【第5話】マヒナすとーりー①「山登り」
私の父方は、代々生粋のハワイ人だ。
父はもともとフラに興味のある外国人向けのツアーコンダクターをしていた。
ある時日本からハワイ観光に来ていた母と出会い、2人はすぐに恋に落ちた。
そして母はハワイに移り住み、そこで生まれたのが私、マヒナだ。
つまり私はハワイ人と日本人のハーフということになる。
もともとポリネシアンを一部起源とするハワイ人と日本人は外見が似ていることからハーフと言われなければ分からないかもしれない。
そんな経緯で物心ついた頃にはハワイという大自然で育ち、父方の祖母の元で代々伝わるフラを学ぶことが当たり前になっていた。
学ぶ、というよりむしろ私にとってはフラは遊びのように楽しいものだった。
私が初孫だったということもあり祖母はとても可愛がってくれた。
マヒナと名付けてくれたのも祖母だ。
時に厳しく叱咤されることもあったが、それ以上にフラの教え方がとても上手かった。
気が合うと言うか、私は祖母の感覚と近いと思った。
そして私の踊りが少し形になり出したある日ー
「マヒナ!マヒナはおるかい?」
「はーい、なんでしょうか、おばあさま」
「お前もそろそろハワイの神様にご挨拶しないとならないからね」
「わかりました」
「明日の朝、火口に向かうよ」
「火口・・・火山にですか?」
「そうさ、このハワイという土地は火の神ペレによって守られているんだからね。ペレにご挨拶するのがハウマナの大事な役目のひとつだ」
「はい、おばあさま」
「いつもの場所で好きな花を摘んでおいで」
そしてその夜、熟睡していた私を起こす声がした。
「マヒナ、ほら行くよ」
そこには祖母が濃い緑のムームーを着込みククイの実で出来た首飾りをして立っていた。大事な儀式のときにする格好だった。
「おばあさま、まだ夜ですよ?」
「頂上に着く頃には日の出だよ。今がちょうど頃合だ」
父が家の外で自動車のエンジンをかけて待っていた。それに乗り込み、私たちは向かった。
前日に私が摘んだシダとプルメリアの花束を握りしめながら。
山の入り口は案の定、真っ暗だった。
そこに父より少し年齢の若そうな地元のガイドらしき男性が手を振っている。
「あそこが入り口だよ。パパはクルマで待ってるからおばあちゃんと行っておいで」
後ろのトランクからイプを取り出し背負い、祖母は私の手を引き山の中へと入っていった。
グイグイと手を引っ張られる私を気の毒に思ったのか、ガイドの男性が心配そうに話しかけてきた。
「火口に行くのは初めてかい?今日は君にとって大切な節目だからちゃんとお祈りをすれば、きっと思いは伝わるよ」
気の進まない私の気持ちが顔に出ていたのか、そう私を励ましてくれた。十分ほど歩いた頃だろうか、暗闇に目が慣れてきたのか、だんだんと辺りが見えるようになってきた。
むしろ月明かりが眩しく感じるほどだった。
耳をすますと少し道を隔てたところからも人々の歩く音がここそこにザッザッと聞こえてきた。
どうやらこういった参拝はどのハラウ(教室)でも恒例のようだ。
「たしかに今から登ると日の出の瞬間を頂上の火口で見られるね。今日は雲一つ出ていないから、とても見晴らしが良いと思うよ」
ガイドの男性は柔らかく笑微笑んだ。
「おばあちゃん、ちょっと早い。少し何か飲んでいい?」
祖母は私の手を離すと水筒を差し出した。
「お前はおしゃべりだから先に言っておくけど、洗礼を受けるのはマヒナ、お前だから頂上までは極力しゃべらないように」
「わかりました」
そこから2時間、私は水筒と花束を持ちながら黙々と歩いた。
まだ小学3年生だった私の体力は限界が近づいてきていた。
ガイドの男性が私の気を紛らわすように話を始めた。
