【第3話】「夢占い」

サバゲー風のコートを着込み長距離ライフルを持った色白の少女ナイアが、オレの目の前に立っていた。


「この世界はマナという力で満たされたもうひとつの世界です」

「もう一つの世界?」


「私が着込んでいるこの姿は、私が想う私なりの強さを、マナが具現化したものです」

「・・・じゃあ、あの巨人もそうなのか?」


「いえ、あれは魂を囚われた人です」

「だ、誰に?」


「恐怖です。あれは彼が想う彼の恐怖が具現化した姿なんです」


その瞬間、巨人が岩盤を投げる体勢に入ったのを察したナイアは、ノンスコープのまま長距離ライフルを発砲した。

巨人の腕に炸裂すると腕がボロっともげ、持っていた岩盤が転げ落ちた。


「す、すげえ!これなら倒せる!」

「・・・いえ」


ナイアが否定した通り、巨人の腕の傷口からまた徐々に腕が生え、あっという間に元の状況に戻ってしまった。

もげた腕はどろどろのゼリー状になりながら崖をこっちに転がってきている。


「とにかく山の上に逃げましょう。上を取られていては圧倒的に不利です」

そう言うとナイアはオレを抱え超人的な跳躍力で崖の下から一気に巨人を飛び越え、山の中腹あたりまで登り切ったのだ。


しかし巨人もその動きを察知して振り返り、こちらを追いかけるようにジャンプした。あまりに巨大なため、真下の地面が陥没しているのが見えた。



「く、来るよ!?」

「大丈夫です」


ナイアはいたって冷静だった。


今度はいったい何が飛び出すんだ?と、思ったその時、滑空している巨人の真横に、突如人影が現れた。



フリフリのスカートに可愛らしいリボン、長身褐色のアスリート少女、あの時の夢と同じ服装をしたリオだった。


サッカーシュートのような態勢に入ったリオの足先が発光し、それを巨人のちょうど横腹に叩き込むと、巨人はもろくも体勢を大きく崩し、山の裾野に広がる海まで吹っ飛ばされたのである。

凄まじいチカラだった。風圧がオレのところまで届いたのだ。リオはイメージ通りパワーキャラだった。


吹っ飛んだ巨人が着水すると、水が陸地に溢れ出し、辺り一面は水に覆われていった。


しかし巨人は半分海に浸かりながらも、たんたんと起き上がる動作を始めている。

見たところはっきりと攻撃の効果が出ている感じはしない。


「お待たせナイア、あいつなかなか手強いかもしれないよ」


リオは一気にここまでやってきた。とてつもない跳躍力だった。

「あんまじろじろ見んじゃねーぞ、ユータよぉ!」


「そう、リオさん!ユータさんが覚醒しました。

シールダーの要素、強めですが」

「おお!覚醒したか!といってもとくに格好に変化はないのか…チッ」


「チッってなんだよ。それにここに来て何度も死にそうになったぞ!人を呼び出しておいて2人とも今までどこにいたんだよ!」

ナイアとリオはおもむろに顔を見合わせるとやれやれ、といった素振りをした。


「お願いした通り、ユータさんは間違いなく9時に眠りについていただけましたか?」


「あっ!えーと・・・疲れてたのか帰ってご飯食べたらすぐ寝ちゃった・・・く、9時前だったかも」

「かもじゃねーだろ、かもじゃ、そんなに早くこっちに来られても、カバーできねーよ!」

「原因オレだったのか、ホントすんません!!」


オレが寝落ちして早く来すぎていたせいで、みんながここに到着する前だったということか・・・


「来るぞ!」


リオがそう言うと、いつの間にか巨人が岩盤をこちらにめがけ投げてきていた。

オレはナイアに連れられジャンプしてかわしたが、それにしてもオレにももう少し秀でた能力はないのだろうか・・・


「リオさんの作戦は?」

「とりあえずいつものようにアタシが敵を引きつけるからナイアは本体がどこにいるか見つけて!」

「了解!」

話が決まるとリオは再び超人的な跳躍力で巨人のいる方に飛んで行った。



「・・・本体って?」

「恐怖に囚われている人が、このフィールドのどこかにいるんです。その本体を見つけ出し救出しないと、あの巨人は消えません」

「おいおい、それ、かなり難易度高くないか」

「はい、普段なら物理攻撃で根を上げる本体ばかりなんですが、今回のようにトラウマが深すぎてそれでは目覚めない場合があるんです。

私とリオさんはそういったマナに囚われてしまった人々を定期的に救出しているんです」


そうか、トラウマが深すぎたから、ナイアやリオの攻撃が効いている感じがしなかったのか。

しかし効果的な方法がすぐに見つかるわけではないが、リオは投げられた岩盤を軽々と叩き割っては、隙を見ては時折巨人に直接攻撃を叩き込んでいた。

「本体を探すっていってもどうやって見つける?」

「まずこの巨人が何を表しているのか推理し解き明かすことによって、自ずと本体の居場所が特定しやすくなります。このモンスターは囚われている本人自身の恐怖体験やトラウマの表現形なので」


