第3話

【無彩色】第一回チキチキ! クトゥルフ神話TRPGをやってみよう! 【バーチャルプロジェクト】

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 説明しよう! 

 テーブルトークRPGもといTRPGとは、生身の人間を相手に会話で進めていくゲームである! 

 ゲームの舞台や敵の設定は進行役のキーパー、ここでは黒乃翼こと俺が務める。

 そしてプレイヤーである白峰アリサと灰崎歩は自らの分身であるキャラクターを作成し、体力や見た目などの各能力をサイコロの目に沿って振り分ける。

 そうしてキャラクターはキーパーの作成した世界を探索し、時には敵と戦ったり戦わなかったりしながら、謎を解いたり解かなかったりする。

 

 バーチャルプロジェクトの事務所の一室。

 防音設備や電子機器などの配信設備が完備された部屋に、V.P.第三期生……もとい無彩色こと黒乃翼 俺、白峰アリサ、灰崎歩の三人が集まった。

 前回の配信から二週間。

 自らの配信もこなしつつ、TRPGセッションの準備を並行して行うのはかなり大変だった。

 ともあれ何とか諸々の準備を終わらせて、無事配信出来ているのだから人間やれば何とかなるものである。あ、設定では堕天使だけど。

 

「ここは現代の日本。白峰アリサと灰崎歩の二人は、とある高校のオカルト研究部に所属している高校二年生です。貴方達二人は夏休みを利用して、地元では少し名前の知られた県境にある廃旅館を訪れていました」

 

 TRPGの中でも有名なシナリオに少しアレンジを加えた物語の導入部分。

 このシナリオでは廃旅館に住み着いた野犬に、キャラクターの一人が携帯電話を奪われる所から物語が動き出す。

 今回はアリサがJKの命であるスマホを野犬に奪われ、二人で協力しあい旅館内を探索。スマホを取り戻し無事に帰る事が、二人の最終目標であった。

 アリサ歩の両名には事前に自らの操るキャラシートを作成してもらっていた。

 配信の初めに簡単なTRPGの説明。その後二人のキャラクターを紹介。そこからTRPGのセッションに入っていき、今は物語も終盤。

 まさに佳境といったところだ。

 

「最奥の部屋。その扉を開けるとそこにはアリサのスマホを奪った野犬の姿。付属していたストラップを口に加えているため、スマホ自体は無事である事がお前達二人にはわかるだろう……さて、件の犬を見つけた訳だが、どうする?」

「とーぜん! 捕まえてスマホを返して貰わなきゃっ! 女の子にとってスマホは命の次に大切だからねっ!」

「僕も賛成かな、犬を捕まえるよ」

「犬を捕まえるために近づいたお前たちは、部屋の奥。暗闇に隠れて見えなかったところに、体長3メートルはある犬に似た禍々しい異形の化け物の姿を目にしてしまったな……この世のモノとも思えない光景を目にしたお前たちはSANチェックだ」

 

<あっ

<でたわね

<\(・ω・\)SAN値! (/・ω・)/ピンチ! 

<お約束

<野郎……面白くなってきやがったぜ……

 

 説明しよう! 

 SANチェックとは、 Sanity正気度 Checkの略である。

 正気度とは恐怖に耐えられるレベルの事で、ダイスロールを行いその出目によって成否を分ける。

 失敗した場合は一時的な混乱状態に陥る、ポケモンが『あやしいひかり』にかかった状態のようなものである! 

 

「な、何なのあの犬?! (コロコロ……成功!) 近所のポチにそっくりー!」

「よ、よし、僕だってっ(コロコロ……失敗!) …………あっ」

「アリサは成功したからSAN値が1マイナスだな……歩は失敗なので、一時的な混乱状態だ」

 

<あっ

<草

<歩きゅん……

<アリサちゃん、メンタルつよつよじゃね? 

