【第2話】「夢の続き」

ユータは夢で見た人物にそっくりな2人の少女とフラダンス部で出会った。

つい口から出た「夢の続きかよ」の言葉に2人の表情はなぜか急変したのだ。


「え、なんでなんで?いやいや、まって。ちょっと君さ、うーん、どういう意味で夢の続きとか言ってるのかな?」


戸惑いを隠し切れていないナイアと呼ばれていた少女が、半ば噛むか噛まないかのギリギリのラインの早口でオレに言った。


そしてナイアは一緒に来た長身褐色の少女と目を合わせ頷くと、勢いよくオレの手を引っ張って部屋から廊下へと、ほぼ連行されるかたちで連れ出された。

2人とも明らかに焦っている。なぜ焦る?だって夢なんだろ?



「なんで言ったのか、だっけか。夢で君たちにあまりにもそっくりな人を見たというか・・・小柄な君の方はサバゲーみたいなライフル持ってて、そんで褐色の君は魔法少女みたいなフリフリ」

「わーーーーっ!!!」

褐色の少女が話を覆い隠すようにオレの胸ぐらを掴んで叫んだ。

「どこまで覚えてる?」

「は?なに?」

オレの襟を掴み、問いただすリオ。

「私のことをどこまで覚えてるのかって聞いてんだよ!」

「えぇっ、ホントにリオさんなの?フリフリのスカートに可愛らしいリボンを頭につけてた」

「もういいっ!黙れっ!調子に乗るのもそこまでだ!!」

そう言いながら胸ぐらを掴んだ手を引っ張ったり突き放したりしてオレは揺さぶられていたが、ふっとその手が止まったかと思うと急に泣き出した。


「うわーん、ナイア、もうあたしダメだ、終わったわー!」

ナイアに抱きつくリオ。ナイアは宥めるようにリオの頭をさすっていた。

「大丈夫、大丈夫、リオちゃん落ち着いて。あなたさんもこのことを誰かに言ったら、どうなるかくらい分かってますよね?」

「どうー・・・って。夢だよね?オレが多言したところで誰も信じなくね?」

「・・・」

泣いていたリオも、慰めていたナイアの手の動きもピタっと止まった。

「し、しまったーーー!シラを切っておけば、別にバレるような話ではなかったぁー!」

起き上がり、ガニ股気味に叫ぶリオ。

「リオさん、リオさん!それにしてもなんで覚えてないはずのことを覚えてるんでしょうか?」

ナイアも思いつかなかったことが恥ずかしいのか、話題を逸らすように顎に手を置いて必死に取り繕っていた。

「あ! そこだよ、そこ! そーなんだよな、あんたにも関係ない話ってワケじゃなさそうだし、死にたくなくば一緒に来てもらおうか」

「は?なんだよそれ?」


再びオレは2人に手を引っ張られフラダンス部の部屋へと連れ戻された。


「マヒナさん、私たちフラダンス部に入ります」

「あ、ありがとう・・・で、どうしてさっきからユータさんを引き連れ回しているの?」


「こいつも一緒に入ります!」

「おい、オレはそんなこと一言も」

そう言い終わる前に、リオがオレにヘッドロックを決めてきた。

胸がおもいっきり思春期真っ只中の男子高校生の頬に当たっている、いやそれを通り越して喰い込んでるっつーの。

お前に羞恥心というものはないのか!


