泣かないで

シェンマオ

第1話


傘を忘れた。

朝はあんなに晴れていたのに。


雨が降っている。土砂降りだ


水を吸った靴は重く、足が進まない。

髪の毛は崩れ、服は汚れてしまった。最悪の気分だ。


早く家に帰りたい。

温かいお風呂に入って、全部忘れてぐっすり眠りたい。


きっと私は今酷い顔をしている。

雨のせいで曇った目ではその真偽すら確かめられないが、きっとそうだ。


私は足を止めた。自分のあまりの惨めさに嫌気がさしたのだ。

私にもしも勇気があれば、雨で氾濫した川に飛び込んで、そのまま泡になって消えてしまえたかもしれない。


けど、そんな勇気は無かった。

あるのは、心を握り潰す程の巨大な喪失感。すっかり打ち砕かれてしまった


友達は今頃どうしているだろう。

この雨の中、狭い傘の中に温もりを感じているのだろうか。


いや、そもそもあっちは雨、降ってないか。


暫くそのまま立ち止まり俯いていると、急に雨が止んだ。


目の前に人の気配を感じ、顔を上げると、そこに居たのは変な顔をした巨大なカモだった。いや、カモなのか?これは。二足歩行だけど


しかも、その巨大なカモは器用に羽を使って傘を持ち、私に差し出している。


半ば押し付けられるように傘を持たされた私が、呆然としているのをよそ目に、カモは何処からか取り出したプラカードに、何やら書き出した。


プラカードには、ただ一言だけ



「泣かないで」



たった、それだけ。

雨の中、水性ペンで殴り書かれた汚い文字は見事に滲み、見るに堪えないモノだったが、何でだろうか。


心が、凄く暖かくなった。

もう雨粒が顔に当たる事も無いのに、何でだか視界が曇る。


そんな私を見て、巨大なカモがオロオロしだした。変な顔のカモがわちゃわちゃと変な動きをしだして、私は思わず笑ってしまった。


笑わずにはいられなかった。

泣かずにはいられなかった。



いつの間にか雨は止んでいた。

私は傘をカモに返し、礼を言ってその場を去った。

雨水を吸った靴は相変わらず重くて歩きにくいが、それでも歩いた。


ここは巣鴨、暖かな街並みの向こうに七色のアーチが掛かって見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣かないで シェンマオ @kamui00621

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