第6話 魔女と騎士、初の共同作業

 外からは誰かの悲鳴と、聞き慣れた魔物の声がする。

 私は膝に顔を埋めながら、それをぼうっと聞き続けた。


『誰だ! 領地のリボンを外したのは!』


『泣くな! 煩わしい! 泣く暇があるなら、足を動かせ愚民ども!』


『立ち向かうな! 言うことも聞けない馬鹿共め!』


『荷物なんかまとめるな! もたついて魔物に食われても、俺様は知らんぞ!』


『誰か、このガキを連れていけ! 邪魔だ! おい、お前。お前だ! 親だろ! ガキの世話も出来ないのか!』


 ナディアキスタが、怒鳴るように誘導をかけている。

 私はぎゅっと、足を抱える腕に力を入れた。


 父も母も、私が必要ないのなら、私は一体何のために生きてきたのだろう。疎ましい妹は、全てを手に入れて幸せそうなのに。


 私は何、を手に入れられただろうか。



「おい! お前! オルスロットの娘!」



 裏口のドアが開いて、ナディアキスタが汗だくになりながら、私を見下ろす。

 私は彼を、虚ろに睨みあげた。


「騎士だったな! その剣を貸せ! まじないをかける!」


 ナディアキスタは、私の傍らにある剣を指さした。

 私は、ナディアキスタの頼みを拒否した。


「ダメだ。これは、私が副団長になった時に、父から貰った剣だ。……お前の言う通り、どうせ安物だがな」

「そんなことが大事か!?」

「他人に興味がないと苦労するな」

「そんなことを言ってる場合じゃない! 今ここを襲ってるのはオークだ! 人間を主食とし、デカいだけの図体とおがくずの詰まった頭! 集団行動が大好きなくせに知性も理性も無い、破壊だけが趣味の、魔物の中でもクズの中のクズ! 人間の方がまだ可愛げがあるだろう」

「人間とオークを一緒にするな。でも気持ちは分かる」


 人間なんて、理性があるかどうかの差だけでオークと一緒だ。戦場に立つと、何度もそう思っていた。

 私は剣を抱え込むと、ナディアキスタにキッパリ言った。



「魔女の手助けをするつもりは無い。死にたくなければ、そのまじないとやらで助かれ」



 ナディアキスタはら絶対に怒り出すと思っていた。さっきまでの自分勝手な態度から、そうすると何となく予想出来た。しかし、ナディアキスタは「そうか」と言って、外に体を向ける。

 汗を拭い、ふぅと息をついた。


「【自死の剣】──それがお前がこの世に生を受けると共に、与えられた運命だ」


 彼は突然関係の無い話をしてきた。

 何を言い出すかと思えば、彼は真っ直ぐな瞳で私に救いの手を差し伸べる。




「『星巡りの魔女』たるこの俺様なら、お前のちっぽけな運命を変えてやれる。妹に奪われた物を取り返したいのなら、誰にも邪魔されず幸せになりたいのなら、その剣を俺様の所に持ってこい。オークを退けてから、手を貸してやってもいい」




 ナディアキスタは言うだけ言って、外に飛び出してしまった。遠くから、また彼の怒鳴り声が響いてくる。

 私は少し遠くの床を見つめた。


 もしも本当に、運命が変わるのなら。もしも本当に、自分が幸せになれるのなら──



(──あの俺様魔女にかけても、良いのかもしれない)



