後編
まさかこんなことになるとは……あたしは今更ながら、面接の対策をしてこなかったことを後悔した。こんなことで後悔するのは、現代日本で私立高校の推薦入試を受けた時以来だ。
しかし、やるしかない。あたしはシンデレラだ。優しくて信心深く清廉潔白、性善説をどこまでも信じ、この上なく美しいくせにその美をまったく鼻にかけない……そんな女の子になったつもりで志望動機を答えるのだ。
「はい! ……この屋敷の周りは高級住宅街ですが、少し離れた下町には、貧しい人たちがたくさんおいでです。皆さん、病気になっても医者にかかれず、明日の食事にも事欠く。そんな暮らしをしているのです」
魔法使いはうんうんとうなずきながら、羽根ペンを浮かんでいる羊皮紙の上に走らせている。あたしはジェスチャーを交えながら、たった今考えたばかりの志望動機を熱く語った。
「一方で、毎日の食べものがあり、雨風を防ぐ寝床も持っているあたしは幸せ者です。ですから、苦しい生活をしている方々をお助けしたいのですが、あたしは分け与えるだけのお金や食べ物を持っていないのです。そこで考えたのが、魔法使いになることです。魔法を使えれば、何もないところから食料を取り出したり、病気や怪我を癒したりすることができます。魔法を使って人々に貢献したい、この国から、貧困や病気に苦しむ人をなくしたいというのが、あたしが魔法使いを目指す理由です」
「なるほど。わかりました」
魔法使いはメモをとるのを一旦止めて、あたしの顔をじっと見た。背中に一筋の汗が垂れる。もしかして変装がばれているのではないだろうか……。
しかし魔法使いは、あたしの正体を暴くでもなく、面接を続けた。
「しかしあなたの夢は、舞踏会に行き、王妃になることでも叶えられるのではありませんか? 王妃になって、国政に介入すればいいでしょう」
「それは……ええと、たとえ王族に嫁いだとしても、国政に介入できるとは限らないと思います。家柄も教養も考慮されず、見た目だけで選ばれたお妃ならば、重要な政治的決定を下す場面からは遠ざけられてしまうでしょう」
とっさに考えたこの言い訳は、果たして魔法使いに効いただろうか? 不安な心を抑えながら、あたしはシンデレラの生皮越しに、彼女の顔を正面から見つめた。いくら困っていても、こうなった以上は堂々としているより他にないのだ。
「なるほど……では、貧しい人たちを助けることで、あなた自身にはどんなメリットがあると考えますか?」
よかった。何とか切り抜けたようだ。急いで次の質問の答えを考えなければ。
「あたしは、その人たちの笑顔を見ることができるでしょう。それだけで十分ですわ」
「それだけで……?」
魔法使いは、あたしの目の奥をじっと覗き込むような視線を送ってきた。
しまった。「それだけで」なんて、いい子ちゃん過ぎただろうか。しかし、一度口から出た言葉を変えることはできない。
あたしはシンデレラ。信仰心あつく、善良な娘なのだ。面接でつい話を盛ってしまったなんて、そんなことがあってはならない。
「それだけですわ」と、あたしは繰り返した。
「でも、もしもほんの少しだけあたしの我が儘が叶うとしたら、魔法使いシンデレラの名前を、人々の記憶に刻みたいのです。偉大なる魔法使いの弟子として」
つまり、あなたのことも宣伝しますよということだ。相手へのメリットも提示する。魔法使いにも自己顕示欲はあるはずだ。これでどうだ。
しかし、魔法使いの羽根ペンは動かなかった。さては落ちたか……と肩を落としていると、予想に反して次の質問が始まった。
「魔法は誰にでも習得できるものではありません。あなたは、自分にふさわしいポテンシャルがあるとお考えですか? また、その理由を教えてください」
よし! あたしは再び、心の中でガッツポーズを決めた。まだチャンスは残されている。まぁ駄目なら諦めて舞踏会に行くだけだが、特別な力もなく、一生面食いの夫に頼って生きていくなんて心もとない人生設計は許せない。せっかく異世界に転生したのだもの、あたしは「無双」をしたいのだ。
さっき言っていた「想像を絶する厳しい修行」とやらが気になるが、とにかく魔法使いの秘法のほんの入り口だけでもわかれば、この世界ではそこそこ幅を利かせることができる。ここであたしが引き下がっては、死んだシンデレラも浮かばれないというものだ。
見せつけてやる。ポテンシャルとやらを。転生者のアドバンテージを。
