3-4 哀しみの風は台地に吹く

 イヴュージオ。リノヴェルカとの死闘で死にかけていたはずの兄が、最後の力を振り絞ってリノヴェルカを守った。その青の瞳にもう、冷酷さはない。最後の瞬間、イヴュージオは元の優しい兄に戻ったのだ。

 全身から血を噴き出しながらも、イヴュージオは倒れた。イヴュージオの身体の下になりながらも、リノヴェルカは信じられないものでも見るかのように兄を見た。

 血まみれの唇が動いて言葉を紡ぐ。

「リノ……僕、は……」

 その先を、聞くことは出来なかった。

 イヴュージオの瞳から光が失われる。その手がぱたりと地面に落ちる。その身体から体温が失われていく。止まった鼓動、途絶えた呼吸。その何もかもが、明確に示すこと。それは、

 

イヴュージオの、死。

 

 溢れる思い。どうしようもないほどに。いつかはわかりあえると思っていた。ネフィルさえ倒せば何とかなると思っていた。それなのにリノヴェルカは暴走し、それを止めようとした兄は最後の最後にリノヴェルカを守って死んで。

 死んだ。イヴュージオが、死んだ。死んでしまった。

 どうしようもない現実がリノヴェルカを襲う。

「ああ……」

 喉から漏れたのは、悲鳴のような慟哭。

「あああ……!」

 ネフィルもイヴュージオももうどうでも良かった。リノヴェルカの、壊れかけたぼろぼろの心は、ついに、

 壊れた。

「あああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 最悪な運命が、二人を永遠の別離へと追い込んだ。

 もうリノヴェルカを止めてくれる人はいない。その滂沱と流れる涙を拭ってくれる人はいない。

爆発する感情を、その力を、抑えてくれる人はもういない。

 リノヴェルカは心を閉ざした。もう何も感じないように、何もかもを封じてしまおうと試みた。それでも溢れる力は、暴れる力は止まるところを知らなくて。

 力だけが、彼女を中心とした場所で暴れ続ける。神となった以上、死ぬこともできなくなったリノヴェルカ。彼女は悲哀と絶望と底知れぬ虚無感を抱えながら、永遠を生きることを運命づけられた。


  ◇


 アルティーラ台地。リノヴェルカの長い旅の終着点。すっかり荒地となった場所に、烈風が吹き過ぎる。しかし人々はたくましいもので、町をつくろうと動き始めていた。

 心を封じたリノヴェルカ。彼女を中心に神殿を作り、そこから町を広げていく。彼女の悲しみの風は時を経ていくうちに弱まって、台地は人が住める程度にはなった。そうしてその町――ツウェルは生まれた。

 町の最深部、今も彼女は眠っている。穏やかな風を吹かせる彼女はいつしか町の人々に愛される神となったが、その心は永遠に閉ざされたままで。

 時折思い出す悲哀の記憶が町に烈風を吹かせる時はある。そのたびに人々は、いつか彼女が救われる日が来ることを、と願うのだ。


  ◇


 裏切られ、利用され、大切な人をその手に掛けて、自分を失った風の神。

 大地を駆けることを忘れ、人を信じることを忘れ、喜びの意味さえも忘れてしまった。

 だが、それから幾千年。誰もが望んだ救いはやってくる。描いた絵を実体化させる少年が、「荒ぶる神」となった彼女を封じにツウェルへ来る。

 そうだ、そうなのだ。救いは、来るのだ。

 風神の愛した台地には、悲しみの花ばかりが咲くわけではないのだから。


【完】

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風神の台地――魂込めのフィレル外伝 流沢藍蓮 @fellensyawi

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