第4話
姫ちゃんこと宮島さんと友達になったあの日、僕は彼女が僕の詩に抱いた感想を聞かせてもらった。
彼女はある詩のあるフレーズを好きだと言ってくれた。
♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧
『道』
選びたい道がある
期待された道がある
歩きやすい道がある
地図もない道がある
立ち止まる人がいる
迷わない人がいる
選んだところで 歩かされたところで
誰もが悩み 誰もが悔やむ
それでも 前に進むしかない
決めるのは君だ
外野を気にすることはない
♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧♧
「この詩はいいわね。特に最後のフレーズがいいわ。私にピッタリね」
大絶賛だった。
「ピッタリってどういうこと?」
気になってしかたがなかったので聞いてみた。
彼女は世間話でもするかのように自分のことを話してくれた。
「私の親、医者なのよ。だから私、小さい頃から医者になってほしいって言われてきたの。特になりたい将来像がなかったから、いつの間にか私の夢は医者なんだって思うようになってたみたい。だけどそれで本当にいいのかなって最近不安だったの」
そんなことを思っていたのか。僕は驚いた。同時に、対比した自分がちっぽけではずかしく思えた。
「周りのクラスメイトが遊んでいるときに、私は1人で図書室で勉強してる。私は本当に医者になりたいの? ここで勉強してていいの? そんなことを思いながら変わらない毎日を繰り返してた。そんなときに、あなたと目が合ったのよ。覚えてるかしら、けいちゃん」
名前を呼ばれると、恥ずかしさよりも幸福感の方が勝っていることに気付き、体温の上昇を感じた。
「覚えてるよ」
短く答えると、満足そうに彼女は続きを話し始めた。
「そう。嬉しいわ。あの日から私はあなたを認識したわ。それから、あなたがたまに開いて書き込んでいるノートのことが気になったの。だから、あなたが居眠りしてノートを落としたときチャンスと思ったわ。私は直ぐに拾って中身を確認したの。そこには数式の1つもなくて、良くわからない聞いたことのないフレーズで溢れていたわ」
僕と彼女のノートはずいぶん違うようだ。それもそうだろう。数式や英単語がびっしり並ぶ彼女のノートに対して僕のノートは、空白が多くスカスカで僕の頭の中にある言葉が僕のリズムで記されている。
「最初はなんだこれって思ったんだけど、ページを捲る手が止まらなかったわ。だから隣に座って読んでいたのだけど、昨日あまり眠れなかったから眠くなってしまって。それにあなたがあまりにも気持ち良さそうに寝てたから、たまにはいいかなって思ってしまったのよ。あなたの詩を読んだからかしらね」
これ以上ないほどに僕は嬉しかった。
彼女の心に僕の詩が届いたのだ。
浮かれていると急に彼女は立ち止まり、僕はなんだろうと振り返る。
「どうしたの?」
すると、彼女は僕を見据え言葉を紡ぐ。
その瞳は、透き通るように綺麗で、許されるのならばずっと見つめていたいと思ってしまう。そんなことは今の僕には許されないだろうけど。
「ねえけいちゃん。私と友達になってくれて、ありがとう」
初めて見た彼女の笑顔は、とても綺麗で、温かく、気づくと無意識に僕の口は小さく開いていた。
そして、気づいてしまう。彼女は、僕なんかの手が届く人じゃないんだと。
それでも、胸の鼓動が鳴り止まず、体温の上昇が収まらないことから、僕はもう手遅れなのだと悟った。
「うん。こちらこそ、ありがとう。姫ちゃん」
名前を呼ぶと、やはり恥ずかしさよりも幸福感の方が勝っていた。心臓が嬉しそうに小さくトクンと跳ねた。
「ちょっと恥ずかしいわね……慣れるまで、たくさん呼んでくれるかしら」
西日のせいではないだろう。彼女の頬に朱色が薄く差していた。
「そうだね……早く慣れないとね」
どれくらい呼べば、慣れるのだろうか。
それから駅までの長い道のりを他愛もない会話を繰り返し歩いた。
「またあしたね、けいちゃん」
「また明日図書室で。姫ちゃん」
この日から、僕らは互いを呼び合い別れるようになった。
ペンとノートの使い方 詩章 @ks2142
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