林床の茸
「後で向こうからおいで」
彼はリヤカーを引ける迂回路を指した。
「オジサンより木登り
「足場悪いから子供は駄目」
「もう大人料金だもん」
斜面を
「
「いいですよ」
「冴ちゃんなら俺が
途端、冴の瞳が煌めく。
駒野は石垣を
冴が助走を取りかけた時、彼の両腕が伸び、
靴底で岩を
「重っ」
彼は
「
「来年ね」
「なんで!」
「小学生だから」
彼は握った
冴は傾斜を目の当たりに前を仰いだ。立ち塞がる
彼は格闘して
冴は
混んでいるだろう
「栗がまだ咲いてるな」
馬場は首のタオルを口元に
「私、これ平気」
汗だくで得意気な彼女の頭を馬場は軽く
手足をつくと土は沈んで圧をいなし、時折
それを繰り返す内、不意に別の青臭さが滑り降りて来る。
「何か地面から
「茸が多いから
彼は冴の隣に屈んで指差した。
木片と枝葉を集積した辺りに沢山の
「ひとよだけみたいだね」
思わず冴は彼を顧みた。
「ひとよだけ?」
「うん。ガレの」
浮かされがちに呟いた後、彼はやっと振り返る。そこでキョトンと自分を見る冴に気付き、彼は目を見開いた。
「エミール・ガレのひとよだけ、知らない? 本当?」
彼は困った様に微笑む。
冴はそれが無性に哀しかった。
「オジサンみたく長生きしてないし」
冴はわざとらしく顔をそっぽ向けた。傷心を体奥に沈めようと試みれば、熱さが胸から下腹へと落ちる。それを抑え込み、冴はまた歩き出した。
――ひとよだけ……一夜だけ……ひとよだけ……
只、想像は切なさを掻き立てた。何と出会う一夜だろう。何と出会わない一夜だろう。
花も茸も騙せない暗さを抜け、
テニスボールの音がする。バーベキュー広場での昼食時間、家族や大人同士集うのから外れ、冴は思案し尽くした木陰に腰を下ろす。
彼は手帳を
その時。
淡いモスグリーンが閃く。
「これ」
振り仰げば、
緑の揺らぎと対峙する茸。風と枯葉と枯れ草に巻かれ、足元には腐葉土が分厚く積もる。半透明な仄かな色で闇に映し出されるその情景は、
『ひとよ
これは地を
直感的に信じた自分を疑うことさえ忘れ、冴は写真に見入る。
「好き?」
彼の問いに冴は頷いた。
◇
朝礼後、冴は図書室へと駆けた。ドアの前で呼吸を整え、挨拶と共にそれを開ける。行き過ぎ様、返却籠に視線もやらず『夏の夜の夢』と『初恋』を入れた。
本棚が几帳面に林立する薄暗がり。美術本が並ぶ一画で立ち止まり、冴はガレの名を背表紙に見出す。化粧箱だけを棚に置き、頁を
不思議なガラスが次々と現れ、その手が止まる。
冴は左右を窺うと、頁を掲げて唇に寄せた。唇は紙の感触を味わう代わり、埃っぽい匂いを吸い込む。胸の高鳴りを冴は飲み下した。
ひとよだけ 小余綾香 @koyurugi
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