サンダルでダッシュ!

いいの すけこ

破れた心と絆創膏と

 今日の日に足元のおしゃれに選んだのは、夏らしい白いサンダルだった。

 足首にぐるりと巻き付くストラップ。足の甲を覆う細めのベルトにの左右には、お花モチーフのビジューが光っていて、これが気に入って買ったのだ。少しだけヒールの入ったソールが大人っぽくて、サンダルを履いた足元を見下ろすだけでテンションが上がる。

 我ながら良い買い物をした。高校生ともなれば、自分で選んで好きなものが買える。新しいサンダルのヒールを鳴らしながら駅へ向かい、クラスメイトの緒方おがたと合流した。

 男子にサンダルやら服装の感想を求めるだけ無駄だろうと思っていたから、一人で勝手に心弾ませながら目的地に向かう。

 

 同じ男子でも、柳井やないくんは気配りの人だからな。気づくかもしれないな。気づいてくれるといいなあ。


 そんな淡い期待を抱いて、クラスメイトのバイト先に突撃した私は今。


「足が痛い」

 湿った声で言いながら、ベンチ――のような、モニュメントのような、とにかく丸っこいジェリービーンズみたいな形の椅子っぽいもの――に座り込んでいた。

「だーから言ったろ。ここのショッピングモールはアホみたいに広いから、歩きやすい靴にした方が良いって」

 頭上から緒方の呆れた声が降ってくる。ちらりとその足元を見れば、同じサンダルでも歩きやすそうなスポーツサンダルを履いていた。

 くっそ、良いよな男子は楽で。

 女子はファッションに気合を入れる生き物なんだよ!

 心の中で毒づいた。


 だって今日は、気合を入れたかったんだ。

 一番お気に入りのワンピースに、真新しい綺麗なサンダルで。柳井くんのバイト先のカフェにお邪魔したかったんだ。

「しかもヤナのいる店、入り口からいっちばん遠いエリアにあるってのに」

「なんであの店、あんな遠いんだよー。っていうかあの店、エアコン効きすぎだよね。夏って素足の女性多いのに、ひざ掛けの一枚も用意してないって気が利かなすぎじゃない?」

「人のバイト先にケチつけんなよ」

 肌がほとんどむき出しになった足をさする。冷房にすっかり冷えた足は、外置きベンチに座って少し日に当たったくらいではすぐには温まらなかった。つむじはじりじりと焼けていくというのに。

「あと、あそこ店員もなんか感じ悪かった。注文取りに来た女の子、柳井くんとおしゃべりしすぎじゃなかった?」

 どのテーブルにも、終始愛想よくしていた女性店員。背が小さくて、なんか小動物みたいな感じの。

 柳井くんと、親し気な感じの。


「人の彼女にもケチつけんな」

「やっぱりー!」

 緒方から決定的な事実を突きつけられ、私は思わず大声を上げた。

「やっぱりあの子、柳井くんの彼女だったんだ!そうだと思ったよ、だってめちゃくちゃ仲良さそうだったもんいちゃついてたもん!」

 最後の方はいっぺんに言いきった。勢いが止まらなかった。早口でまくし立てる私がどんな表情をしていたかはわからないけれど、緒方は盛大に面倒くさそうな顔で言った。

「別にいちゃついてはいなかっただろ」

「いちゃついてたよ!ってか彼女とおんなじバイト先ってことが、なんかもうやらしいよ!」

「バイト先で知り合ったんだから仕方ない」

「高校生のくせに、なんかいい感じのカフェでバイトするから、なんかいい感じのムードになっちゃうんだよ!なんなんだよあの店、ああいうところは大体高校生不可じゃないのかよー!」

「言いがかりじゃね?」

 緒方に言われるまでもなく、自分がめちゃくちゃなことを言っているのはわかっていた。

 ああそうだよ、ただの嫉妬だよこんちくしょう!

「なんでも良いけど、建物の中入んない?暑くて死にそうなんだけど」

 開放的なショッピングモールは、バラエティに富んだ店舗が建物の中だけでなく、外通路やテラスでも繋がっているつくりだ。人が多く広いモール内でゆっくり休憩できるよう、テラスにも随所にベンチが設置してあった。