 私は剣を持って立ち上がると、弓矢を背中に掛け、胸の上で揺れる白い椿を握りしめた。


「騎士の国ムールアルマの騎士団副団長ケイト・オルスロット。──最後の任務を遂行します。皇帝陛下万歳……そして、さよなら」


 ***


「おい! 教会だ! 教会に向かえ! 聞こえないのか!」


 ナディアキスタは、必死に教会へと誘導を続ける。

 小屋を一歩出た先は、森の中とは思えないほど広々とした領地で、私が思っていたよりも、そこに暮らしている人々が多くいた。


 ナディアキスタは、オークの足止めに草に油を撒いて火をつけると、オークが怯んだ隙に人々を逃がす。

 オルテッドも、ナディアキスタの手伝いをしながら、オークの襲撃から逃げ回っていた。


「オルテッド! お前も教会に行け! お前に持たせたまじないで結界を張れ!」

「だが、まだ逃げ切っていない人達がいる! 家の中にいるかもしれない!」

「俺様の言うことが聞けないのか!?」


 私は少し離れた所で、彼らのやり取りをじっと観察していた。

 オークは少なくとも六十匹はいる。人間と変わらない大きさで、大きくとも180センチあればいいところだ。


 さっきナディアキスタは『誰だ! 領地のリボンを外したのは!』と怒鳴っていた。北西側の森から来ている所を見れば、そこのリボンが外れたのだろう。


 まだ続々と、オークが押し寄せてくる。領地全体を見渡す限り、飛び散っている血は少ない。つまり、怪我人はいるが死人は出ていない。



「……めんどくせぇ。もっと楽しい魔物なら良かったのになぁ」



 私は口調を取り繕うこともせず、剣を抜いた。

 少し離れたところで、オルテッドが転んだ。そのすぐ後ろに、オークの姿がある。オルテッドが、恐怖に体を強ばらせた。ナディアキスタが、彼を庇うように覆い被さる。

 オークの砕いただけのような槍が、オルテッドに狙いを定めた。



「オルテッド!」



 ナディアキスタは、オルテッドを強く抱きしめた。




「オラ、頭下げな!」




 私は二人の前に立ち、オークの首を跳ねた。オークの首は勢いよく飛んでいき、井戸の近くのバケツにスポン! と落ちた。

 オークの体から噴水のように血が吹き出して、仰向けに倒れた。私は剣についた血を振り払うと、オークの群れを睨みつけた。

 ナディアキスタは、驚いたような表情をしていた。傲慢男の不意を突かれた表情に、私は満足する。


「オルスロットの娘……」

「魔女も存外馬鹿なんだな。私は騎士だ。剣だけを寄越せだなんて、酷いことを言う。私ごと求めろよ」


 私はそう言って、剣を構え直した。

 そして、オークの群れに切り込んでいく。

 毎日手入れをしている剣と、ただ石を割って作ったような武器。そんなの比べるまでもない。

 私の剣は、オークをまとめて切り裂いていく。五分もしないうちに、二十匹はほふった。

 私が剣を振るい、歩いていく後ろにはしかばねが飾られた赤い道が出来ていく。


 痛みと恐怖をこびりつかせた顔で死にゆくオークを見るのは、とても気分が良かった。胸が高鳴り楽しい気持ちになっていく。


 戦場では部下の手前、かなり抑えていたが、やはり、戦いは自分に合っているのだと、再確認する。


 北西の森からは、まだまだオークが領地を襲いに現れる。

 あと何匹殺せるだろうか。あと何匹、その死に顔を見せてくれるのか。

 たった十五分で八十匹は殺した。私の最高記録は三百と七十九匹だ。この調子なら、きっと記録を塗り替えられるだろう。


 私が楽しみにしていると、横からナディアキスタが顔を出す。


「オークは北西から来てるのか?」

「ああそうだ。どうする気だ?」


 私は少し不満を持って返事をすると、ナディアキスタは綺麗な銀色のリボンを手にしていた。


「外れた箇所にリボンを付け直す! そこまで俺様を警護しろ!」

「はぁ!?  ふざけんな! 何でお前を守んなきゃいけないんだよ! 魔女だろ! 自分で何とかしろ!」

「言っただろ間抜け! 魔女は魔法使いと違って、ほとんど鍋で魔法を作るんだよ! 鍋なんか無いだろ、今!」

「走りながら鍋出してやれよ! 出来るだろ! 偉大な魔女(笑)なら!」

「こんなスピードで魔法クッキングか!? お前本当に馬鹿だろ!」


 ナディアキスタと言い合いになっていると、目の前に一際大きいオークが現れた。二人分の横幅と、2メートル程の身長のオークだ。


 私は剣を高く構え、ナディアキスタは腰に巻いていたロープを外す。


「はっ! そんな細紐でオークを殺すのか? 魔女の名が廃る!」

「お前こそ! 騎士が脇を開いて構えるのはタブーだと習わなかったのか!」

「戦いを知らん傲慢な野郎に何を言われても気にならないぞ!」

「戦闘狂が令嬢なんて鼻で笑える! そりゃ嫁の貰い手もないわけだ!」

「たかが魔法に他人を欲しがるクズ野郎!」

「哀れな環境に生まれた男まがい女!」


 ヤツは尖ったハンマーを振り上げると、大声を上げて私とナディアキスタの会話を遮った。




「「うるさいな」」




 私と彼の言葉がピッタリと重なる。息を合わせるつもりなんて、毛頭なかったのに。




「「会話の邪魔すんじゃねぇ!」」




 私の剣がオークの心臓を穿ち、ナディアキスタのロープが勝手に首を絞める。オークが膝をつくと、ナディアキスタのロープが首に食いこみ、そのままオークの首を絞め千切った。


