カジ、方言。」

おっと。彼は口を閉ざす。カジは酔うと方言が出る。俺らはそれが面白いから酔わせるんだが、カジはコンプレックスらしい。

「逆にお前はいないのかよ!いつまでも俺に頼ってたら、彼女なんて到底できんよ!」

「カジ、スマホ鳴った」

「あいよっ!」

カジはネコのようにスマホに飛びつく。心底コイツは愛いやつだ。だが逆に、こういうとこにコイツの″人としての良さ″があるならば、俺は憎たらしくもあった。外見やスペックに大きな差はない。しかし、方言だの、所作だの、そういう些細なことでコイツがチヤホヤされるのは、ちょっと羨ましかったのだ。

 女の子のアテがないわけではない。同じ学部の『田城まい』。同級生で高校もソイツと一緒だった。高校の時は地味で目立たず、男っ気なんか一切なかった。アイツは高校の時はよく俺に話しかけてきた。たまたまであったがクラスも3年間同じであったし、席も近く、文化祭の実行委員を共にやったこともある。要するに、面識どころか他のやつよりかは少しばかり仲が良かったのだ。そんな奴が、大学に入るやいなや、ものすごい変貌を遂げた。清純派アイドルのような風貌で、周りの男を引きつける勢いだった。しかし逆に男たちが声をかけにくい存在にもなっていた。俺はそんな状況をチャンスだと思い続けて、そこにアグラをかいていた。大学で親しくしたことなど1度もなかったのだ。

「そういえばさ、あの娘いるじゃん。なんだっけ、たしろさん?あの娘じゃダメなの?」

腹の中を見透かされたかのようにカジは切り込んできた。そもそも俺と田城が仲良いこともコイツには伝えてないし、そんな素振りを見せたことも無い。コイツの底知れなさには時々鳥肌がたった。

「アイツはないよ。どうやってアレと近づけばいいんだよ。もしかしてカジ……やってくれる……?」

「んなわけなかと!どげんしてあの子に近づけばよかばい!」

「カジ、方言」

やべ、とカジは口をつぐむ。俺じゃあの子は釣り合わないよ、なんて俺も言い訳みたいな事を言う。ホントはそんなことも思っていない、卑怯で最低なヤツのくせに。

「てか、なんのメールが来てたんだよ。」

何とかして切り抜けたかった。羞恥を晒したくなく、磁石のようにくっついた話題を誤魔化しでぴっぺがした。

「あ、もうすぐヤジマが着くってよ。なにかいるか?って。酒はタンマリあるもんだから、食い物だけ頼んだよ。」

「アイツ、気が利くな。結局ヤジマの用事ってなんだったんだ?」

「面白いことあったからこっち着いてから話すってよ。美味い酒が呑めそうだぞ〜」

気のせいか、部屋が薄暗く感じた。


 アパートの妙に薄い金属ドアがガチャコリと開くと、ヤジマの顔が玄関に飛び出してきた。

「おつかれヤジマ。なんだよ、妙に小綺麗な格好じゃん。そんなに俺たちを楽しみにしてたのかよ。てかなんだそれは!」

ヤジマの格好と手に持つビニール袋の中身とではものすごいギャップがあった。つまみニンニクにうまい棒が6本。

「駅のホームレスか!」

カジは腹を抱えて笑っている。呑みすぎな気がしていた。

「金がな!今日結構使っちまったんだよ!だから全然いいモノ買えなかった!すまん!」

「責めやしねーよ、別に」

ヤジマの切れ長のキツネ目がさらに細くなる。

「なんだよ、結局なんの用事だったんだよ。」

「あのな、特にアキラに聞いて欲しいんだが」

ヤジマはちょっと気まずそうに、だが嬉しそうに眼光を開かせた。

「俺、彼女デキた!!」

「おぉ〜!おめっと!!」

俺も素直に嬉しかった。先越されたことに特に違和感があるわけでもなく、むしろ俺にもチャンスがあるということが確信に変わって光が刺したのだ。

「で、誰!?誰!?」

「カジ、近すぎるぞ。おまえ酒くせえ。」

うそ〜!とカジはふざける。俺が喜んだと見たや、ヤジマは躊躇いもなく口角を上げた。

「元々お前に彼女いなかったことが不思議だっツーの!お前も俺らの中じゃダントツでイケメンの部類に入るだろ!元々引きこもりなのがタマにキズってだけで。」

「そうかぁ?」

内気なヤジマがちょっと綻んでいた。いつもあまり元気がないコイツが喜んでいるだけで、俺も嬉しかった。

「結局誰なんだよ!相手ってのは!」

「それがな、驚くなよ!」


田城まい だ


「で、どこまでいったんだよ!今日は!」

「そんなとこまで聞くかよカジ!いやな、帰り際に帰りたくないって言われて、ホテルまで入ってさ!」

「やるぅ〜!!すげえじゃん!!」

「でさ!アイツの○○○がすげえ○○○で○○○○○○!!」

「○○○○○○!!○○○〜!!」


 嫌な予感は的中した。ハンマーで首から上を吹き飛ばされたような衝撃だ。この時のコイツらの会話は一切覚えていない。

「トイレいってくる!」

手元に生ぬるいビールが残っている。

「にが……」

後悔と屈辱の味がした。

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飲みつ呑まれつ 銀河系 ならさき @taumazein066

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