【第4話】「予知夢」

今朝は夜明け前から雨がダラダラと降り続いていた。分厚い雲が日の光を遮断して辺りは薄暗く、こんな日は時間の感覚を失う。

「つら…」

昨夜の夢のせいか、単なる気圧のせいなのか身体が鉛のように重い。

決して早いとは言い難い登校時間、遅刻ギリギリのラインで通学路を足早に歩く。風は舞い、傘をすり抜けた雨が、オレの服の袖やズボンに当たって湿っていく。それが更に気持ちが重い。

正直なところまだ寝ているのか起きているのかも曖昧な感覚だ。

突風に傘が持っていかれそうになったとき、オレの歩く少し先の民家の窓に猫がいた。

いいなぁ、あいつ…

こんな雨の日に家の中でくつろげる猫ってやつは

…そいやハウピア様って言ったっけ。


「予知夢…?」

その突拍子もない言葉に、オレは今一度聞き返した。

「…まず順を追って話すとしよう。

我々はこのマナというチカラが引き起こす現象を観測している者だ。

キミ自身、先ほど体験したと思うが、恐怖をまとった者たちはマナの深層に命を沈みきるまで、もがき続ける。そこで撒き散らされる負のマナは現実の世界に厄災として転換されてしまうのだ」

「厄災…?として?」 

「台風や豪雨、地震、伝染病、蝗害、あらゆる自然災害の形を借りて世界中のどこかに噴出される。最近多発している異常気象はマナが大きく関係している」

「だから厄災が起こる前にナイアたちは止めていたのか」

「そういうことだ、とても放置できない。負のマナから人々を解放し厄災への転換を止めなければ。我々のようなマナを使った活動をするチームは世界中にいくつもある。しかし半分も止められていないのが実情だがね。それ故に1番大きい厄災にターゲットを絞る必要があるわけだ。そこで予知夢の話が出てくる。

このマナフィールドに一度でも踏み込んだ者は予知夢を見る。それはこれから起こる大厄災を示し、その日が過ぎ去ったら、また次の大厄災の予知夢を見るという状況がここ1年ほど観測されてきた」

「この夢みたいな世界に踏み込んだことのあるヤツなら誰でも見るって?だとするとナイアやリオも見てるってことだよな」


「はい、わたしはイルカに乗って一緒に泳ぐ夢でした」  

ナイアはそう言いながら長距離ライフルを何処かに仕舞うと、今度は寝巻きに変身した。


「あたしのはどっかで観光してる夢だったかな」

リオもステッキや魔法少女っぽい衣装が消え、ジャージ姿になった。


「…あれ?オレの夢とだいぶ違う」

「この2人の見た予知夢は、たまたま離れているところにいたのか、大厄災を特定する参考にはならなかった」

「しみませーん」

申し訳なさそうにする2人。

どうやら予知夢は自分が将来そこにいるであろう立ち位置からしか見られないらしい。

「そこでユータ、キミが見た予知夢に場所や人物が特定できそうなものはなかったか?」

あの夢に出てきた場所…人物…?

「…マヒナ、らしき人物がいました…そのあと…ああ、あれはナイアとリオにオレは助けられたってことか」

「覚えているのか?助けられたことを」

「そうなんです、ユータさんはあの時もマナフィールドで目を覚ましてましたから」

「やっぱりあの時、ドロドロに埋もれてたのはマヒナなんだろ?」

「その通り、マヒナ部長だよ。そして彼女はユータ、あんたのソウルを喰らっていたんだ」

「…え?オレを???」

リオの言葉は一瞬聞き間違えたかと思うほどの衝撃を感じた。あいつがオレを?なぜそんなことを…

「今のところマヒナさんは我々にとって最重要監視対象なのさ。あの時も…我々は予知夢で彼女が大厄災になることは事前には知っていたんだが、マヒナさんがまとった負のマナは我々の想定をかなり凌駕するほどに強力なものだった、予知夢を遥かに超えるくらいにね。そんな時ユータが飲み込まれ、能力の均一化が起こり弱体化した。そこをリオとナイアでトドメを刺したというわけだ」

「大厄災がオレと均一化して弱くなるって、オレどんだけ弱いの…そもそもオレはどうやってマナフィールドなんかに取り込まれてんだ?」

「さあてね、そこがよく分からないんだよ。お前自身何も心当たりはないのか?」

今度は名前でなくお前になってしまったが、今は話の続きに集中だ。

「…いや、オレ自身マヒナと会ったのは3年ぶりくらいだしなぁ…」

「お前にないとするとマヒナさんにあるのかもしれないな。それもあってユータ、お前からマヒナさんに悟られぬよういろいろと調べたり聞き出して欲しい。そのためにナイアとリオもフラダンス部に入部させたのだ。きっといろんなサポートをしてくれるはずだ。

