第3話 これが愛じゃないのならば、
「あーかね! じゃーんっ、この雑誌で一番かっこいいのだーれ!」
みんな男女なんて気にしたことない小学生から、性を自覚した中学生、そして恋愛を経験する高校生となると、周りはだんだんとそれが当たり前かのように振る舞い始めた。
ましてや、更に上の大学生となると……。
「あかねは好きな人いないの?」
「うーん、そういう人はいないかなぁ」
「アイドルが好きとか?」
「ううん、違くて」
見せられた雑誌の中の男の人たちは、みんな同じ顔に見える。イケメン、といわれる顔の綺麗な人達だということはわかるのだが、どう比べてみても同じ顔が並んでいるように見えるのだった。
それは、紙の上の人だけではなく、漫画の中の男の人もアニメーションの中にいる人も、そして現実にいる人も、みんながみんな違いが分からず、物心つく頃から「あの人カッコいいよね!」が全く分からなかったのである。
まず、人を見た目で見て好きになるということが理解できなかった。
「あかねは好きな人いないの?」
恋愛、周りが恋焦がれるそれが全くできず、そして好きになることもなかった。
興味自体はあった。
あいにくさま、私の見た目は男子が憧れて射止められるものらしく、告白されることが少ないわけではなかった。
告白されて、何人かとお付き合いをしてみた。
しかし、毎回「なんか違うな」と思って別れを切り出してしまう。
なんとなく、自分って冷たいなとか、性格悪いのかなとか思いながら、声をかけられて付き合って別れるを繰り返した。
そうして出会ったのが彼だった。
正直、どこにでもいる普通の人だったと思う。
イケメン、ではないだろうし、性格も目立ってリーダーをするようなかっこいい性格ではないだろう。どっちかというと穏やかな地面に根を下ろしじっと構える『樹』のような人だった。
彼が怒ったところを見たことがなかったし、いつも私を優先してくれた。
けれど、薄々気付いてた。
私は人を好きになれない。
それは、彼も例外ではない。
どんなに優しくても、それは下心があるから。その下心に私は答えることができない。それをする意味が分からないから。それが良いと思えないから。
段々と求めてくる彼に気持ち悪さを感じたのはいつのことか。
やはり、私は恋愛をしたくて彼と一緒にいるわけじゃない。
そう気付いた時、私は彼を恋人として欲してるわけではないということを知った。
「……すき、なんだけどなぁ」
好きなのに好きになれない。
綺麗なイラストを見た時のように、飛行機雲が真っ直ぐ伸びた空を見た時のように。
この好きは、彼に対して抱くものと変わらなかった。
「ごめんね」
失恋は心臓が千切れるような痛みだという。
けれど、私にはそれも理解できない。
ただ、長年付き添った親友を失くしたかのような虚無感だけは感じることができた。
◆◇◆◇◆
「きっとこの先もあなたのことは好きになれない」
恋愛を理解することはできない。
「けれど、貴方に抱くこの想いは、『好き』よりも重いものだと思う」
私は、貴方とずっと一緒にいたい。
けれどこの感情は『好き』ではない。
恋愛感情を持たない私には、貴方が欲しているものを理解出来ない。何が良いのかわからない。
私には理解が出来ない。
きっと、何年経っても他の人でも、分からないものなのだと思う。
なぜ、恋愛をしなければならないのか、どうしてそう思えないのか、考え喘いでも答えは見つからないのだ。恋愛をしなければ、恋人ではいられないんだろうか。ただ、一緒にいたいという思いだけじゃダメなんだろうか。
好きじゃなきゃダメなんですか、恋愛をしなきゃ恋人とは言えないんですか、……その答えはいつ出るんですか。
その答えを貴方と探せたならば。
「好きじゃなきゃ、恋人って言えないんでしょうか」
私はその答えを探している。
◆◇◆◇◆
「貴方のことは恋愛として好きになれなかった。けれど、」
「……そう、分かったよ」
「え?」
「これが恋ではないのならば、それはきっと」
「……あのー、盛り上がってるところ恐縮なのですが、おれー、置いてけぼりにしないでくれないかなぁ」
横から割り込んでくる一人の声に声が重なる。
空気を読め空気を。その叫びは、声にもならない。
「早乙女ちゃん、一樹、あのさぁ。二人とも、それで良いんじゃないの? それもそう、仲良しの証拠じゃね? 別にさー、そういう間柄も悪くないじゃん? なーに、真面目になってるの」
「……おまっ」
「ね、ほら、仲直りして。お互い意地張らないで。気張らないで、リラークスリラックス」
「ええ、隼人くん?」
「ほら、お互い、好きなのは変わりないんでしょ?友達みたいな恋人も悪くないじゃん。ほら! 一樹もほら!」
「これからもよろしくお願いします?」
「よろしくお願いします?」
「ま! ほら、よし! 喧嘩両成敗。ほら、一樹、焼肉食べよ? 俺めっちゃ腹減ったわー」
早くにで捲し立てられ、いつのまにか丸く収められていた。隼人は隼人で、膨れっ面のまま、俺らを焼肉屋に押し込める。
「早乙女ちゃんは何時上がり? ……上がるまで俺ら食ってるから、さ」
元の個室に戻り、隼人は彼女を見送る。
その仕草はいつもと変わりないが……
「隼人、怒ってる?」
「いや、怒ってません。ちーとも怒ってません。放置されて? ラブコメ見せられたなんて、ほんとちーとも怒ってません」
「怒ってるな」
「黙ってみてたんだから怒っても良いでしょ!」
◆◇◆◇◆
彼らのやりとりを厨房から見ていた早乙女茜音は、クスッと笑う。
「……うらやましい。ああいう、間柄に私はなれないから」
恋愛をしない彼女にとって、理想の恋人とは親友のような対等な間柄なのである。
まさしく、彼らのような。
「羨ましい」
恋愛感情を持たない自分にとって、恋人の理想は「親友のような恋人」だった。男女に友情など存在しない、という言葉もあるが果たしてそうなんだろうか。
現に自分には恋愛感情が存在しない。
異性と友情以上のことはできない。
彼らのように笑って過ごせる間柄を理想とするものの、彼にとってはそんなものを望んでいないのではないのかと問いかけるのが怖かったのだ。
けれど、これからはじっくりと表面では分からなかったことをぶつけあって二人で歩んでいけるならば――。
ゆっくりと、進んでいこう。
まだ、私達の長旅は始まったばかりなのだから。
これが愛じゃないのならば、 虎渓理紗 @risakuro_9608
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