つば吐き姫

ジュン

第1話

美しい女性と知り合った。彼女はとても誠実な人だ。

私は彼女に訊ねた。

「あなたの欲しいものはなんでしょう」

「いくばかのお金ですわ。たくさんはいりませんの」

彼女は言う。

「人間の欲望はきりがありませんわね」

「そうですね」

「でも、欲望を満たすことはできるのよ」

「どのようにして」

「むずかしいことではありませんの。ただ、自分の良心に忠実になることですわ」

私は訊ねた。

「それは、どういうことでしょう」

彼女は答えた。

「薔薇の花は、美しい花だと自負していると思うの。だからといって、ほかの花に申し訳なく思ったりしませんわ、きっと。なぜって、ほかの花も、その花の領分を一生懸命に生きているのですもの」

彼女は続ける。

「わたしは、薔薇の花になるなんて望みはしませんわ。たしかに薔薇はとりわけ美しいと思うわ。でも、薔薇には薔薇の悲しみがあると思うの。美しいがゆえに、やがては散る花びらは、美の無常を薔薇に気づかせてしまいますもの」

私は訊ねた。

「あなたは、ご自身を花にたとえるなら、なんの花だと思いますか」

「そうね……なんの花にも及ばないわ。それより花の裏方になりたいですわ。花瓶といったところですわね」

私は思った。

「なんて、素敵な人なんだろう」

私は彼女に言った。

「あなたの比喩となるような、花瓶を贈ります。美しく、そして素朴な印象を与える花瓶を探しました」

「わたしに。ありがとう。うれしいわ」

「なんの花を飾りたいですか」

「そうね。迷うわ……」

「椿なんてどうかな」

「当面はタンツボとして使わせていただくわ」


終わり


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つば吐き姫 ジュン @mizukubo

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