あの時何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのか…それを一刻も早く知っておかねばならないのでな」


…たく、簡単に言ってくれるぜ。

傘から横殴りの細かい雨がポンポンと弾く音が聞こえる。生きているようになびく風は生暖かく、どこか南国の匂いがした。


「あら?ユータさん、また来たんですね?」

放課後、フラダンス部の教室のドアを開けるとマヒナはすでにここに来ていた。

「来ちゃ悪いかよ。オレも部員だろ?」

ナイアとリオが入部する引き換えにオレを部員にすることが条件だった。その点についてはマヒナもうんざりして目を逸らすことしかできないらしい。

「ナイアただ今到着しましたーっ」

「うぃっーす」

ナイアとリオのコンビも到着した。

「それにしてもこの教室にはフラダンスのものがいろいろあるんですねぇ、あっ、この本ハワイのフラダンサーを紹介してる。見てもいいですか?」

「どうぞ」

「ユータさん、男性のフラダンサーも紹介されていますよ。うわ、これ見てください、この人お尻丸出しですよ」

ナイアが無理矢理オレに本を見せてきた。その男性のフラダンサーはフンドシのようなものしか身に纏っておらず、たしかに臀部は丸見えであった。その瞬間、マヒナが立ち上がり一瞬、不敵な笑みを口元に浮かべた。

「そうね、せっかくだからユータさんにも同じ格好で踊っていただこうかしら」

マヒナが突然訳の分からないことを言い始めたぞ。

「せっかくの意味がわからんぞ」

「ひゃっはっは、それウケる、ユータ、カメラはあたしにまかせろ」

リオが悪ノリする。

「はっ、だいたいこんなフンドシみたいなの、専門店とかで買わないと有るわけ無いだろ。そうそうその辺に転がってる代物じゃない」

「ユータさん、もしかしてコレでしょうか。そこに転がってました」

ナイアが律儀に持ってきた。

「この部屋はなんでもあるんじゃないのか…つかなんで男物の腰巻があるんだよ?」

オレの手に持たされたフンドシ。幸い新品のようだった。

3人の期待の目線が痛い。

ナイアが小さな声で耳打ちする。

「ユータさんこれは作戦です。マヒナさんと親睦を深める良い機会ですよ!」

続いてリオが反対側の耳に耳打ちしてきた。

「ハウピアさまにも頼まれたじゃん。ここでマヒナ部長にヘソを曲げられたら元も子もなくなるんだぞ」

…た、たしかに

しかし、だからといって今ここでフンドシ履くか?普通。それともやっぱり状況を鑑みればマヒナから笑いを取るために履くのか?…でもフンドシ履いたところでマヒナとの関係が革新的に変わるものなんだろうか…???

と、考えをあれこれ巡らせていたオレはふっと目線をナイアたちに戻した。

二人ともオレに背を向ける形でマヒナと何かを話していたが、オレは見逃さなかった。

ナイアもリオも肩が小刻みに振動していたのである。確実に込み上げる笑いを堪えている。テメェらどっちの味方だよ!

「…そもそも着替えるにしても更衣室ないじゃ〜ん?」

自分なりに中々の返しができたと思ったその時

「そこのドアから資料室に行けるから、そこでどーぞ」

とんでもなく塩対応なマヒナがオレの顔も見ずにあっさりと打ち砕いたのだった。

「…」

とりあえず資料室に入りドアを閉める。古臭い臭い、カーテンに埃がかかっている。

棚に整頓され置かれた様々な物。半分はハワイの郷土品や楽器のようだった。

机の上は騒然としていたが、活動日誌と書かれたノートに目がいった。パラパラとめくる。

別段普通の活動報告が簡潔に書かれているだけだったが、気になったのは書いている人物だった。マヒナの他にオレの姉貴、それにノアという人物も含まれていた。しかもノアはマヒナと同じ学年だったようだ。なぜ今フラダンス部に居ないのか。たしかに中高一貫校とはいえ高校受験を別でしてはいけない訳ではないので、もしかすると高校に上がるときに別の高校に進学したという可能性もある。ただ、理由は無いのだが、聞き覚えのないその名前がなんとなく引っ掛かった。

「いつまでかかってるんだー?こっちはカメラ構えて待ってんだぞー。恥ずかしがらずに出てこいよーヒヒヒ」

リオがドア越しにヤジを飛ばしてきた。

「わかった、今出て行くから期待し

ろ」

オレは男らしくドアを威勢よく開け放った。

3人とも食い入るようにオレの下半身を一斉に見つめる。

「誰もズボンを脱ぐとは言ってないのでしたー!ズボンの上から履いてやったぜ。ガッハッハー‼︎」

「なんだよつまんね」

「ユータさんがここまで臆病者だったとは想定外でした…」

「はーい今日のフラレッスン始めまーす」

ひどい言われようである。


「今日は虹をテーマに踊ります」

マヒナはそう言うとスマホから音楽を再生し部室の隅にあるスピーカーから音楽が流れ始めた。


"なんて綺麗な虹なんでしょう"

"ラエア" "ラエア"

"空高く弓形を描いて"

"ラエア" "ラエア"


「今日から手の動きも併せてやってみましょう。虹のハンドモーション。

左45度に両手を重ねるように置いて、

右手を弧を描くように上、右45度に移動

足は前回やったカホロです」

手だけならできる…だが足を付けた途端、動きが急にぎこちなくなる。


「続いて次も虹のハンドモーション。

綺麗な虹を思い描いて。それを描きながら、

今度は中央上で合わせた手を

左右45度に開いていきます。

これも足はカホロで」


ナイアの方を見ると、手か足のどちらかが時々止まっていた。

なかなか苦戦しているようだ。

リオは…流石だ、運動神経の良さを見せつけるかのごとく、キビキビと動けていた。


だが、それでも2,3回繰り返しているうちにみんなスムーズに踊れるようになってきた。


「これで1番は終わりです」

「えぇ!あっという間!1番通せそう。できたー!やったー‼︎」

ナイアが声を上げた。


「では1番通してみましょうか」

柔らかい笑みを浮かべたマヒナが曲を初めから再生した。


マヒナも一緒に踊る。この部屋のみんなが同じ踊りをする。その時、きっとナイアもリオもオレと同じことを感じたに違いない。

俺たちは踊りができたと思っていたが、マヒナの踊りと見比べてみると、それは全くの別物だった。


弧を描く描き方ひとつ取っても違う。身体の周りになんとも言えない空間というか余韻というか、それが見てる人を引き込み、どこか壮大な自然の末端に触れたような、そんな心にスッと入り込む優しい世界を感じた。


ハウピアさまの監視のことを忘れたわけではない。しかし、見た者をこんなにも豊かでたわやかな気持ちにする踊りを踊れるマヒナが、どうしても大厄災の手がかりを握っているようにはとても思えなかった。


あっという間に下校の時間になった。

通学路をナイアもリオも押し黙ったままだった。それもそのはず。みんな今日は純粋にフラダンスを楽しんだのだ。

もしかしたらまったくお門違いの人物を監視対象に選んでいたのかもしれないとさえ思えてくる。

俯いていたナイアが顔を上げ、オレとリオを見て言った。

「ハウピアさまからメッセージが届きました。今夜8時です」


それにしても、このマナフィールドってところは何時きても慣れないところだよなぁ。重力感なのか空気の流れなのか、説明はできないが現実世界とはどこか違うという違和感を感覚で感じ取っていた。


「また早く来ちゃったんだね、オレ…」

とりあえず魔物に出会す前にこのフィールド内に生息している木々や植物の観察をしておこう。そう思い立ち、繁みや草むらへ積極的に分け入ってみることにした。

葉っぱの多いひらひらした感じ、香りもいい。生い茂っている感じから多年草のようや印象だった。

その時、誰かの気配を少し遠くで感じた。

一瞬だが、誰かが茂みを抜けた先の道を横切ったように見えたのだ。


またナイアやリオが来る前に魔物に出会したか…?


とりあえずもう少し状況を把握しなければ…。最悪、敵だった場合、相手がこちらに気づいているかどうかで、大分戦況は変わってくる。どうしても知っておきたかったのだ。


オレは恐る恐る、なるべく葉っぱの音も立てないよう人影らしきものを見た付近にゆっくりと近いていった。


いる…!いるぞ…‼︎

その人影は人間の大きさで、こそこそと辺りを見渡しているところだった。

オレから見て後ろを向いていたため、どうやらオレには気がついていなかったらしい。


だが、そいつが真横を向いた、その時

「…そんな」

オレは口から無意識に言葉が漏れ出ていた。


そいつの正体は…『マヒナ』だった。


なぜ?どうしてこんなところにいる?

そして最悪の結論がオレの頭をよぎる…

"もしかしてやはりお前が大厄災そのものなのか?"


「ナイア、もうこっちに来てる?」

「ええ、今丘の上からユータさんの監視を続けています」

「やっぱりハウピア様も前例を見つけられなかったそうだよ…」

「ユータさんは間違いなく覚醒したのに、覚醒時の姿が全く変わらなかった…自分の憧れや本心が外見と同じ人間なんてあり得ないと思うんです」

「つまりナイアはユータがそもそも既に覚醒した姿そのものってことを言いたいんだな?」

「そうするとこの問は最初に戻ってしまいますよね。

ユータさん…あなたは本当は誰なんですか?」

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