「はい! あたしには真実を見通す力があります。それは、魔法使いにふさわしい能力ではないでしょうか?」
あたしは選挙活動をする政治家のように、胸を張ってそう言った。
「ほう? たとえば、どのような真実を知っているというのですか?」
魔法使いは、唇の端に笑いをのっけたような表情で、少し身を乗り出してきた。
あたしは鼻からひとつ、息を吸い込んだ。
「たとえば、隣の海に面した国には、とてもおきれいだけど身元がわからず、おまけに口のきけないお姫様がおいでです。彼女の正体は未だに謎のままで、社交界ではあれこれ噂が飛び交っている様子ですが、実は、あの方は本当は人魚なのです」
あたしは自信たっぷりに断言した。この世界のネタバレならば、いくつも知っているのだ。期待通り、魔法使いは今までになく驚いた顔をして、羽根ペンを羊皮紙の上に走らせた。
「まぁ……本当に?」
「ええ。あたしは自分の真実を見通す力によって、そのことを知ったのです」
ここが山場だ。あたしはわざと声のトーンを落とし、ゆっくり、はっきりとしゃべることにした。
「あのお姫様は魔法で人間の足を得た代償に、声を失ってしまったのです。あたしの話が本当かどうかは、彼女を保護している王子の心臓を刺して、その血を姫の足にかけてやればわかります」
「そうですか……」
魔法使いは考え深げにうなずくと、杖をひと振りした。途端に羊皮紙と羽根ペンが消え失せ、あたしは面接が終わったことを悟った。
「なるほどね……もしもあの姫君が、あなたが言う通りの人魚ならば、私が持っている状況証拠とつじつまが合います。いずれ確証を得るために、あなたの言う方法を試してみたいとは思いますがね」
魔法使いは足を組み、杖の先を顎にあててうんうんとうなずく。どういう状況証拠をつかんでいるのか知らないが、おそらく彼女は、あたしが言ったことが真実だと知るだろう。何しろ、あたしは元ネタの童話を知っているのだから。
魔法使いは少しの間座ったままで、何事か考え込んでいる様子だったが、やがて
「わかりました」
と言って立ち上がった。
「では、あなたの望みを叶えてさしあげましょう」
あたしの胸がドキンと高鳴った。
「ありがとうございます!」
あたしは椅子から立ち上がり、きれいな90度のお辞儀をした。やった。これで無双できる。厳しい修行とやらも乗り越えてやる……いや、やばいと思ったらバックレよう。魔法なんて、生活に応用できる程度にできれば問題ない。
魔法使いは、そんなあたしの魂胆など知らないかのように、優しく微笑みかけてきた。
「ではそのための魔法をかけますから、あなたはそこに立って、神様にお祈りをなさい」
あたしは両手を組んで胸の前に持ってきたが、神に祈りはしなかった。ただ「さぁ来い!」という気持ちでいっぱいになっていた。魔法使いは杖を振るった。
次の瞬間、あたしの心臓がパチンと音を立てて弾けた。
あたしは悲鳴も上げず、棒杭のように床の上に倒れた。あたしの目の前に、魔法使いの靴があった。
「どこの誰だか知らないけれど、楽しかったわ」
そう言うと彼女はかがみ込んで、あたしの顔からシンデレラの生皮をひっぺがし、自らの顔にかぶった。
するとその皮はみるみるうちにぴったりと魔法使いになじみ、本物のシンデレラの顔みたいになった。背丈がすらりと伸び、しわくちゃだったはずの手も、いつの間にかすべすべになっている。
「いい調子じゃない。こういうの欲しかったのよねぇ」
魔法使いは自分の頬をつるつると撫でると、死にかけているあたしの、生皮をかぶっていたせいで血まみれになった顔を、杖の先っぽでちょっとつついた。
「ごめんなさいね。私の魔法は、滅多な人には教えられないのよ。特にあなたのような嘘つきにはね」
あたしは瀕死の息の下から、できるだけ汚い言葉で魔法使いのばばあを罵ってやろうとしたが、もう声が出なかった。魔法使いはシンデレラの美しい顔で、うっとりするような微笑をあたしに投げかけた。
「でも、『魔法使いシンデレラ』の名を後世に残すってとこはやってあげるわね。ご覧の通り、私が今日からシンデレラよ」
声までシンデレラになりきった魔法使いは、高笑いをしながら魔法の杖を振った。すると彼女の姿は、またきらきら輝く鱗粉のようになって、渦を巻きながら細くなり、やがて消えてしまった。
魔法使い偽シンデレラ爆誕 またはシンデレラを殺したら人魚姫に生存フラグが立った話 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます