第3話

 宮島さんを廊下で待っていると、図書室のドアが静かに開いた。

「待たせてごめんなさい。行きましょうか」

 彼女の隣を歩くというのは妙な気分だった。

 なぜなら、宮島美姫という生徒が、誰かと歩いているところなど見たことがなかったからだ。特に彼女についてなにも知らない僕からしてみれば、男子を寄せ付けないどころか女子でさえも近寄りがたい存在だと思っていた。

 実際、彼女が誰かと仲良くしているところや笑ったところを見たことはないし、そんな話聞いたこともなかった。

 だからなのか、どうやって話しかければ良いのかわからず、折角隣を歩いているというのにそこには会話がなかった。

「なにか、話してくれないかしら? 私会話が苦手なの。友達いないし」

 なんの感情も読み取れない声音で用件を提示された。この人は、会話を事務作業のひとつとでも思っているのではないだろうか?

「いや、そんなこと言われても……じゃあ質問なんだけど、なんで友達作らないの?」

 僕は、素朴な疑問を投げてみた。焦って適当に捻り出した言葉がなかなか失礼な質問だと気付き、彼女の様子を横目で探る。怒るだろうか? 呆れるだろうか?

「別に作らないんじゃないわ。できないだけよ。なんならあなた、私の友達になってくれるの?」

 なんだか、良くわからない展開になってきた。

「え? いいの? 僕なんかが友達になっても?」

 驚きのあまり変な声が出てしまった。

 一応言質を取っておくことにしよう。

「いいもなにもそれを決めるのはあなたなのでしょう? 私はお願いをしているのよ」

 え? さっきの言葉からはお願いという感じはしなかったけどな……

 それでも、彼女にしてみればお願いだったのだろう。自分でそう言っているのだし僕が変に捉える必要もないだろう。

「ありがとう。よろしくね。宮島さん」

 僕はなんとなく感謝を告げていた。

「よろしく。でもあなた、友達になったのならそうじゃないでしょう? あだ名をつけないといけないわ。あなた名前は?」

 え、友達ってそんなシステムだったの? 僕の知ってる友達と違うんですが……

「北原圭介(きたはら けいすけ)です……」

 なんだこの工程は……

「そうねえ……けいちゃんなんてどうかしら?」

 幼稚園の時のあだ名ですねえ……

「いいのではないでしょうか」

 一瞬変えてもらおうと思ったが、彼女にそう呼ばれるというのは、案外悪くないかもしれないと思った。

「なんで敬語なのよ? じゃあ私のあだ名もつけてくれるかしら?」

 そうだった。僕もあだ名を考えなければいけないというシステムだった……

 ちゃんと考えないと友達という話自体白紙になるかもしれない。

 宮島美姫……みきちゃんじゃ普通すぎてつまらないか……宮島……宮島……広島の鹿がいるところか、紅葉饅頭が有名だったな……紅葉ちゃん……いや、捻りすぎたろ……うーん難しい……

「早くしてくれるかしら?」

 急かされ焦って、思わぬ言葉が口から転がる。

「姫ちゃん……なんてどうだろうか? あはは……」

 これは終わったな。お疲れさまでした。

 諦めかけたその時、まさかの反応が返ってくる。

「 あなた、なかなかね。いいわ、気に入ったわ。姫ちゃん……ふふ……姫ちゃんかぁ……」

 最初は驚いたが、彼女の反応からあだ名がついたのはかなり久しぶりだったことがわかる。そして、彼女の口角がわずかに上がり目尻が少し下がる瞬間を僕は見逃さなかった。

 笑顔と呼ぶには乏しい変化だったが、僕の時間は停止した。

 その形容しがたい表情に意識が吸い込まれ、周りの景色がぼやけていく。彼女の表情だけに焦点が合っていき、聴覚機能が完全に停止した。

 僕は無意識に立ち止まり、彼女に見蕩れていた。


「ねえ? どうしたの突っ立て? ねえってば!」

 頭に軽くチョップをくらい僕は我に返った。

「あぁごめん……」

 気づくと隣を歩く彼女との距離は先程までよりも近くて、僕は変に彼女を意識してしまっていることに気づく。静かにそっと少しだけ距離をとることにした。



 夕日が差し込む廊下に、2つの影だけが伸びる。影は溶け合うことのないわずかな距離を保つ。妙に空いた距離の意味は、少年の心の中にそっと灯った。

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