グリーゼ581、聞こえますか?

星野谷千里

We Are Not Alone

 今日は久しぶりに街に出て、小さなレストランで旨いスープにありついていた。

 週末の夜はいつも混み合っていて、聞くともなく会話が耳に入ってくる。


「宇宙人なんて、いるわけないじゃん」


 ああ、また言われてしまった……。

 いるかもしれない、ぐらいで妥協してくれないかな。

 そりゃ、俺は変人には違いないさ。必ず見つけると誓ったあの日から、人生を賭けて探してる、なんて。


 この街から車で2時間ほどジャングルに分け入った場所に俺の職場はある。

 カルスト地形のくぼみを利用して作られた巨大な球面反射鏡は、ちょっとした観光名所になっていて、映画の舞台になったこともある。この空へ開いた大きなおわんは、片時も休まず、遠い星々の発する弱々しい電波をかき集めている。


 そう、宇宙には生命が誕生するのに適した惑星が数多く存在する。

 例えば、ここから20光年ほど離れた恒星系にも、生命居住可能領域ハビタブルゾーン内の軌道を回る惑星がある。

 しかし、その惑星に知的生命体が存在していることはまだ誰も知らない。あと数時間のあいだは。



 長い間待ち焦がれ、準備を重ねてきたそのときは、本当に突然やってきた。

 夜勤だった俺はそそくさと食事を済ませて車で戻り、部屋でずっと新しい解析プログラムのデバッグを行っていた。


 宇宙からの信号は、微弱であるばかりでなく、非常に多様なものである。

 一見ノイズのように見える信号であっても、宇宙人が注意深くメッセージを織り込んだ通信波である可能性がある。それを安易にノイズであると切り捨てることは許されない。

 また空には飛行機が飛び交い、数多くの人工衛星が軌道を回るこの星で、受信されるほぼ全ての信号は我々自身が作り出したものである。


 俺の仕事は基本的には施設の保守点検である。しかし、あちこちから届く雑多な信号の中に含まれる宇宙人からのメッセージを発見し、自動的に切り出すための判定プログラムを作成することも、また重要な仕事の一部である。


 この仕事部屋はコントロール室からやや離れた場所にあるが、受信中の信号解析結果は手元のモニターですぐに確認できる。どんな仕事をしている最中でも、このモニターだけはいつも付けっぱなしである。

 もう空が白み始めた早朝、メイン解析プログラムは静かにアラートを点灯させた。


「強力なデジタル信号を受信中。当該座標に飛行機および人工衛星は確認されず」

 遠くの方でいくつも叫び声が上がる。俺はコントロール室へと走り始めた。



 息を切らしながらコントロール室にたどり着くと、そこは電話をかける人やらプログラムを再チェックする人やらでごった返していた。

「おい、また確認の電話だぞ。何件目だ?」

「もう20件は超えてるかな」


 俺は、今年このプロジェクトに入ってきた美しい同僚を見つけて、声をかけた。

「この信号は世界中で受信されてる、ってことなんだよな?」

「発信方向と反対側の地域を除いて、全世界みたいね」


 隣の机でモニターを睨んでいた計算班の一人がこっちを向いて言った。

「いま、座標を打ち込んで再計算してるけど、やはり間違いない。例の恒星系だ」

「だって、20光年だぜ。すぐそこじゃん」

「まあ、近いな。お出かけできそうな距離じゃないが、電話はかけられそうだ」

「受信データのほうはどうなってる?」


 問いかけたとほぼ同時に、解析班の班長が立ち上がって声を上げた。

「今ちょうど一巡目のデータ解析が完了した。極めて簡単なデジタル変調と符号化方式を使ってるようだ」


 宇宙からの信号には、無限のバリエーションが考えられ、まだ発見されていない重力波によるものも考えられる。

 しかし、知らない人に何かを伝えるためには、できるだけ聞いてもらえるように工夫をするはずである。

 そのことを考えると、宇宙人が信号を送るのに適した周波数、いわゆるマジック周波数はかなり限られてくるし、その信号形態も比較的原始的なものとなるはずである。

 今回も予想通りの周波数で送られ、簡単に解析できる信号のようである。


「そりゃ、どんな馬鹿でも読めるようにしてもらわないと、な」


俺はニヤけた顔でつぶやいた。班長の話は続いている。


「……さて、どれだけ進んだ文明が手紙をくれたことやら」


 その惑星は、随分前から知的生命体が居住可能な環境であることが知られていた。

 その惑星の大半は、水で覆われているらしい。

 太陽系第三惑星、地球。班長の話だとそう呼ばれているそうだ。


 なんだか変な名前だな。俺は2つ目の頭をぼりぼりとひっかいた。

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