4
死んだように眠り続け、目覚めたのは翌晩だった。
小屋の粗末な壁の隙間から、真昼のように眩しい光が入り込んでいる。女は焚火に干していた着物をおろすと、アカの身だしなみを整えた。
「満月よ」
女は微笑んだ。
おいで。
待っていたよ、待っていたよ。
声は、今にも頬に吐息を感じそうなほどに近かった。
少年は大人になり、たくましい腕を広げて花嫁を待っている。緑の宮殿の奥では、宴の支度が整えられているだろう。
アカは、その不思議な風景が、見えるように思えた。
「決めましたか」
女に問われ、アカは頷いた。
小屋を出れば、大きな満月が真上で輝いている。
小屋の屋根まで届くほどの萩が、白い穂を揺らして音を立てた。ざあざあと風になびく気配の中に、不思議かつ懐かしい、歌や笛の音が聞こえた。
「森が、貴女を迎えに来ている」
**
女が指さしたところには、これまで遙か遠くに広がり、歩いても歩いてもたどり着けなかった懐かしい森が佇んでいた。
触れるほど近くに森の木々がそよいでおり、僅かな獣道が、ぽっかり口を開いた森の奥の暗闇へと続いていた。
歩き出す瞬間、アカは激しい痛みを胸に覚える。
今まで、子供や娘を森に盗られて泣いた村人たちの姿が浮かんだ。
森を恨み、いつか森を焼き払うと呟く人々。
そして今度は、アカの優しい両親も。
けれど、次の瞬間には、アカは心を決めた。
一歩踏み出した時、深い喜びが足元から込み上げ、強い大地の力、情け深い森の愛に包まれたように感じた。
「おいで」
確かにはっきりと、その声は届く。
アカはゆっくりと、命に満ち溢れる森の奥へと歩を進めるのだった。
原野奇譚 いも林檎 @ringoi
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