<ここまでSANチェック全部成功してるもんな

 

「ええっ?! どうなっちゃうの?」

「出目にもよるが……歩の場合はパニックになって逃走だな」

「うわぁぁぁぁ!!! もうこんなの嫌だ! こんなところになんていられないよ! 僕は外に逃げるぞっ!」

 

<悲鳴たすかる

<それな 鬼リピ確定

<翼gg

<ふーん、えっちじゃん

<エッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ

 

 分かりやす過ぎる死亡フラグを建てた歩は逃走の結果、不運 ハードラックと踊 ダンスって無事死亡。

 その後、残されたアリサはダイスロールにてクリティカル、つまり起こり得る限り最も良い結果を三回出して、スマホを奪還。

 こうして第一回チキチキクトゥルフ神話TRPG配信は幕を閉じたのだ。 

 

 なんだこれ。

 

◇◆ ◇◆ ◇◆

 

 

 お二人共、お疲れ様でした! 僕はこの後に打ち合わせがあるみたいでこれで失礼しますね、楽しかったです! 

 それだけ言ってラブリーチャーミーな男の娘、灰崎歩はぺこりと頭を下げスタスタと配信スタジオから去った。

 

 そうなると必然的に残ったのは俺と、もう一人。

 印象的なピンクアッシュのミディアムボブ。

 西洋人形に似た精緻な容姿に、目元を赤くした病みメイクを施した白峰アリサ。

 今日はセーラー服の様なマリン風ワンピースの装いで、黒のスカーフには毒々しい林檎をモチーフにした刺繍がなされている。

 白峰アリサは紛う事なきメンヘラファッションを好んでいた。

 

「……お疲れ様、翼くん」

「アリサもお疲れ様っす、あとチャンネル登録10万人達成おめでとうございます!」

「ありがと、次の配信で記念凸待ちするから翼くんも来てね」

「ぜひぜひー!」

 

 そのファッションからは想像もつかない、楚々とした受け答え。

 Vライバーは多かれ少なかれ、実生活と配信上での話し方を切り分けている場合が殆どだ。

 配信上では不遜な喋り方で統一している俺も、実生活では敬語とタメ口を混ぜた様な喋り方をしている。

 その例に漏れず白峰アリサも、配信上のオタクに優しい陽キャじみた口調とは全く別のソレに変化していた。

 SO COOL。

 俺がその落ち着き払ったような喋り方に、苦手意識を持ってしまうのは、きっと我が賢姉のソレに酷似しているからであろう。

 ついつい、三下感が滲み出てしまう。

 

 ちなみに事務所内でVライバーの名前で呼び合うのは、本名バレ防止の為である。

 アリサを連れ立って配信スタジオを後にする。

 そして廊下を歩いていると向かい側から歩いてきた金髪の女性にいきなり声をかけられた。

 かき上げられた金色の長い髪。大人びた容姿。へそ出しノースリーブのニットに、デニムのショートパンツとピンヒール。

 パターン青、ギャルです! 

 

「あ──っ リクじゃねぇか! おお、でっかくなったなぁ」

「うおっ、えっ何で俺の本名知ってるんすか?」

「なんだし、アタシのコト、覚えてねーの? ちっちゃい頃会ってるはずなんだけどなぁ、美波の友達なんだけど、話聞いてない?」

「……姉貴から?」

 

 学年に二人はいるだろうありふれた俺の本名と、我が賢姉の本名を口にするギャルさんは姉貴の友達らしい。

 記憶を辿るように頭をひねると、姉貴と俺のある一つの会話を思い出した。

 姉貴が俺の履歴書をバーチャルプロジェクトに送った時のこと。

 

 ──

「でも姉貴がそーゆーサブカルに詳しいの意外だったんだけど」

「私は詳しくないわよ。ただ私の友人がその分野に詳しいってだけ」

「ほーん」

 ──

 

 普段オタク向けのコンテンツをほとんど見ない姉貴が、なぜVライバーの存在を知っていたのか。

 

「あっ、もしかして姉貴が俺にココの面接受けさせたのって」

「アタシが美波に事務所の事を教えてやったんだぜ、あっちなみにアタシはお前のママでもあるぞ」

「どーゆー事っすか?」

「アタシはイラストレーターのサツキ。ライバー黒乃翼の産みの親なんだぜ」

 

