超絶寵愛王妃 ~後宮の華~

冰響カイチ

第1話 嫁ぎ先は喪中城

葬送の鐘が鳴り響く。


馬車を降り、まさに見知らぬ異国の地を踏みしめようとしていた矢先のことだった。


「何事です」


先に下車し、手をさしかざす侍女長の風鈴が険しげに眉根をよせ、辺りの様子をうかがう。


到着早々、幸先の悪い黒暗々とした先触れに麗凜の麗しの顔に翳りをおびる。


だが動じず、風鈴の手をとり、美しい所作で裳裾を手にからげもち、麗凜の沓先が地面に着くか、着かないかで、人々の嘆きが辺りを包み込んだ。



誰ぞ貴人がご不幸にみまわれたのだろう。



ひっそりと夜陰にまぎれる、そそりたつ巨大な構造物を麗凜たちは不安のいりまじった目で見上げる。


「あれは!?」


憬麟、その国都、王宮への入口にすぐに白布が掲げられる。これは王ないし、または王妃、もしくは功臣の死にともない、その功績を称えまれに掲げられることもあるが、この場合、想定される人物とはおそらく王のものだ。


だが憬麟国の王はまだ若く、御年十九。少なくとも頓死を疑われるような年齢ではない。


若き憬麟王、翔禿は、老齢だった父王逝去にともない先月王位に就いたばかりで、若き王にはいまだ妃はなく、激しく翔禿が拒んだため妃が迎えられなかった、という異色の経歴をもち、隣国との和平を結ぶため紫耀舂華国から正妃として皇女が嫁賜されることになり、そうして選ばれた皇女が麗凜だった。


麗凜の手をやんわりと取る風鈴は血相をかえ、首を大きくふる。


「麗凜様、なりません」


風鈴によって制止された。


「ぇ? ちょっ……」


麗凜は半ば強引に、馬車の中へ押し戻された。


風鈴も慌てて馬車にのり、扉をかたく閉める。肩で荒い息を吐いた。


「麗凜様」


風鈴と視線を絡めれば、その言わんとしている意を解す。


「……ぇぇ。ただちに脱出するわ、出して!」


麗凜の命をうけ、馭者は馬首をめぐらせる。ぱん、と鞭がうたれた。



「いいこと? 大丈夫よ。ただ憬麟の者にけどられぬよう、一刻も早よう紫耀舂華国に戻ればいいだけのことよ」


風鈴はうなづいてかえす。その隣でわなわなと震える少女もこくこくとうなずいた。


今やるべきことが三人のなかで合致した。


このままでは囚われの身にされかねない。


嫁ぐ相手が亡くなったとあれば、この和平条約は保古されたも同然。皇女は拘束され、身代金を要求されるなど、どんな辱しめを受けるかもわからない。もっとも最悪なのが死だ。


その場合、そのまま皇女の死をもって戦へ発展することになるが、和平条約を結ばんとするほどだ。双方、戦の準備などととのっているはずもない。


だとすると憬麟国の重臣たちがよほどの阿呆でない限り、王が崩御したばかりの情勢不安定ななかで、隣国を敵にまわすような愚かな真似はしないと願うばかりだ。


「もっと速度はあがらないの」


「いぇ、姫様、憬麟の者にあやしまれましょう」


はやる気持ちは風鈴によって鎮められた。


確かに一理ある。


月はまさに頭上へ達する手前、ほどなくして日付が変わろうとしている。


そんな夜更けに街中を疾走させる馬車などあやしいにきまっている。遁走をはからねばならない事情ありありの上、やましさ全開だ。


「…………」


息をひそめ、麗凜たちは密やかに、かつ、すみやかに城門をめざした。


だがすぐに城から細い白煙があがる。


「気づかれたわ」


向かいに座す風鈴の肩越しに、月光により照る墨で描いたような漆黒の城から狼煙があがる。


着実に遠のいているはずなのに、なぜかその距離は縮まない。

むしろ、威圧感がます。


逃げられてなるものか、今や遅しと花嫁の到着を待ちわびている。


「逃げ切れる気がしないわ」


ぽつりと弱音がもれる。


「姫様、急がせます、ご案じめされますな」


そういって風鈴は馬車の壁を叩く。


「急いで! 」


それを受け、馭者はパンと馬尻に鞭を打つ。速度もあがる。


こんなにも不安にかられるのはなぜだろう。


そうか、すぐに答えが導きだされる。


「風鈴、水を差すようで悪いけど、狼煙があがったいま、門は封鎖されたと考えるべきよ」


冷静だった。自分でもびっくりするぐらい。


麗凜の言葉で落ち着きを取り戻した風鈴は、車内の片隅でうずくまる伎玉に目をとめた。


「その手があった!」


「ぇ?」


パチクリ、と少女は瞬く。


「ちょっと風鈴、まさか……」


彼女は麗凜と同じ年で、背格好もよく似ている。


そうした理由で影武者的に輿入れのさいの侍女に選ばれたと風鈴から聞かされていた。


背は一般的な女性のそれで、頭の形からかもしだす雰囲気まで我ながらよく似ている。


顔立ちは伎玉が丸顔だが、麗凜はすっきりとした顎のライン。


しかし、そこは女だ、いかようにも化けられる。化粧しだいで似せるぐらいなら容易である。


伎玉と同じ年といっても彼女のほうが産まれが早い。何かとおどおどしてみえるが、だだ、いざとなればお姉さんのように頼もしい。


麗凜にとって気軽になんでも話せる友人のような近しいものを感じていた。


「姫様、そのまさかですよ」


「ゃ、でも……」


「こうなれば背に腹はかえられませぬ」


「バレたらどうするのよ」


「その時はその時です」


あっさりと麗凜の意見は却下された。風鈴は狭い車内をにじりよる。


「伎玉」


「は、はい? 風鈴様」


少女の瞳に戸惑いの色を隠せない。


「いまからお前が麗凜様ぞ、わかったか」


「…………はぃ?」


少女のすっとんきょうな声が疾走する馬車内に響きわたった。

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