 オークの首は、緩やかな坂を転がり落ち、流れ出る血は生臭い川を作る。

 ナディアキスタは、血塗れたロープに苦々しい顔をした。ワンピースのような服の裾を引きずって、ナディアキスタは森に入ろうとする。

 私はベルトを外すと、ナディアキスタに投げて渡した。


「さっさと身なりを整えろ。戦場では装備が外れかけたら『取ってしまえ』と命令するが、それは脱げないだろ」

「俺様の魅惑のボディが見たいなら、喜んで脱いでやるぞ」

「いらねぇ。目が腐る」


 ナディアキスタはベルトで服を固定すると、私と同じ歩幅で森に入っていった。


 ***


 森の中でも、オークの攻撃は絶えない。

 奇襲を仕掛けているつもりだろうが、音がした方向、姿が見えたところ、飛び出した瞬間を、私は片っ端から弓矢で射落としていく。


 行く先々に頭や胸に矢が刺さったオークの死体を見かけるので、ナディアキスタも薄らと青ざめ始めた。


「……オークを討伐したのは何回だ?」

「さぁ? 覚えてない。頻繁に討伐命令が下るからな」

「戦場に赴くのなら、それなりに長い期間そこに留まるだろう。オークに食糧を狙われたりは?」

「しない。私は、食糧は最低限しか持ち歩かないからな。どっさり持ってって、襲われるのは新兵だけだ。中堅くらいになれば、オークの嫌いな匂いの食糧を持ち歩く」

「よくそれで足りるな。戦いの場なんて、数日は帰れないだろう。女は男より食が細いからか?」

「いや、どの戦場に行っても、夕方までには国に帰るからだ」


 私は矢を放ちながら、森の奥へと歩いていく。

 ナディアキスタは引き気味に「あっそ」と言って、私の後ろをついてくる。



 だいぶ歩くと、あちこちの木に銀色のリボンが結ばれているのが見えた。

 ナディアキスタは、その木々一本一本を確かめながら、私の前に出た。


 木の間隔を図り、歩数を数え、隣合う木の本数を確かめ、高さを調べる。

 ナディアキスタは納得する一本を見つけると、その幹にリボンを結びつける。固結びした上から蝶々結びをしている。解けないようにしているようだ。

 ナディアキスタはそれを結びつけると、その木に両手を当てる。




 ────ドスッ!!




 ナディアキスタの横腹に、矢が突き刺さった。それはそれは深く、垂れ流す血すらも抑え込むほどに。

 ナディアキスタはその矢を見下ろし、傷口と矢の結合部分を指先で触れた。



「魔女!」



 私は血の気が引いた。ナディアキスタの向こう側に、隠れていたオークを見つけると、私は矢筒から矢を取り出そうと手を伸ばす。

 しかし、いつの間にか矢筒は空になっていた。出てくる敵を、考え無しに射抜いていたのだ。当たり前だろう。


 私は剣を抜くと、ナディアキスタの前に立とうとした。が、それは彼の手で阻まれた。



「馬鹿者。敵の前で狼狽えるな。新兵に教える立場だろう」



 ナディアキスタは、自分で腹に突き刺さった矢を抜くと、痛みに顔をしかめる。そして自分の血がべったりとついた矢を、茂みに隠れたオークに向けた。




「汝、我を射抜く者よ。魔女の怒りの前にひれ伏せ。その心臓を我に捧げよ」




 ナディアキスタがそう呟くと、矢はヒュンッ! と飛んでいき、オークの心臓を射抜いた。

 ナディアキスタは呆れながら、短刀で木に記号を書きつける。


「やれやれ。守護のまじないをかける前なら殺せると思ったんだろうが、オークはやはり知性が無い。俺様が偉大な魔女だということを知っていれば、死なずに済んだものを」


 ナディアキスタは短刀をしまうと、傷口を押さえながら来た道を帰る。


「さっさと帰るぞ。オルスロットの娘。まだ生き残りがいるかもしれない。俺様の魔法で仕留めてやる」

「あ、ああ。でもお前。矢が刺さっただろ」

「あんなの傷の内に入るものか。お前は虫刺されに騒ぐのか?」

「いや、お前が平気だと言うのなら。魔女だし」


 ふん、と鼻を鳴らして森を抜けていくナディアキスタの背中を、私は呆然として見送った。

 そして、リボンの向こうのオークに視線を変えた。


 綺麗に心臓を射抜いた矢。ナディアキスタは怒りもせずにあれを放った。……放った、と言っていいのだろうか。


 私は胸の椿に目を落とす。

 オークの血が飛び散る中でもなお、綺麗な白を保つ椿を、私は握りしめる気にはなれなかった。

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