 まったく意図しない所で、自分と5つも年齢の違わないママをGETしてしまった。

 やったぜ。

 出来たてホヤホヤのママを観察する。

 スラリと伸びた健康的な脚。服を押し上げる豊満な胸。

 ふーん、エッチじゃん。

 

「んじゃ、アタシは打ち合わせあるからそろそろ行くわ。引き止めて悪かったなー」

「うぃす、失礼します」

「一つ言っとくと女って視線に敏感だから、胸とかあんま見てたらすぐにバレちゃうぞ☆ じゃあな、童貞くん」

「はぁ?! さささ、去り際になんて事言うんだ?!」

 

 ばれーてら。

 最後にトンデモナイ爆弾を残して、俺のママ……じゃなかったサツキさんは颯爽と去っていった。

 背後から悪寒を感じ振り向くと、そこにはアリサの姿。

 一週間放置し悪臭を放つ生ゴミを見るような目で、こちらを見ている。

 ふーん、ピンチじゃん。

 

「えっと……やっぱり男の視線って、女の人分かってるものなの?」

「分かるわ。翼くんは第三者から見ていても鼻の下が伸びすぎ……控えめにいって吐き気を催すほど気持ち悪かったわ」

「控えめにいってもっ?!」

 

 そんなにかよ。

 気を付けないといけない。

 次にあった時、サツキさんに謝らないといけないな。

 

「サツキさん? に質問されてた時は誤魔化していたけれど、翼くん童貞なの?」

「あ、アリサ? 男性に対して『君は童貞なの?』って質問しちゃいけないんだよ? お父さんに教わらなかったの?」

「教わらなかったわね、私のお父さん童貞じゃないもの」

 

 ゔっ、確かに余程複雑な家庭環境でもない限り、血を分けた実のお父さんが童貞という事はないだろう。

 まっずい。

 なんとか質問を躱さなければ、童貞であるという事実が露呈してしまう。

 言い淀んでいるうちに、アリサは口を開きまたもや追撃が襲来する。

 

「そこまで答えないって事は童貞なのね……昔読んだ本に童貞が許されるのは小学生までと書かれてあったわ」

「なんて本を読んでいるんだ!」

「童貞ってキモチワルイそうよ」

 

 その本、未成年が読んだらダメなやつだろ! 

 

 童貞と処女の価値を上手に例えたものとして有名なものが、三千年の中華の歴史書に残されている。

 

 子曰く、一度も砦を破ったことの無い兵士と、一度も砦を破られることの無かった兵士、どちらが兵士として優秀かは明らかであると。

 

 つまり童貞の価値とはそんなものである。 

 さっきからやられ放題。

 このままでは、今後のライバー活動において舐められる事が確定してしまう。

 少しは言い返さなければ! 

 

「さっきから俺に童貞童貞ってアリサh──」

「一つ良いことを教えてあげるわ、女性に対して経験人数を聞く事はセクハラよ。一般企業だと懲戒処分になる場合もあるそうよ……まさか翼くんはそんな事聞かないでしょうけどね」

「そそそそ、そんな事聞かないっすよ、当たり前じゃないっすか!」

「なら、いいわ」

 

 あっぶね。

 危うく懲戒免職になる所だった。

 

「時に翼くん」

「なんすか」

「私急に高級なケーキが食べたくなったわ、もし食べたら翼くんが童貞だと言うことも私に対する粗相も、ケーキの美味しさで忘れてしまうと思うわ」

「すぐに買ってくるっす!」

「そう……無理やり買わせるみたいで悪いわね」 

 

 みたいじゃなくて、それそのものである。

 

「OK、すぐに行ってくる!」

「翼くんの自分の立場が悪くなると、簡単にプライドを捨てられる所、私嫌いじゃないわよ……童貞も簡単に捨てられたら良かったのにね」

 

 余計なお世話だよ! 

 俺だって捨てれるものなら、捨てたいよ! 

 てか、上手い事言ってんじゃねえ、うるせいやい! 

 

◇◆ ◇◆ ◇◆

 

 三十六計逃げるに如かず

 もう何を言っても言い返されてしまうので、俺は大人しく駅前のデパートにケーキを買いに行ったのだった。

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