回想

 よく考えれば僕にとっては二度目の春だったように思える。一度目の春はかわいらしい高校生を具現化した女の子だった。そのとき付き合った人はそれこそ三年の期限付きの監獄カップルだったことを痛感させられた。昔の君は喜怒哀楽だけでは表現できないほどの感情を教えてくれた。僕に人付き合いの極意なんてものを、身をもって教えてくれたように思える。僕の表情は数段と豊かになって、物事を捉える視野だって十分に広がって、その副産物として細かいものにも気付けるようになって、何よりも笑顔の種類がだいぶ増えた。毎日の君との登下校も月に一度くらいのデートも物足りなさを感じないようにたくさん笑って楽しんだ。本当に幸せだった。けれど悲しみもその分増えた。返信がないことに心がざわついて、相手の機嫌に目がいって心配で、心がつぶされそうなほどの不安感を握られて、浮き沈みは確か多くなった。根拠なんてないけれど大きなものを得た。大きなものを気付かせてくれた。本当に大好きだった。期限付きだなんて信じたくなかった。だからこそ疑った。疑ってしまった。その疑心をかわいらしい僕の恋人にぶつけてしまった。それからは想像もしたくない、思い出すなんて長く苦しい自殺行為だ。


 いつのまにか雲がかかった。眼下に広がる花畑ともとれる笑顔の花びらに、嫌々ながらに惹きつけられた。教師の変化のない声はあちこちに吸われ、弾み、僕の耳にまで届いた。かの魔法障壁は、それらのすべてをはじいているようだった。ああ、かちわってやりたい。その魔法障壁に入ればきっと、そう、無理やりにでもこわせるのかもしれない。目も限界まで見開いて、左の口角をあげた僕を見て教師は顔をこわばらせた。僕も同様に心をひっこめた。手が震えている。寒いからではない。むしろ心地の良い春の景色が広がっている。空調はついていない。それこそ、外気と内気は大差ない。そうです、恐ろしいのです。今の僕が選択した行動に恐ろしさを感じざるを得なかったのです。僕はいつのまにか、「私」になっていたのですね。抑え込むことはできるのでしょうか。今では、それが恐ろしい。そうです、忘れてしまいましょう。


 頼む、この記憶ごと殺してくれ

 そう、心の底から願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カニバリズムとコンドーム ためひまし @sevemnu-jr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