夢でみたフラガールっていったい誰ですか(泣)
にゃたり
【第1話】「正夢」
気がつくと、大観衆を前にオレは舞台袖に立っていた。
舞台の照明が眩しく観客席は見えないが、袖にいても歓声は耳をつん裂くほど聞こえてきた。
大きなひょうたんのような形状をしたイプヘケというハワイの楽器から太いリズムが刻まれ始めると会場は静寂に包まれた。
どこからともなくお経のような詠唱が会場全体に響き渡り、舞台に次々とフラダンサーが現れた。
頭には草の冠、そして手にも、腰にも同じように植物を身に纏っている。
「カヒコ」だ。
カヒコとは古典フラを指し、儀式的な踊りを演じる。
そもそも原始のフラダンスはあまたの神々に奉納するためのものだったというから、こういった形式がフラダンスの本来の姿なのだろう。
ダンサー全員の顔ははっきりとは見えなかったが、中央に立つ女性だけは視認できた。
艶のある髪、そして凛とした眼力が、幼なじみのマヒナにどことなく似ていたのだ。
小学校の頃以来会っていないので、実際高校生の彼女がどんな風に成長しているかはわからないが、雰囲気というか、動きのクセというか、見れば見るほどマヒナにしか見えなくなった。いつもツンっとした雰囲気のマヒナが嬉しそうに踊っていたとしたら、それはちょっと新鮮に感じられたのだ。
しかしその瞬間、会場の電気が点滅し、突如弓形の屋根が崩落した。
辺り一面が轟音とともに漆黒の闇につつまれ、パニックとなった逃げ惑う人々にもみちゃにされながら、オレは舞台の上にいたフラダンサーたちの安否が気になった。
しかしここからでは暗くて舞台の上がどんな状態になっているか全く確認できなかった。
すると辺りが急に明るくなり、踊り子も会場も何もかもが幻のように消え、朝焼けの空に開けた大地だけが広がっていた。
そしてそこに2人の少女がいた。
手前の子は、あどけない表情で少女らしさが残る、小柄で透き通った肌、丈長のアーミーコートをサバゲーさながらに着込み
肩に担いでいる長距離ライフルの銃口からは、さっき打ったと言わんばかりに煙りが立ちのぼっている。
奥にいる子は、比較的長身で、快活な健康美溢れる褐色の少女といった雰囲気だが、どこかのアニメで観たような魔法少女風の衣装を身に纏っていた。長身故なのか少しチグハグというか・・・(なんとなく、似合ってないような)
「ねえ、リオちゃん、この人、目覚ましてる!」
手前の小柄なサバゲー少女がこっちの視線に気づいたらしい。
遠くにいる褐色の魔法少女は作業中だった。3階建くらいの高さはありそうなドロドロの粘液のような塊から人を引き上げていたのだ。
その巨大な粘液に包まれていたのは黒髪の女性、顔はオレの位置からは見えなかったが、どことなく・・・またしてもマヒナに似ているような気がしてしまった。
「えー?なに?ナイア、呼んだ?」
一瞬でこっちの方まで飛んでた褐色の魔法少女。とてつもない跳躍力だ。
「あー。ホントだ、珍しいこともあんだね。まあ、大丈夫っしょ。目が覚めるころにはきれいさっぱり忘れっから。それよりあっちがヤバイんだよ・・・ちょっとナイア手伝って」
そんな会話をすると2人の少女は粘液の塊の方へ行ってしまった。
(なんだよ、目を開けているのに目を覚ますってなんだよ。あとこっちだって身体が全然動かないんだぞ、置いていくなよ)
見知らぬ土地に置いて行かれ、心細くそう思ったのも束の間、まぶたに鉛を乗せられたかのように、意思とは無関係に目は閉じていき、意識は遠のいていった・・・
次の瞬間、見慣れたオレの部屋の天井が目に入った。
(やっぱり夢だったか。昨日、姉貴からメッセ来てたから、そのせいだな)
スマホを立ち上げると、そのメッセージが開いたままだった。
『ユータに折り行って頼みがあるんだけど。
姉ちゃんが作ったフラダンス部が存亡の危機なのだ。
知っての通り私は今年受験で、部長を後任に引き継いだんだけど1年生しかいない。
このままだと人数が足りなくて部が解散になっちゃう。新部長はあのマヒナちゃんだよ!
だから名前だけでもいいから貸してあげて。
マヒナちゃんって引っ込み思案なところがあるから、よろしくね』
今日は高校の初登校日。もともと中高一貫の女学校だったが、少子化と偏差値を上げたいという学長の意向もあり、今年から共学になったのだ。
マヒナは中学からその一貫校に入学していたため姉貴とは3年間フラダンス部で一緒だったらしい。
オレはといえば在校生である姉貴の弟ということもあり、本来の実力より少し有利に高校に入学できたようだった。
そういったこともあり姉貴には感謝してもしきれないところもあり、借りを返す意味でも名前くらいなら幾らでも貸してやろうという気持ちで、フラダンス部のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
少しツンとした大人っぽい声に一瞬、オレの知っているマヒナの声と違うような気がした。
ドアをゆっくりスライドさせた。
窓から日の光が差し込みマヒナの姿が逆光になっていて余計に知っているマヒナの印象を探し出すことができなかった。
そこに立っていたのは、幼なじみの気弱だったマヒナではなく、高校生になった気丈な少女だった。
「久しぶりね、ユータさん。まさかまた同じ学校になるなんて思ってもみなかったわ」
「ああ、オレも同じ感想だよ。姉貴から頼まれて来たんだけど」
「ええ、聞いています。でも・・・多分あなたの名前を借りなくても大丈夫そうよ、部活を見学したいという生徒が今から2人来るの」
少し拍子抜けした。想像していたより部の状況は悪くなかったようだ。
「・・・そうか、じゃあオレ、帰るよ。フラダンスの舞台があったときは観に行くからさ」
「ええ、ホントにごめんなさいね。5月には駅前商店街が開催するマハロ西荻で踊る予定だから、ぜひ遊びに来て」
とくにお役目が無いのなら、別段ここに長居したいという思いはなく、どことなくマヒナも久しぶりの再会のせいか、思ったよりも他人行儀な反応というのもあり、むしろ針の筵のような居心地の悪さだけが際立った。
オレがドアに手をかけたその瞬間、勝手にドアが勢いよくスライドした。
「ここはフラダンス部でしょうかー!」
「当たり前だよ、ここに書いてあんじゃん、ナイアよく見て」
一瞬間を置いてマヒナが作り笑いをしたのをオレは見逃さなかった。
「よく来てくださいましたね」
笑顔いっぱいに突入してきた小柄な少女と、それを諭す長身褐色の少女。
どこかで会ったことがあるような既視感。
「ああ、夢の続きかよ」
ぼそっとだが、つい口にしてしまった。まあ、夢がどうだったとしても相手に関係することでもないし、そんなオレの中だけのボケツッコミのような流れだった。
確かに引かれそうなリスクはあったにせよ、逆に引かれた方がこの部へも出禁にされ、二度とここに足を運ぶ理由はなくなるし、姉貴にも示しがつくというものだった。
しかし結果はオレの予想を真っ向から裏切るものとなった。なんとその一言に2人の表情は急変したのだ。
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