魔法使い偽シンデレラ爆誕 またはシンデレラを殺したら人魚姫に生存フラグが立った話
尾八原ジュージ
前編
月のきれいな夜だった。
あたしはシンデレラを殺すと、まず着ているものを脱がせ、それから生皮を頭皮からデコルテまできれいに剥ぎ取った。
今夜はお城で舞踏会が開かれるから、この屋敷には彼女しかいない。そのことがあたしにはちゃんとわかっていたので、皮を剥ぐ作業は丁寧に行った。おかげで彼女の生皮マスクは改心の出来である。
あたしはそれを自分の顔にかぶると、脱がせておいたシンデレラの服を着た。死体はそこら辺の樽に詰め込んで、外に転がしておいた。
辺りについた血痕を拭き取ると、あたしはいつもシンデレラがやっていたように、火を消した後のかまどに潜り込んで、しくしく泣きながら夜が更けるのを待った。
静かだった。シンデレラがあらゆる家事を担っていたので、立派な屋敷なのに使用人がひとりもいないのだ。
あたしが月明かりしかない台所で、こうして嘘泣きをしている間にも、お城では紳士淑女が綺麗な格好をして踊り回り、シンデレラの死体はカチカチになっていくのだろう。可哀想なシンデレラ。せっかくいいとこのお嬢様に生まれついたというのに、産みの母親が亡くなったのが運のつきだ。彼女を虐待する継母とその連れ子たち、そして見て見ぬふりをする父親。なのに人一倍優しくて大人しいシンデレラは、反撃するどころか文句のひとつも言えず、黙って彼女たちにこき使われていた。
でももうこの子は、ひもじくもなければ寒くもないし、舞踏会に行けなくて悲しむこともない。シンデレラの名前は、これからあたしが歴史に刻んでやるつもりだから、安心して死んでいるといい。まぁ、不名誉なあだ名の「シンデレラ」が浸透しすぎたせいで、あたしも彼女の本名は知らないけども。
舞踏会の夜に魔法使いが現れて、シンデレラの願いを叶えてくれる。これは確かな情報だ。何といってもこの世界は童話の世界なのだから、メジャーな童話の中で起こった出来事は大抵起こることになっている。
よって、この世界に異世界転生してきたあたしは、次に起こるイベントをある程度予測することができる。それに、剥がした生皮を被る程度の変装がなぜかバレないということも知っている。なぜか? 童話の世界だからだ。
とはいえ、油断は禁物だ。何せ、あたしがこれから騙そうとしているのは、魔法使いなのだから……もしかすると「仙女」と名乗るかもしれないが、とにかく不思議な力を駆使する女性だ。
あたしはうっすらと暖かい灰の中で、魔法使いが来るのを今か今かと待った。ちなみにシンデレラには、「母親のお墓に植えたハシバミの木に祈ると、ほしいものを鳩が持ってくる」というバージョンもあるが、そのパターンでないことはシンデレラの日頃の行動からわかっている。
月が少し傾いた頃、暗い台所の真ん中にキラキラと光る粒子が渦を巻き始めた。何事かと見ていると、数秒のちにはそこに、黒っぽいローブを着たおばあさんが立っていた。やはり魔法使いが出現するパターンだったのだ。
「可哀想なシンデレラ。何をそんなに嘆いておいでです?」
深みのある優しい声が、あたしに語りかけてくる。あたしは両手で覆っていた、シンデレラの生皮を被った顔を上げると、涙にむせぶ声で答えた。
「ああ、ご親切なおばあさん! あたしは舞踏会に行きたいのです!」
元いた世界だったらまず「あなた誰ですか!?」となるところだが、童話の世界なのでそうはならない。善良な魔法使いの出現は驚くには値せず、住居不法侵入にもあたらない。
見よ! 魔法使いはあたしの懇願を聞き、慈悲深そうな顔で、指揮者のタクトみたいな魔法の杖をさっと振り上げるではないか。いくらなんでも話が早すぎる。さすが童話の世界だ。
「いいでしょう! あなたをお城の舞踏会に行かせてあげましょう」
魔法使いは、素敵によく通る声を張り上げ、杖を宙に向けて振った。きらきらと七色の光がこぼれる。
「ああ! ありがとうございます!」
あたしは灰の中から転がり出ると、床の上で平身低頭、思わず土下座のようなことまでしてしまったが、元よりオーバーリアクションな世界だから、これくらいしないとかえっておかしい。何しろ「ショックのあまり気絶」どころか「悲し過ぎて死ぬ」がまかり通るのだ。ちなみにこれは、悲しみのあまり健康状態を損なったり自殺したりするということではなく、心臓が文字通り張り裂けてしまうことを指す。
魔法使いはあたしの喜びようを見て、満足げにうなずいた。
「ではまず、カボチャをひとつ持ってきてちょうだい」
「はい!」
あたしは体育会系部活の一年生のような返事をすると、さっそく台所の隅から、大きくて形が整ったカボチャをひとつ選んできた。シンデレラやこの屋敷のことを調べた際、必要になりそうなものがどこにあるかも調べておいたのだ。
あたしが差し出したカボチャを、魔法使いは一瞬のうちに美しい馬車に変えてしまった。
間近で見ると、その謎の技術に改めて惚れ惚れしてしまう。さっきまで間違いなくただのカボチャだったはずなのに、馬車になったカボチャときたらまるで別物だ。フレームはちゃんと金属だし、窓を覆うカーテンは上等な天鵞絨だ。カボチャの皮だったはずの箱馬車の表面は、美しい木目の入ったつやつやの木材になっている。何よりでかい。一体どうしてこうなったのやら、見当もつかない。