「この巨人がトラウマそのものってことだよな?巨人を具現化するほどのトラウマって、見当も付かないぞ」

「巨人は便宜上の恐怖の再現であって、この場合、本体が恐怖の対象を直視したくないのかもしれません。何かに置き換っている可能性はあります」

「いったいどんな経験すればこんな恐怖を表現するに至るんだ…うん?置き換わるっていったよな?」

「はい」

「例えば自分より大きいものへの恐怖とか、そういうこと?」

「そんな感じです。もっと具体的に実体験に近いカタチで当てはめないと、本体には届きませんが」

「大きい・・・大人?・・・体格差から考えると、つまり自分が子供のときに大人から怖い思いをさせられたとか?」

「なかなか的を得ているのではないでしょうか。私もそう考えました・・・ですが・・・」

と続けたナイアだったが・・・今までにない沈痛な面持ちでこう続けた。

「幼少期だとするとトラウマはよほど強烈だった、つまりどちらかというと、それが頻繁に行われていたと考える方が自然かもしれません」

「頻繁・・・!?」

「大人になっても苦しむほどの傷、忘れたくても忘れられない傷・・・つまり」

どうやらナイアの中では答えが出ているようだった。

オレ自身は薄々ではあるが感じていた直視したくない現実。

それを打ち破ったのはナイア言った一言だった。


「親からの常習的な虐待の可能性です」

「・・・」

「あの巨人の、漠然とはしていますがシルエットから推察すると、多分加害者は男性、もしかしたら父親かもしれません。また、フラフラとした動きの奇妙さからは、酒乱だったようにも見えます」

「・・・そんな・・・そこまで分かるのか?」

「いえ、飽くまでも具現化されている恐怖から読み取っているに過ぎませんので、確証は何もありません」

「じゃあこの後どうする?どうやって確かめる?」

「今からトラウマをより具体化させます」

「それ本人が余計苦しむだけなんじゃ?」

「ここまで恐怖が育ってしまうと、トラウマに向かい合わないまま本体そのものが飲み込まれ救出することが難しくなります。一刻も早く具体的させなければ」

その頃、リオは何度となく巨人の投げる岩盤を叩き割り、山を這い上がる巨人をその都度、海に叩き落としていた。


「すごいんだな、リオは。絶好調」

「今から巨人の頭部にこのライフルで打ち込みます」

ナイアはさっき巨人の腕を吹き飛ばしたときの弾丸の薬莢をライフルから吐き出し、新たに真っ白な弾丸を装填した。

一連の動作に無駄がない。一瞬だったが、弾丸の表面に呪文のような文字がクルクルと流れているのが目に入った。

「今の弾丸は?」

「これは先ほど可能性として出た虐待の話を詰め込んであります。仮に予想通りだった場合、着弾すると本体の実体験と結びつきます。つまり、よりハッキリと表面に具現化してきます」

「もしトラウマ予想が当たってなかったら?」

「その時は本体の記憶と結びつかないので、何も起こりません」

ナイアは片目を瞑りスコープ越しに巨人の頭を捉えると躊躇なくライフルの引き金を引いた。

バズッ!

聞いたことのない銃声が鈍く響くとともに、次の瞬間、巨人のアタマにボコッ!と凹みができた。無事、着弾したようだ。

しかし巨人は一瞬バランスを崩しそうなったものの、すぐにまた岩盤を投げる体勢にはいった。

「どのくらいで発現する?」

「すぐに発現するので、もう現れてもいいくらいです」

・・・え?つまり、予想はハズレたってこと?

次の手はどうする?そう簡単に別のトラウマを思いつたりはできないぞ。

と、焦って考えを巡らせていたオレのかなり近くに岩盤が着弾した。

「危なっ!」

どうやらオレ達の方に投げられた岩盤を、リオはバレーボールのように滑り込みでカットしてはいたが、直撃を避けるのがやっとだったようだった。

「リオさん大丈夫ですか?とても疲弊しているように見えます」

ナイアの言う通りリオはかなり息が上がっていた。

「なんだろう・・・こいつ・・・岩盤を砕いてるだけなのに・・・どんどん身体が重くなる・・・砕けば砕くほど・・・」

そういうとリオは、オレの目の前で滑り込んだ体勢から立ち上がろうとはしたが、膝から崩れ地面に手をついた。


巨人はオレ達がここにひと纏まりになっているのを見逃さなかった。

こちらを見つめ岩盤を抱え込む動作を始めていた。


万策尽きたか…どうする。ふっとナイアを見上げると辺りを見渡しているナイアが突拍子もないことを言った。

「岩盤のカケラを見ましたか?」

「え?か、カケラ?それがなに?」

今にも投げられそうな岩盤からオレは視線を逸らすことができずにいた。さっきのシールダー的な能力を使えれば次の岩盤くらいは止められそうだ。だが、まだ発現したばかりで使い方もままならない。岩盤を抑え込められるとしても、あと1,2回が限界といったところだろう。