 けれど夏真っ盛りの今、カンカン照りの太陽が照りつけるテラスで休憩するのはだいぶ厳しい。

篠原しのはらー」

 緒方の焦れた声。暑いのは私だっておんなじだ。

 だけど。


「だから、足が痛いんだってば!」

 足元を見下ろしたまま声を上げた。顔を上げたら、緒方に怒鳴りつけてしまう。

「足が痛くて歩けないの!もう無理!」

 硬い生地が、私のかかとに噛みつく。親指の付け根が甲のベルトにぶつかって、真っ赤になっていた。きっと皮膚が膨れて、今にも破れそうになっているんだろう。

 せっかく買ったサンダルなのに。

 少しでも可愛くて、似合うサンダルを選んだのに。

「もう、もうやだ。もう無理。もう歩きたくない」

 小さな子どもの駄々のようだった。

 だけどこんな無様に傷ついた足じゃ。

 私はもう歩けそうもない。


「じゃあおぶってほしいか?こんな人が多いところで、高校生が」

「……馬鹿じゃないの」

 なんて意地悪を言うんだろうと、拗ねた口調で返した。緒方を振り回しているのは自分だけれど、ひりついた心が私をひねくれものにする。

 緒方はため息を吐いた。

「だったら歩くしかないだろ。ほれ、絆創膏」

 息をつきながらも、緒方は私を見捨てたりはしなかった。

 絆創膏を握った手。

「……ありがと」

 緒方の親切を、ようやく素直に受け取ろうと手を伸ばしたその時。

 緒方が私の足元にしゃがみこんだ。

「ほれ、サンダル脱げ」

「え、ちょ、良いよ。自分で貼るから!」

 思いがけない緒方の行動に足を引っ込めようとして、ジェリービーンズみたいなベンチに阻まれる。思わずスカートの裾を抑えた。

「いやお前、絆創膏貼るの無茶苦茶下手じゃん。この前の体育の後だっけ?絆創膏貼ろうとして、テープ同士くっつけちゃって、使い物にならなくして。それで二枚駄目にした」

「悪かったな不器用で!」

「いいから、ほら」

 足首に手が伸びてきたので、私は慌てて自分でストラップを外しにかかった。スナップが固くてなかなか外れない。これだから安物は。

「はい!」

 とにかくスカートの中だけは見えないように、半ば自棄で足を差し出す。

「あー、これは痛いな」

 靴擦れがあるからなのか、それとも緒方なりの女性への気遣いというやつなのか、なるべく私の足に触れないように絆創膏を貼ろうとしているのがわかった。

 それでも、大きな手がそっとかかとに触れた。親指の付け根に絆創膏を貼ってもらう。絆創膏越しに、遠慮がちな指の感触。


「はい、おしまい」

 緒方はぱっと立ち上がった。

「歩けそうか?」

「うん、多分」

 サンダルを履きなおして、私も立ち上がる。

「つかまるか?」

「大、丈夫」

 差し出された腕に気恥ずかしくなる。私は適当に話題を切り出した。

「っていうか緒方、絆創膏なんて持ち歩いてんだね。偉いじゃん」

「あー。いや、俺も今日履いてるサンダル、新品なのよ。だから靴擦れした時用に、一応持ってきた」

「人には歩きやすい靴で来いって言っておいてかよ!」

「歩きやすいタイプのやつだから良いんだよ!」

 いやまあ、確かに歩きやすそうなサンダルではあるけれども。

「じゃあ今日は試し履きもかねて?」

「俺だって楽しいお出かけの日にくらい、新しい服だとか靴だとか選びたくなるもんよ」

「へー。なに、今日楽しみにしてたんだ」

 私は柳井くんに見られるのならって気合を入れたけれども。

 でも、確かに休日のお出かけって楽しいもんな。

 

 並んで歩きながら、緒方の足元のサンダルをまじまじ眺めた。

「いいなあ、そういうのも。私もスポーツサンダルにしようかな。レディースも色々あるだろうし」

「せっかく今履いてるの、買ったのにか?履いてくうちに馴染むかもしれないのに」

「でも足痛いし。可愛いだけじゃねえ、って感じ」

 毎回、絆創膏を貼って歩くのも考えちゃうし。

 それに、可愛いとか似合ってるとか言ってほしい人には、当たる前から砕けてしまったしな。

「似合うのに、もったいない」

 雑踏とヒールの音に紛れそうな緒方の言葉。

 なんだ。

 緒方も気配りとか、女子の喜びそうなこととか、言える奴なんだな。

「これはこれで、できれば履き続けたいけど。でもやっぱり、スポーツタイプのも欲しいな。どこのお店だったら、色々種類があるんだろう」 

「俺、この中のスポーツショップで買ったぞ」

「ああ、入り口にでっかい熊のぬいぐるみが置いてあるとこ?一階だっけ」

 言いながら、私たちはすでに下りエスカレーターに向かって進んでいた。

 この白いサンダルは一人で買いに行ったけど、二人で選ぶのも楽しいかもしれない。

「新しい、履きやすいサンダル買ったらさ。思いっきり走りたいな。走って、悲しいこととか、つらいこととか。ぜーんぶ忘れて、すっきりしたい!」

 だって夏だもん!

 そう言う私の顔は、もう多くのことを振り切っていたように思うけれど。

「よし、じゃあ気が済むまでダッシュに付き合ってやるよ!」

 緒方も思い切り笑顔だったから、きっと私も笑っていた。

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