百色の世界

縁側に寝っ転がり万華鏡を覗くと天井の木の色に合わせて、色が変化する。

最初は少し白っぽい木の色、万華鏡を回転させると、シャンッという音ともに、色が少しずつ変化し、やがて今の天井の色へと変化していく。

案外楽しいじゃん!と今度は庭に咲いている向日葵に万華鏡を向ける。

すると、最初は若葉のような緑になり、どんどん緑が濃くなって、黄色と黒の鮮やかなコントラストに、最後に茶色っぽくなって、黒になる。

そしてさらに回転させると、また若葉のような緑...と続いていく。

ん?おかしくない?万華鏡って確か中にいれられた物が鏡に反射して、それが模様になるやつで、外の物の影響なんて受けたっけ!?

「お婆ちゃん!」と思わず声を上げて安楽椅子の方を見ると、お婆ちゃんはいつの間にか眠ってしまっていた。

「色んなものを見てみなさい。」

とお婆ちゃんが言っていたのを思い出す。

私は夢を見ているのだろうか。私は万華鏡を握りしめる。

まず、母の仏壇に手を合わせ、その後外出する準備をした。


私がいつも遊ぶ仲良しの友達の家の前に辿り着いていた。

縁側に寝っ転がって宿題と格闘する友達の姿が見える、万華鏡を覗くと彼女の心が濁っているのが見える。

宿題が嫌なんだなぁ。

そこから万華鏡を回転させてみる。すると、濁った色が明るく変化していく。

友達と一緒に遊ぶのを楽しみにしているんだろうな。

そのまま私は田舎道を駆け出していた。

田んぼを覗いたり生き物を覗いたりしながら。

それらの物一つ一つが違った色を見せるので飽きることは無かった。

田舎道を進んでいくと川に突き当たった。

そこでは私にお母さんがいないのをからかってくる男の子とその友達がズボンをびしょびしょにしながら水遊びしていた。

私はとっさに気が付かれないように隠れた。そして、万華鏡をその男の子に向けてみた。色は子供らしい明るい色で溢れていた。

ほんとこいつはいつも何も考えずに騒いで幸せそうだ。

ふと、こいつに今ここで声をかけたらどうなるんだろうと思った。

するとシャンッという音と共に色が変化する。

明るかった色が少しくらい夕暮れのような色に変わる。

そして、その一部が桃色に近い色に変わっていた。こいつは私に嫌なこと言って気分が良くなってるのか。

心底呆れてその場をそっと去ることにした。

そろそろ帰ろうかと家に足を向けると、前から背の高い男の人が歩いていることに気がついた。

「健二さん!帰ってきてたの!?」

思わず声をかける。

彼は私より8つ年上で、クラスメイトのガキんちょ達より何倍もかっこいい。

頭も良くて、東京の大学に通っていてもうすぐ就職らしい。

どうやら夏休みだから帰ってきたみたい。

面倒見も良くて、小さい頃はよく私と遊んでくれた。

「穂菜美ちゃん!久しぶり!」

彼は微笑みながら声をかけてきた。

私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「戻ってくるなら教えてよ!ねぇねぇ東京の面白い話聞かせてよぉ」

私は彼の前では少し幼い態度をとるのを自覚している。

「また後で家に上がらせて貰うよ。先に挨拶回りしなきゃいけないしね。」

そう言うと彼は「また後で。」と手を振り田舎道を歩いていく、私はその背中にふと万華鏡を向けた。

彼の色は鮮やかな色で輝いていた。健二さんは今すごく幸せなんだ、それもそうだろう。だって、あんなに素晴らしい男性なんだもの。

ふと、私と喋った時どう思ってくれたかなぁ、という考えがよぎった。すると、シャンッという音ともに色が変化していく。

その色は明るい色にポツリポツリとピンクのような色が垂らされる様な変化。健二さんは私のこと好きなのかも!私はスキップしながら家へと帰った。


家に帰るとお婆ちゃんはまだ寝ていた。暫くするとインターホンの音と共に「ごめんくださーい!」という声が聞こえる。

健二さんが来たんだ!