「ユータさん、無いんですよカケラが!」

「ちょっと、こんなときになんの話を・・・?」

確かにさっきからあれだけ投げまくっていた岩の破片が不自然なことに一つも崖の下に落ちていないのだ。


「ホントだ、無い!でもそれって何か不都合なの?」

「逃げる必要はないかもしれません」

そう言うとナイアはライフルにもう一度白い弾丸を再装填し、巨人が今にも投げようとしている岩盤をスコープ越しに慎重に狙いを定めると、焦りを微塵にも感じさせないほど冷静に引き金を引いた。


岩盤の表面に着弾したことを示す凹みができると巨人の動きが止まったのだ。

そして巨人の表面からこともあろうか背広を着て七三に頭髪を分けた険しい表情の男性が浮き出てきたのである。さらに岩盤の方からは、泣いている表情の男の子が浮き出てきたのだった。

「・・・まさか。そんな、自分で自分を投げていたのかよ。砕けるほどに」

どことなく自傷行為を見せられているようで胸糞の悪い気分になった。

「実際に日常的に投げられていたのかもしれませんし、親からの虐待がきっかけで自分自身を自暴自棄に投げ捨てる行動に出ているのかもしれません。そして人に投げつけるという行為は、出口のない苦しみを誰かに伝えようとしているようにも思えます」

ナイアは淡々と分析する。


「まあ、にわかな夢占いみたいなモンですけどね」

「なんだよ、当てずっぽかよ!」


「・・・やっと姿を表しやがったか」

そう言うとリオはオレの腕に勝手にしがみ付きながら、フラフラだったがなんとか立ち上がった。

リオは手からハート型のオブジェがついたステッキを取り出すと、円を描くようにそれを振り回した。

ステッキが発光し始め、さっきまで岩盤だった泣いている子供の石像に向かって、リオはその光を放った。


石造にミシミシとヒビが入り、そのヒビの間から人の形をした発光体が芽吹くように出てきたのである。

その光る人型は実際の大人の男性と同じくらいの大きさで、顔は背広の巨人とはあまり似ているようには思えなかった。

「ユータさん、あれが本体、つまりソウルです」

「あれが・・・」

半分くらいソウルが石造から出たあたりで巨人も岩盤もゼリー状のドロドロになっていく。

ソウルの側まで跳躍したリオは、直に本体に声をかけていた。

「怖かったですね、でもあなたのせいじゃ無い。だからこれからは安心して眠って」

そして次の瞬間、上空に向かいステッキを振り上げると、ソウルは光の筋となって、あっという間に空の彼方へと消えたのである。空を見上げたままのリオは少しだけ泣いているように見えた。


「・・・こんな大変なことを君たちはいつから続けているんだ・・・そしてなんのために?」


「それについては私が説明しよう」

突然、オレの背後から女性の声がした。聞き覚えのない声だった。

「ハウピアさま!」

リオがオレの背後を見ながらそう言った。

振り返ってみると、そのハウピアと呼ばれてる人物に目を疑った。

いや、正確には人物という表現も適切ではないのかもしれないが・・・

「君はユータと言ったかな?」

宙に浮いた毛艶の良い猫がオレに話かけていたのだ。キャラクターっぽい猫ではなく、その辺を歩いてそうな三毛猫だ。

「ハウピアさまは私たちに、このマナの世界でのコントロールの仕方を教えてくださった方です」

ナイアが驚いているオレに耳打ちした。

「で、でも猫?だよね・・・」

「私は訳あって、今は姿を晒すことができないんだ。申し訳ないが、この猫のアバターで我慢してくれ」

「あ、これご本人じゃないんすね。ああ、で浮いてるんだ」


「ハウピアさまがここに来られるなんて珍しいですね。何かあったんですか」

リオは少し不安に感じたなのか眉をひそめた。そのくらいこのハウピアさまが現れる時は何かあったとき限定なのだろう。

「この間の件で調査した結果、いろいろと分かったことがあってね。ユータにも関係のあることだし」

「オレに?」

「そしてマヒナさんにもね」

「マヒナを知っているんですか?」ふっとなぜオレだけ呼び捨て?と思ったが、今は話が先だ。


「この一連の現象には、マヒナさんが間違いなく深く関わっている。そしてユータ、君が見た夢はただの夢ではないんだ」


「ただの夢じゃない?夢以上の何かなんてあるのか?」


「これから確実に起こる予知夢だったと言ったらどうする?」

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