拠点にて

 一週間後。私が訪れたあの村は焦土と化した。

 軍部で開発の進められていた新型兵器は未だ開発段階にあったが、功を焦った上層部から早期の運用実験が要求されていたのだ。予想された成功率は二割に満たなかった。失敗した場合は周辺の広範囲が深刻な影響を受けると考えられていた。問題はその試験地である。軍の所有するいくつかの実験場が候補に挙がったが、そのいずれも失敗時の影響範囲に民間地域が含まれてしまう。

 そこで、秘密裏に調査隊が結成された。影響を受けうる民間地を調査し、最も影響を許容できる、いや言葉を飾らず言おう。最も地域を査定するための部隊だった。私を含めたごく一部の人間が、この人道に背く部隊へと配属されていた。

 我々の活躍あってと言うべきか、案の定失敗した実験による被害は最小限に収めることができた。村一つという尊い犠牲は何も生み出すことはなく、上層部が苛立ちを募らせただけだった。


「辛い任務を任せてしまったな」

 上官が労いの言葉をかける。マニュアルの記載と一字一句変わらない。

「いいえ、国家安全の礎となれたことを誇りに思います」

 私もマニュアル通りに回答する。これでこの話はお終い。私は偽りの身分を捨てて軍部に籍を戻し、報告書の作成に取り掛かる。軍事施設に隣接する地域には排他的なところも多いなか、奇妙な人間の調査という名目で潜入できただけ他地域の担当よりも楽な任務であったと言えよう。シギに会うまでに随分待たされたことも村内を見て回るには好都合であった。

 と、ここで偽りの調査対象に過ぎなかったシギの名を記憶している自分に気付いた。属するコミュニティに愛想を付かしながらもそこに居座る自分を嘲って生きる彼は私に似ていた。だから、もしかすると。


「先輩、お疲れ様です。コーヒーいかがですか」

 若い士官に声を掛けられ、私の思考は中断された。

「ありがとう、頂くよ」

「それにしても嫌な任務でしたね。ここにいると麻痺しちゃいますけど、俺ら絶対天国には行けないですよね」

「慣れるか辞めるか、でなきゃ死ぬかさ」

「後輩としてはこんな組織ぶっ壊す、なんて言ってほしいものですけどね」

 冗談も程々にしないと軍法会議ものだぞ、と釘を刺すと彼はヘラリと笑ってコーヒーに口をつけた。ああ、本当ならばぶっ壊すと言ってやりたいよ。口には出さずに静かに思う。この若い士官の手も既に不要な血で汚れてしまっているのだ。一口飲み終えた彼は、ところで、と再び話を切り出した。

「先輩の担当区のカメレオン男。凄かったらしいですね。なんなら本当に研究した方が良かったんじゃないかって思いますよ。死んじゃったのは惜しいですよね」

 シギの能力や彼との会話については先に報告している。といっても物珍しい以上の価値は見出されず、もっぱら下士官たちの噂の種になっているようだ。惜しいというのも、面白いものが一つ減ったという程度の意味合いだろう。少し考えて、私は呟く。

「やはり死んだと思うか?」

 そりゃあ死んだでしょうと返す彼の言葉を待たず、私は問う。

「なあ、あの男が何故カメムシ男トゥイ・ハンラシと呼ばれているかわかるか? カメレオンじゃなくて」

「え、あの地域だとカメムシが色を変える生き物だと思われてるからですよね」

「それだけじゃなくてな、あの地域にはカメレオンが生息してないんだ。他に色を変える生き物がいなかったから、カメムシの誤ったイメージがずっと残ったんだな」

「はあ」

 何が言いたいのかわからないといった表情の彼を残して、私はシギとの会話を思い出す。



「姿を潜めて獲物を狩るカメレオンはもう死んで、今いるのは釣り餌の芋虫さ」


 シギはそう言った。外部の情報から隔絶されているはずの彼がカメレオンという生物を、その生態を知っていた。それだけではない。彼が腕を振りながら次々と色を変えて見せたとき、明らかにこの周辺には住まない人種の肌色が混じっていた。立てた指を左右に振って否定を示す仕草は、あの村どころかこの国に存在しない文化だ。外国との交流のある人間、例えば軍人にしかわからないはずのサインだ。俺は外の世界を知っているぞ。お前の正体も知っているぞ。彼はそう告げているのではないか。会話の中で私の疑念は徐々に濃くなっていった。そして彼から問われたのは。

花火あれはいつやるんだ?」

 まさか新型兵器の実験の事を言っているのか? いや、そんなはずはない。あまりに非現実的だ。しかし私は、彼が全て知っていると半ば確信していた。直感だ。根拠は無い。勘違いかもしれない。それ以前に私は国に身を捧げる身だ、機密情報を教えるわけがないだろう。私は返した。

「新月の夜にでもやるんじゃないか」

 シギと話したあの日から一週間後が新月だ。もしも私の勘が当たっていたのなら、私のメッセージが伝わっていたのなら、シギは生き延びているのではないか。滅びゆく忌まわしき村の、その最期を堪能し、姿を眩ましたのではないだろうか。


 これは全くの想像だが、シギは本人が語る以上に緻密な変身ができるのだろう。野山や部屋の壁に溶け込む程度ではなく、それこそ姿形や声色を変えてしまうほどに。その能力を隠し、自らを飼い馴らせるほど弱い存在だと偽りながら誰にも気付かれることなく外部の情報を集め、忌まわしき村を最高のタイミングで裏切る機会を虎視眈々と狙っていたのではないだろうか。英雄となることを拒む。その能力を以て救えたものを救わない。それはシギにとっては当然で、村にとっては致命的なことだった。

 流石に妄想が過ぎるな、と自分を諫めた。自分自身と彼を重ねすぎている。

 平気で村一つ消してしまうこんな組織への忠誠などとうに尽きている。正義感や倫理観ではない、憂さ晴らしのために私は、この組織など壊れてしまえばいいと思っている。私一人が何をしようがそれが叶わないことは百も承知だが、蟻の穴から堤崩れるとも言う。ほんの小さなキッカケ、例えば軍の暗部を知る者が野に放たれた可能性を見逃すくらいのことで、あるいはその者が千の顔を持つ可能性を伏せてしまう程度の事で、案外崩壊は始まってしまうかもしれない。

 いつか革命が起きて軍部が解体され、私達が犯罪者として裁かれるその死刑台で、執行官の肌色がころころと変わる様を思い浮かべる。

 

 ああ、今日はそんな良い悪夢を見れそうだ。

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