「ほら、あそこに木があるだろう、オヒアと言ってね、あれが出てくるともうそろそろ頂上なんだよ。この木にはちょっとしたお話があってね、その昔オヒアという男性がいて火の神ペレが恋をしたんだ。だけどオヒアはレフアという恋人と既に両想いでね。ペレは嫉妬のあまりオヒアをあの木に変えてしまったんだ。それに落胆したレフアは何ヶ月も泣き続け、洪水が起きるほどになった。
それを見かねた神々はレフアをオヒアに咲く花に変えたんだ。そうすることで永遠に2人は一緒にいられるからね。
だから今でもオヒアの木からレフアの花を取ると、せっかく一緒になれた2人が離れ離れになるのが悲しくて空から雨が降ると言われているんだ。
でもね、僕はむしろペレに、そんなとても人間的なところに魅力を感じるんだよ。他にこんな神様を聞いたことがあるかい、なぜこんなにも激情な神が神聖な踊りを司るのか。
それはきっと踊りというものが人の内なる面、つまりは命の波動から生まれるものだからじゃないかな。
ペレは悲しみや苦しみを背負ったとしても、その溢れ出る抑えられない感情を抱えたまま愛を求め続けずにはいられないからこそ、踊りの神足りうるんだろうね。あ、そろそろ硫黄の臭いがするかな。これは火口がもう間近な証拠だ。ペレのかなり側まで来てるってこと」
見渡すと夜が明け始め、硫黄の煙がここそこに立ち昇っていた。その間をレフアの赤い花がまるで私たちを導くように咲いていた。まるで手招きをするように風に揺れる。そこから少し進んでいくと、突然目の前に広大な地平線が現れた。
火山の噴火口が石化し、その噴火口の淵に私たちは立っていたのだ。
祖母は背負っていたイプを下ろし、それを叩き始める。空は雲ひとつない快晴。太陽が今まさに登ってきたところだった。
「これからこの者が植物を摘み生き物を食すことをお許しください。この地の自然を愛し、フラを捧げます。どうかお導きください」
祖母はシャントを歌い終わると、私に火口へと花束を投げるように合図した。
花束を投げ込んだ途端、気流が発生し花束は空に舞い上がって行った。
「あ、花が・・・」
私はどうして良いか分からず苦笑した。
正直、神様に拒否されたように思えて涙が出そうになった。でもそれをグッと堪えた。
ガイドさんの話を思い出し、私は私のフラに対する気持ちを火口に叫んでみた。
花は届かなくとも思いだけは伝えたかったのかもしれない。
「悲しいときも、苦しい時も、どんなときでも踊りを諦めず続けます! ですから、ずっとずっと見ていてください!」
すると花束は私の頭上を旋回しはじめ、クレーターの中央まで行くと、今度は風が遊んでいるように花束はくるくると周りながら煙が立ち込める火口へと落ちて見えなくなっていった。
自然に囲まれ自然と共に生きる。祖母からフラを学び、ハラウのみんなと踊る。
私はその時、たしかそんな決意をしていた。
「マヒナ、行くよ。よく火口に向って気持ちを伝えたね」
「うん。ガイドさんのお陰でペレの気持ちが少しだけ分かったから」
「ガイドさん?マヒナ、おばあちゃんと2人でここまで登ってきたんだろ?いったい誰のことを言っているんだい?」
「え、だってほら、あの人・・・」
そう言って見渡してみると、あの男性はどこにもいなかった。
そして数日後、祖母とその話をした時に知ったのだが、行きの山道で祖母は群衆の足音も聞いていなかったそうだ。
あの時間に登る人はいないそうで、だとすると私が聞いた群衆の足音はなんだったのか、そしてあのガイド風の男性とは・・・。
今となっては謎のままとなってしまったが、彼の伝えたかったことだけは私の中で今も燻り続けているのだった
夢でみたフラガールっていったい誰ですか(泣) にゃたり @mahina_hula
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