第34話 更生への道は善意で敷き詰められている

 聞き間違えようがない。真尋の声だ。


 遠くなりつつある耳にも走る足音が聞こえ、体が抱きつかれた感触があった。途切れそうな意識でも、縄から降ろされたということが分かる。真尋は自殺を止めようとしたのだ。


 再び頭に血が巡りはじめる。


 薄く目を開けると、ざらついた視界の中で心配そうに顔を歪める真尋の顔があった。


「真尋……、どうしてここに……?」


 真尋は自分を裏切り、どこかに連れて行かれたはず。


「どうしてって、イズミンを『救い』に来たんよ。あたしは『卒業』したけどさ、イズミンが言ってるような酷いことはされなかったよ」


 また思い違いをしていたのだろうか。それに、わざわざ救いに来たということは、逃げられる算段があるのかもしれない。


 助かった。


「そう……なの?」


 舌がうまく回らない。


「うん、そうだよ。いや、そんなことより血塗まみれなのどうしたのさ! もしかして首でも切った? 早く手当しないと……!」

「いや、……これはただの返り血。何人か殺したからさ」

「ころ……した……?」


 真尋は無表情になり、和泉の発した言葉を噛み締めるように復唱した。


 致命的なミスを犯した。和泉は直感的にそう感じた。


 不自然な状況で笑顔を作った真尋は、救いの手を差し伸べるように語りかける。


「じゃ、い人になろっか」


 そう言いながら、真尋は耳の上あたりを掻いた。


 和泉は青ざめる。


 鮮明になってきた視界の中の真尋は、白い服を着ていて、頭の横に縫い傷があった。


 真尋は和泉の手を取り、立ち上がらせる。


 明瞭になりつつある意識とは無関係に、体は鉛のように重たい。それは和泉が積み重ねてきた罪の重さだった。



《完》

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『施設』 更生への道は善意で敷き詰められている すめらぎ ひよこ @sumeragihiyoko

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