私は健二さんにお茶を出すと、健二さんは「大きくなったなぁ」と微笑んだ。

私はまた胸の奥が熱くなるのを感じながら、子供扱いしないでよ!とじゃれる。

お婆ちゃんも目が覚めたらしく、「お帰りなさい。」と声を掛けた。

健二さんから東京の面白い話を聞いている時だった。

「そう言えば、今度結婚するんだ。相手は同じ大学の女の子。今度こっちにも連れてきて、穂菜美ちゃんに紹介したいなぁ。」

私はあまりに突然のショックに足元が崩れる感覚に襲われた。

そこからの話はあまり覚えていない。

健二さんを見送ったあともしばらく呆然と玄関で棒立ちしていた。

「人は自分の思いたいようにしか物事を捉えない。」

どこかで聞いたそんな言葉が脳裏を駆け巡る。

私、一人で舞い上がっちゃって馬鹿みたい。悲しいとかの感情が湧き上がる前に、自分の幼さが恥ずかしくなって、その日はあまり眠ることが出来なかった。


しかし、そんな出来事が吹き飛ばされるような事件が次の日起きた。


朝いつものように起きて、お婆ちゃんに挨拶しに行く。

安楽椅子にお婆ちゃんは座っていて、昨日はこのまま寝てしまったのかと思い、お婆ちゃんを起こそうと体をゆする。

するとお婆ちゃんの体はストンと、地面に転げ落ちた。

その一瞬は冷静で、お婆ちゃんの体ってこんなに軽かったんだ...と思った。

その後、ようやく事態の深刻さに気づき慌てて救急車を呼んだ。


「お婆ちゃんの容態はとりあえず安定しましたが、まだ危険な状態です。」

そうお医者さんは言っていた。

近所の人に連れられて、一緒にとりあえず家まで戻ってきたものの、どうすればいいのか分からず、呆然としていた。

とりあえず荷物を纏めた方が良いのかな。

そう思ってタンスの中からお婆ちゃんがいつも使っているものなどを引っ張り出していると、万華鏡の入っていた空箱があった。

とりあえず脇にどけようと、持ち上げるとカサッという少し質量のある紙の音が聞こえた。

それは手紙だった。

殆ど見たことはないが、それがお母さんの字であることが分かる。


「お母さんへ、先立つ不幸をお許しください。お母さんは悠雷さんの事を悪く思うかもしれませんが、あの人はあの人で懸命に私を愛してくれた、その反動でこのようになっているのです。あの人は悪い人ではないですし、これから産まれてくる穂菜美には勿論罪はありません。全て、先に死んでしまう私が悪いのです。どうか、穂菜美をよろしくお願いします。」

悠雷さん...私の父。

お婆ちゃんはあまり話したがらないが、この手紙を読む限り、母が出産の時に死ぬかもしれないとわかり、荒れたのだろう。

私はこの手紙で初めて、母が私の出産前から死を覚悟していたことを知った。お婆ちゃんはどんな思いで私を育てたのだろう。

よく考えれば私はお婆ちゃんの事を何も知らない。

私はお婆ちゃんに何も返せていないのにこのまま二度と会えなくなってしまうのか。

私は縋る思いで、お婆ちゃんから受け取った万華鏡を握りしめた。

藁にもすがる思いで、万華鏡を母の仏壇に向けた。

母の仏壇から見える色は今まで見たことの無い暖かい色で溢れていた。

お婆ちゃんに何が出来る?縋るような思いで万華鏡を回すと、シャンッという音と共に色が変化する。

暖かい色の中に少し厳しい色が混ざったのが分かった。

「人は自分の思いたいようにしか、物事を捉えない。」

私は、これをお母さんからの激励だと捉えた。

悩んでいる暇はない。

行動しなきゃ。

私はお婆ちゃんとの今までの思い出の物や写真を鞄に詰め込み走り出した。


病院に着くと、意外な人物がいた。

私の父だ。

鉢合わせてしまい、思わず「あっ。」と言ってしまう。

父は私を見て「ああ。」と言ったきり黙ってしまう。気まずい沈黙が流れる。

「な、なんで来たの?」

違う!こんな言い方じゃあ来て欲しくないみたいじゃないか。

「い、いやそのまぁ流石にお婆ちゃんが危ないって聞いてさ、その...」

父も私にやはり後ろめたいところがあるのか黙ってしまう。

父は逃げるようにお婆ちゃんの病室に入っていった。その背中を万華鏡で覗いてみる。

その色は悲しい色で満ちていた。この色は母を失った悲しみをやっぱり引きずっているのか...私に死んだ母を重ねてしまっているのだろう。

そして、父がお婆ちゃんの姿を見た時、シャンッという音と共に色が変わる。どんよりとした曇り空のような色。やはり父は私を置いていったことを後ろめたく思っているのだ。

そして、お婆ちゃんに何も返せないままな事に落ち込んでいるんだ。

理解出来そうもないと勝手に思い込んでいた父が少し身近に感じられた。


お婆ちゃんの姿はまるで眠っているかのように穏やかだった。父は椅子に座らずただ立ってお婆ちゃんの姿を眺めている。

私はお婆ちゃんの横に今までの思い出の物...買ってもらったおもちゃだとか、一緒に撮った写真を並べた。

私は何となくお婆ちゃんはもう長くないと悟っていた。そして、お婆ちゃんの最期の意志を汲み取ろうと万華鏡を向けた。


母の仏壇に向けた時のような穏やかな色で満ちていた。死の直前とは思えない。穏やかな色だ。

お婆ちゃんにこの万華鏡のお礼を心の中で言った。すると、シャンッという音共に、少し、鮮やかな色に変化する。お婆ちゃんの皺を歪ませた笑顔が思い浮かぶ。

今まで育ててもらったお礼を今度は思い浮かべる。すると、今度は穏やかな色の中に少し不安そうな暗い色が見える。

「私、またお父さんと1からやり直してみようかなって思うの。」今度は声に出して言ってみた。

横で父が驚いた顔をしたのがわかる。

不安な色がすっと消えて穏やかな色になった。



お婆ちゃんの火葬が済んだあと、父が私に、話しかけてきた。

「穂菜美、今までお前をほっぽり出してきてごめんな。」

今までの私だったら父が何を考えているのか怖くて、受け入れられなかっただろう。

しかし、今の私は父がどういう思いで私に謝ってきたか、もう万華鏡が無くてもわかる。

「これから一緒に住んで、やり直していかないか。」

こうして、私は新しい家族とスタートを切った。

お父さんは私とお婆ちゃんの思い出話を真剣に聞いてくれる。

まるで、今まで失われた時間を取り戻すかのように。

失われた時間はまだまだ長いが、お婆ちゃんやお母さんも見守ってくれるし、うまくやっていけるだろう。

いや、上手くやっていかなきゃお婆ちゃん達が心配してしまう。

万華鏡は元の箱にしまった。次は私の子供達の手助けになれるようにたいせつにしまっておこう。

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お婆ちゃんの万華鏡 ちゃんかん @Tyankan

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