マヒナがより一層険しい表情になって言った。

「・・・彼の入部だけは許可できないと言ったら?」

この時、明らかにオレは避けられているのだと確信した。


「おいおい、ユータお前、彼女に何かしたのかよ?へへへ」

そうおちょくるリオのヘッドロックを丁寧に解くと、オレは無言で部屋を後にしようと扉に手をかけたその時


「ユータさんの入部を許可いただけないのでしたら、私たちも入部は取りやめさせていただきます!」


おっとりした雰囲気のサバゲー少女がいや、ナイアがはっきりと、だけど力強く意思表示をした。

部屋は静寂に包まれた。あの時夢で見た踊り子が現れる前の舞台の静寂さながらだった。そのうちイプヘケのリズムでも聞こえてきそうだった。


実際に鳴っていたのは、教室にある壁掛け時計の秒針を刻む音だった。



ナイアがそう言い放ってから、どれほどの時間が経過しただろう。かなりの長い時間、あの部屋は沈黙と秒針の音に支配された。



そして、ラチがあかないと思ったのか、あれだけ拒絶していたマヒナが、ついにため息をついてこう言った。

「お好きにどうぞ」


間接的ではあるがオレの入部を容認したのだ。

と言ってもフラを踊るわけではないし、そもそもただ名前を貸すだけだから幽霊部員のようなものだ。

それなのにマヒナはなぜあんなにもオレの入部を拒む必要があったのだろうか。


マヒナが突如、手をパンっと鳴らした。

「ではさっそく部活らしくフラのレッスンを受けてもらいます」

そういうとナイアとリオは教室中央のマヒナの前に空いている空間にワラワラと向かっていった。

レッスンということあれば、オレは部室の後ろにでもいるかな、と思ったその時・・・


「なにをやってるのユータさん!」


ー え?おれ?


マヒナから突然呼び止められたオレは一瞬何がいけなかったのか理解できなかった。


「あなたも部員になったのなら一緒にレッスンを受けるのは当然でしょ、さっさと踊れる位置に移動して!」


自分が容認せざるを得なかったことへの仕返しにしちゃ随分な仕打ちじゃないか…


笑いを堪えているリオの顔が見えた

ナイアは固まって視線だけが泳いでいた。

どうやら誰もこの状況を助けてくれるヤツはいないようだ。


「まずフラダンスとよく言われますが、フラはハワイ語で踊りを指す言葉で、フラ(踊り)にダンス(踊り)を重ねていることになるので、正確にはフラと言います」

何年か前に姉貴から聞いた話だが、なんでもフラダンス部という名前は部たちあげの際に初期メンバーの間でもかなり揉めたところらしい。

踊りに踊りを重ねるのは不自然だという意見と、フラよりフラダンスの方が日本では浸透していて分かりやすいという意見。

どっちももっともだが、フラに精通していない人にとっては全く気にならないポイントだ。

そんな中、強く「フラ部」を推進していたのが、まだ中学一年になって間もないマヒナだったそうだ。

マヒナの母方の祖母がハワイ人なのだ。実際幼少期から小学4年くらいまではハワイに住んでいたらしい。

しかも祖母はフラのクム(師範)だそうで、その教育はきっと厳しかったことだろう。そんなマヒナからしたらフラがなんたるかも分からない素人同然の先輩たちとは折り合いを付けるのは何よりも難しかっただろう。


「フラは文字を持たなかった古代ハワイイの人々が神話や伝説を後世に伝える手段としていたようです」


リオが何か思い立ったのか全力で手を上げてきた。

「は、はい、リオさん・・・」

マヒナにはリオを指すしか選択肢がなかった。

「それってココナッツブラの時代とかですか?めちゃくちゃ踊りが激しくて火が飛び交うヤツ!」

リオの目が爛々と輝いていた。そういう激しいのをやりたいのかな?


「ああ、ココナッツブラに腰ミノのを巻いて激しく腰を動かす踊りのことですよね、あれは概ねタヒチアンという踊りです。同じポリネシアンではありますが、フラとは少し違うんです」


「そうなんだー!同じフラダンスの、あ、いやフラの一つだと思ってたよ」


「ではここからはフラでも特に重要なステップであるカホロを練習しましょう。右に2歩、左に2歩。カホロはハワイ語で「歩く」を意味します。横に動く踊りは世界的にみても珍しいようです」


恐る恐る足の運びを確認しながら踊るナイア

「波を表現しているんでしょうかね。海に膝まで浸かって波に揺られているみたいに」


「そしてそこに深みが!」

リオがナイアの足元を指してそう言い放った。


「きゃああああーーー!連れて行かれるー!!」

その場に倒れ込むナイア。

うーん、この子は想像力が豊かなのかな?


前途多難なフラダンス部はとりあえずだが再始動したようだ。


ー その日の下校途中 ー



「マヒナ部長、一瞬怖かった〜あたしちょっと苦手なタイプかな」

そうぼやくのはアスリート顔負けの鍛え抜かれた肉体が制服からでも目立つリオだ。


「私たちと同じ1年生ですよね、マヒナさん。中等部からずっとフラダンス部だった関係で今年高校1年生ですが、部長に抜擢されたんでしょうけど。ユータさんに対してあの態度はいくら部長でも行き過ぎのような気がしますね。それになんで2年生、3年生の部員がひとりもいないんでしょうか・・・なにかご存知無いですかユータさん?」


「さあね、かれこれマヒナとは3年以上まともに話をしてなかったから、オレにもよく分からないことだらけなんだ。

君らと同じで、オレも今年高校からこの学校に来たからね。去年何があったかは姉貴からも、とくにそのあたりのことは聞いてはいないな」


「うーん、そうなんですね。いろいろと気になってしまいます、いったいフラダンス部に何が起こったのか」

ナイアがまた顎に手を添える。いかにもな探偵ごっこっぽいこの仕草はきっと彼女の癖になっているんだろう。


「そういえば、君たちこそなんでそんなにもフラダンス部が気になるんだい?」


「気になる・・・?うん、確かにそう見えるかもしれないですね、どちらかというと部というよりもマヒナさんに、といったところでしょうか」

ナイアが真っ直ぐオレを見つめる。校庭に差し込む夕陽の光で眼球の網膜まではっきりと透けていた。

時折見せる強い視線、意思が強いのか天然なのか、よく分からないところがこの子の魅力なのかもしれない。

「聞いてますか、ユータさん」


目の色素がもともと薄いのかな、写真撮るとき赤目になりやすそうだなぁ、などと気を取られていたら会話を理解するのに反応が少し遅れてしまっていた。


「あ、はいはい、そうなんだ、え?マヒナが?なんで気になるの?」


そこにリオが割って入ってきた

「こればっかりは百聞は一見に如かず、ちょっと顔を貸してもらった方が早いかな」


「今夜、何があっても9時に就寝してくださいね、いいですか、それでだいたいのことは分かると思います」


「もしかして、また夢の続き・・・?」


「寝りゃ分かるんだってば、んじゃ後で〜」


そう言うと2人はオレの帰り道と逆方向に歩いて行った。

言われた時間に寝ると、あの時のようにナイアたちと夢で合流できるってことなのか?

だとしても何のために?いや、そもそもどうやって他人の夢同士を繋げるなんてことをやってのけているんだろうか?


今日出てきたいくつもの疑問が、オレの脳の許容範囲を軽く超えていたのだろう。

そんなこんなで夕食を摂った後、程なくオレはベットで考え事をしているつもりで、そのまま寝入ってしまっていた。




気が付くとオレはどこだか分からない大地を一人歩いていた。

ぼんやりだがうっすら広がる地面、波の音、この間夢で見た朝焼けの開けた大地と似ている気がする。


今のうちになるべく沢山の情報を収集しておきたいな。

そこらじゅうに生えている植物を観察しておくのも有効かもしれない。生息地が特定できれば、ここがどこなのかある程度限定できるかも知れないからだ。

とにかく辺りを散策していると、山頂から人らしきものが、こっちを伺っている様子が見えた。

ナイアたちか?いや何か少し違う気がした。直感というか本能ともいうべきか、とにかく近づかない方が無難だというオレの中の直感が危険信号を発信していた。


遮蔽物も何も無いここで、身を隠すこともままならない。

とにかくよく観察することだ。

その人らしき影を目を細めて凝視すると、山とのサイズが合わないことに気がついた。つまりその人影はかなり大きいのだ。

その巨大な影は、手に持っている何かを上空におもいっきり放り投げてきた。

近づくにつれ、その投げた物の大きさが、ゆうに雑居ビルくらいは軽く超える岩だったことが分かってきた。

しかもここは身を隠す場所がない。

その異様な人影が投げた巨大な岩がオレの少し右に着弾すると、低い地鳴りとともに大量の砂とオレの身体を巻き上げた。


「うわーっ」


幸いなことに舞い上がったオレの身体は草むらにポスッと落ちたため、どこも傷めることはなかった。

しかし問題は、殺されたところで夢なのだから無傷で済むのだろうが、その確証がないことだ。夢にしてはあまりにもリアルなのだ。

そして本能的に逃げないとヤバイことになるというアラームがさっきからオレの中で鳴りっぱなしだったこともある。


とりあえず走って逃げることぐらいしかできないが・・・


全速力で走る。夢の中のはずだが息が妙に切れる。それがより恐怖心を増長させた。

走りながら、巨人の影を視界の端に捉えると、まだ山頂にいて幸いこちらに向かって来てはいなかった。


その代わりにまた大きな岩を空に打ち上げようとしていた。これって、もしかして、どちらかがやられるまで終わらないんじゃないの?

”ヒュイイイーーーー!!”

勢いよく巨大な岩盤の空を切る音がする。どうするよオレ、あんなのにぶっ潰されたら即死だぞ。


この状況、ナイアたちとの話し合いどころではない。

というか、もしかしてアイツら、今までにこんな怪物と何度も対峙していたんじゃないのか?

そしてもしかしたらマヒナはこの世界と何か関係があるってことなのか?


前回夢で見た巨大な粘液に包まれていたマヒナの光景が脳裏を過ぎる。


そんなイメージが一瞬過ぎったその時、前方が急な崖になっていた。ここを降りれば巨人の視界から少しは撒けるのでは?

割と急な斜だったが、構わずジャンプしたそのとき


ドゴゴゴオオーーー!!!!


一瞬なにが起こったのか把握できなかったが、振り向くと、東京タワーほどはありそうな岩盤が、オレがついさっきいた場所に着弾したのだと理解した。その衝撃で次の瞬間、オレの身体は高く吹き飛ばされ崖から放り投げられた。

崖の側面に生えている木々を掴むが根っこから抜け、または空振りしながら、落下していく。

頭上からはこなごなになった岩盤の破片が降り注ぐ。


「やばい、やばい!」


ナイアとリオは、どこにいるんだ。人を呼びだしたくせに、どーゆー了見だよ。

恐怖からの逃避なのか、ナイアたちに対して苛立っていた。

岩盤の破片がぶつかり、身体のあっちこっちに鋭い痛みが走る。とても夢とは思えなかった。中には直撃したらひとたまりもないほどの大きな破片がオレのすぐ脇を通り過ぎていった。

崖の下にようやくたどり着くことができたオレだが、破片がぶつかり右足と左脇をかなり痛めてしまった。足を引きずり脇腹の痛みに耐えながら、少しでもこの場所から離れるために歩く。左腕を見ると岩のぶつかった跡が腫れ血が滲んできていた。


出来ることなら、早くこの夢から覚めてくれ!

そうだ、どこかにゲートのようなものは無いのか。

辺りを死にもの狂いで探すが、薄暗くなってきた大地が無情に続くだけだった。



そして突然、背後からの刺さるような冷たい視線に背中が凍りつく。

観察しているのか嘲笑しているのか、崖の上から大きなどす黒い影の白い眼球がオレの方をじっと凝視していたのだ。



今度こそ本当にヤバイだろう。真上から岩を投げられたら、さっきのように軌道を外れるということも無いのだから。

焦るばかりで、この状況を打破できる良いアイデアを何も思いつく気配はなかった。


巨人の手から再び大きな岩盤が振り下ろされる。


「ちきしょう!こんなところで終われっかよ・・・!」


巨人の手から離れた岩盤はオレの頭上めがけ落下してくる。岩盤の真っ黒な影が次第に大きくなってオレの視界を奪っていく。

手で頭を押さえながら目をとっさに瞑った。きっとなんの役にも立たないだろう。


しかし実際には一向に衝撃は走らなかった。


恐る恐る目を開けると、そこには透明な膜のようなものがオレを包み、巨人の投げた岩盤が頭上ギリギリのところで食い止められていたのだ。


「こ、これはオレがやったのか・・・?」


「そう、それはユータさんが想う、ユータさんなりの強さの具現化です」


陽の光で眼球の網膜まではっきりと透けて見えるナイアが、その目で真っ直ぐにオレを見つめそう言った。

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