この物凄い変化を「魔法で馬車に変えてしまいました」の一文で済ませるのはやばい。いくら童話でもやばい。
あたしの本物の感動を見て、魔法使いはますますあたしをシンデレラだと思い込んだようだった。
「馭者や召使い、それにもちろん馬も必要ね。シンデレラ、今度はトカゲを3、4匹捕まえておいで」
そう言われることもやっぱり知っていたあたしは、前もってトカゲが潜んでいそうな建物の隙間なども確認しておいた。小学生のとき、カナヘビを捕まえて飼育していたことがあるくらい、あたしはトカゲが好きだ。
そんなわけで、あたしは嬉々として裏庭に飛んでいった。しっぽが長くてかわいらしいのを4匹捕まえ、前掛けに包んだところで、はっとあることを思い出した。
目の前で魔法を見て、テンションが上がりすぎたせいで忘れていたが、あたしには別の目的があるのだ。シンデレラの願い事を叶えてやるのがあたしの望みではない。あたしが叶えたいのは、あくまであたしの望みなのだ。
あたしは気を引き締め直して、トカゲたちを魔法使いの元に連れていった。彼女にトカゲたちを渡すとき、あたしは少しためらって手を引っ込めるのを忘れなかった。
「おや? どうかしたのですか、シンデレラ」
「い、いえ、何でもありませんわ……」
そう言いながら、あたしはしおらしく目を伏せた。もしもここに現代日本から来たツッコミ役がいたら、何でもないわけないだろと言ってあたしの頭をハリセンで叩くだろう。しかし魔法使いはツッコミではなかったので、不思議な色の瞳であたしの顔をじっと見ただけだった。
あたしが渡したトカゲを、魔法使いはやっぱりあっという間に、4人の召使いに変えてしまった。立派な制服を着て、5つ星ホテルのホテルマンのように佇んでいる彼らは、別に顔がトカゲに似てるなんてこともない普通の人間である。本当にどういう仕組みなのだろう、謎だ。
魔法使いは続いてネズミを何匹か所望し、あたしは5匹ばかりのネズミを、ネズミ捕り器ごと彼女に差し出した。その際、やっぱり少しためらってみせると、魔法使いは小首を傾げた。
「シンデレラ、このことは後で言うつもりだったのですが、この魔法は夜中の12時になると解けてしまうのです。トカゲやネズミの行く末を案じているのなら、心配はいりませんよ」
「まぁっ、えーっと、そうではないのです。な、何でもありませんわ」
あたしはまた、わざとらしい否定のそぶりをしてみせた。
魔法使いはそんなあたしをじっと見て、それから魔法の杖をひと振りした。すると、馬車は元通りのカボチャに、召使いは元のトカゲに戻ってしまった。トカゲたちは一目散に逃げていった。
「嘘をついてはいけませんよ。シンデレラ、あなたには他に、もっと大事な望みがあるのではありませんか?」
その言葉を聞くと、あたしは「わあー!」と泣きながら床に倒れた。その実、内心ではガッツポーズをしていた。
「おばあさん、どうかお許しください! あたしの胸には、とてもとてもあなたに打ち明けられない、分不相応な望みがあるのです!」
「まぁ、そんなことを考えているのね。いいこと? 舞踏会へ行きさえすれば、あなたはこの国の王子と結婚し、ゆくゆくは王妃になれるのですよ。何せ王子は、舞踏会で会ったばかりの見知らぬ娘との結婚を、あんなに美しい人は見たことがない、の一点張りで押し進めるほどの強烈な面食いですからね。もしもあなたが胸に抱いている望みが、この国の王妃になることよりも大それたものだと言うのなら、今ここで聞いてさしあげましょう」
「あたしは……あたしも魔法使いになりたいのです!」
あたしはここぞとばかりに声を張り上げた。「お師匠さま、どうかあたしに魔法を教えてください!」
「まぁ……」
予想通り、魔法使いは言葉を詰まらせ、床にひれ伏しているあたしを厳しい顔で見つめた。
「魔法は便利なものですが、一方ではとても危険でもあるのですよ。ごく限られた者にしか、この秘法を授けることはできないのです。また、想像を絶するほど厳しい訓練もせねばなりません」
「それでも構いません!」
あたしは食い気味に返事をし、なおも頭を下げ続けた。
すると魔法使いはため息をつき、台所の隅にあった小さな椅子に向かって手招きをした。するとその椅子が、生き物のようにひょこひょこと歩いてくるではないか。
魔法使いは自分のところに一脚、あたしの前に一脚椅子を用意すると、
「お座りなさい」
と言った。あたしはその通りにした。
「あなたが本気ならば、あなたに魔法を教えてもいいかどうか、この場で確かめさせていただきましょう」
「はい!」
あたしは反射的にそう答えたが、内心ではヒヤヒヤしていた。どんな恐ろしい試練が与えられるのだろう? と考えると、今更ながら手のひらに汗がじんわりと滲んできた。
魔法使いは何もない空中から、羊皮紙と羽根ペンを取り出した。そしてそれを構えながら、
「では、志望動機からどうぞ」
と言った。
こうして面接が始まった。
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