第一章12 ~レクス&アリア vs. ゾンビ?~
洞窟を抜け出し、エルト村の北門まで帰ってきた俺は絶句した。
「なんで火事になって……」
盛大に燃え上がる紅蓮の炎が民家を、畑を焼き、その奥では人すら焼ける姿があった。悲鳴も聴こえ、親父は、ミリアは、オババやメイ、アリア、レイたちは無事なんだろうかといの一番にそれが頭を過る。
俺は咄嗟に安否を確認するため、火中に飛び込もうとしたが、都がそれを止めた。
「落ち着いて。こんな火事の中、無闇に突貫なんてしたら死んじゃうわ」
「けどっ……。いや、そうだな」
火事で死ぬ一番の原因は焼死ではなく、煙を吸い込み、喉を火傷して息ができなくなるか、一酸化炭素中毒による死が大半だと前世記憶の小中学校の避難訓練で習ったのを思い出す。目の前の火事は火の手も凄まじいが、それ以上に黒煙が立ち込め、いつ家が倒壊して物が降ってくるのかも判らない状態だった。
突然の事態に冷静さを欠いていた。俺は少し落ち着きを取り戻し、火の手がまだ回っていなさそうな南門から入るのが無難かと考え、都を連れて迂回することにする。
「ん? どうした、都」
歩き出すと、都が北門前で立ち止まり、炎をじっと見つめていた。
何かあったのかと思い、再び呼ぼうとすると、都はようやく俺の方に首を傾け、「ねぇ、レクス。此処にはレクスの大事な家族もいるの?」と突然訊いてきた。
「まぁ、いるにはいるが。俺の家は丘の上だ。民家とは少し離れた位置にあるからな。たぶん大丈夫だとは思うんだが」
「そう。ならレクスは南門から村に入って。私はこっちから入るから。少し気になることもあるしね……」
「は? って、おい!」
止める間もなく、都は火中に飛び込んでいく。
相変わらず何を考えているのかいまいち理解できないが、都はゾンビである。これぐらいの火は何ともないのかもしれない。
けど、初代バイ〇ハザードだとゾンビって燃やしてたような……。
一抹の不安はあったが生身の俺が火中に入ることは少し難しい。
考える時間も惜しかったため、すぐさま南門に向かって走り出した。
村を囲うように造られた木組みの城壁に沿ってなるべく急いで走る。
そんな最中のことだった。城壁の向こうの炎が一度大きく爆ぜ、何かが城壁を超えて空に向かって飛んだのは。
「なんだっ!?」
それは火達磨になりながら空高く飛び、そして俺の進行方向を塞ぐように落ちてくる。
グシャ……、と何かがひしゃげるような音を奏で、そいつは地面で潰れた。少しして火が消沈し、残火(ざんか)をその身に纏いながらもむくりと起き上がったそれは、こちらに首をもたげた。
「ぁぁ……」
「おいおい……冗談だろ」
その地面で潰れたのは人間であった。しかもその顔には見覚えもあった。
グリンブルスティに一番最初に襲われた人たち、その中にいた北門でしゃがみ込み、俺が手当てしようとしたら突き飛ばした女だ。その時に怪我をした右腕には、オババが巻き直した布が巻かれているので間違いない。
だがその容姿は以前とはだいぶ異なり、異様、そして不気味としか言えないような姿になっていた。
火に炙られ、皮膚が溶けて肉が丸見えになっている箇所がいくつもある。左肩には木片が突き刺さっており、背中は服が破けて焼鏝(やきごて)でも押し付けられたような大きな火傷が目立つ。他にも細かい裂傷が見られ、恐らく家が倒壊でもして、それに巻き込まれたのだろうというのが伺えた。
加え、瞳からは血の涙を浮かべ、その鮮血で白目の部分が赤く染め上がっている。足も先ほど落下した衝撃で折れたのだろう。状態を起こすのが精いっぱいで、立ち上がろうとして何度もその場で転ぶのだが、まともに受け身を取ろうとしないため額を地面に何度も打ち付けている。
やがてその額が割れ、新たな血が伝い、鼻の部分で二股に分かれる。火達磨になっている時点でのたうち回って、絶叫していてもおかしくないくらいの傷であるのにも関わらず、女はただ呻きを上げ、這いずりながら俺の方に向かってくる。
まだ息はあるのだろうか。むしろあんな状態で生きているのが不思議だとは思ったが、それよりも助けなければという思考が先行して近寄ろうとする。
その刹那のことであった。
「ガアッ!」
短い絶叫を上げ、女が地面に両手をつく。次いで、女は右腕を俺に向かって縦に振るった。
俺は全身の肌が沸騰したお湯のように沸き立つのを感じ、咄嗟に横に飛ぶ。
その勘は正しく、俺の立っていた場所に少し遅れて何か見えない斬撃のようなものが飛来する。
女が腕を振るった位置から俺のところまでは約一〇メートルほど離れている。にも拘らず、その間の地面が斬り割かれ、深い溝を残しながら線が引かれていた。
女が持つ魔法だ。
「ちょっと待てよ。助けようとしてなんで攻撃されなきゃいけないんだよ」
恐怖よりも、怒りが先立つ。
助けようとしたのはこれで二度目になるが、そんなに嫌われるようなことでもしただろうか。
まさか殺傷能力の高い魔法を使ってまで嫌煙されるとは、いくら何でも腹が立ってくる。
とはいえ、やはり女の様子はおかしい。少なくとも正気ではない。そもそもの話、あんな傷の深さで本当に生きているのかすら怪しいところである。
「はは……まるでゾンビじゃねぇか」
俺は無駄な戦闘は避けようと、女を無視することにする。
今の状態ではまともに近づけないだろうし、それにあの傷ではもう助かりはしないだろう。
地面にあった石を拾い上げ、俺は女に向かって走り出す。
女は当然と言わんばかりに再び縦に腕を振り、見えない斬撃を放ってくるが、腕の振った直線状にしか斬撃は飛んで来ない。今度は軽く横に跳ね、斬撃を紙一重で躱し、確実に距離を縮めていく。
そして距離が一メートルほどまで縮まったところで、俺は持っていた石を女の鼻先に向かって全力で投げつけた。
「グガアッ」
「よし、これなら――」
女の首が後方に傾く。その間に横を通り過ぎ、そのまま全力で走り抜けようとした。
そこで城壁とは反対の密林から声がかかる。
「駄目っ! レクス、伏せて!」
「っ!?」
言われるがまま、身体を地面に向かって倒す。
数瞬遅れて俺の首があった位置を斬撃が通り過ぎた。
「っぶな。マジかよ」
横に転がりながら起き上がり、後方にいた女を見る。
女は首を後ろに逸らしたまま、右腕を脱臼させながら腕を横凪に振っていた。
最早ホラーだった。あんな状態から魔法をぶっ放すなんて誰が予想なんてできるだろうか。城壁とは反対側にある密林から届いた声がなければ、今頃首と胴がおさらばするところだった。
俺は声の主を確かめるために密林に目を移す。
「ふぅ、間一髪だったわね。感謝しなさいよ、レクス」
「アリアっ。お前なんでこんなところに」
「それは……えーと、色々あったのよ。それよりもまだ終わってないみたいよ」
アリアが向こうの女に目を移す。俺もそれに釣られ、再び女を見ると、女は頭を固定したまま、身体だけこちらに捻っていた。首が一八〇度回転したことで捩じれ、骨がへし折れる鈍い音が響く。
続いて脱臼した右肩を地面に勢いよく打ち付けて治し、折れているはずの足を無理矢理地面に突き立て、不安定ながらも立ち上がる。
後ろを向いて逃げようものならば、いつでも身体を引き裂くぞとでも言いたげに腕がぷらぷらと揺れていた。
「う、うわぁ……おい、あれはさすがにもう人とは判定できないよな」
「当たり前でしょ。あれが人だって認識できるなら、人という概念をもう一度勉強しなおした方がいいわよ。レクス、武器は?」
「持ってない。色々あってどっかいっちまったからな」
「そう。なら、はいこれ」
言われ、アリアが手渡してきたのは木刀だった。
訓練でフィルが使っていたものっぽいが、なぜアリアが持っているのだろう。
その疑問をアリアは俺の視線から察したのか、静かに答えた。
「フィルは今のところは無事よ。今のところはね」
「なんか含みのある言い方だが、あとでこの状況も含めて詳しく教えろよ」
俺は木刀を構え、アリアは地面に手をつく。
伊達に一緒に毎日訓練しているわけではない。指示を出さなくとも、アリアは自分の役割をはっきり判っているようでサポートに回ってくれるようだ。
女との距離は先ほど相対していた時よりも二メートルほど離れているだろうか。初撃の斬撃と、三撃目の斬撃から考えるに射程は一五~二〇メートルといったところだろう。
できれば射程圏外から安全に攻撃したいところだが、俺はそんなミドルレンジをカバーできるような魔法は持ち合わせていない。というか、魔法自体扱えない。アリアの魔法ならなんとか届くだろうが、威力が期待できないため決定打には欠けるだろう。となれば、近接戦で迎え撃つほかない。
相手が臨戦態勢である以上、背を向けて逃げるのは相手の魔法を考えても愚行に帰する可能性が高かった。この際、逃げるという選択肢は残っていない。
意を決して俺は地面を蹴る。同時にアリアが地面から手を放し、その手を前に翳す。すると逆さになった女の顔が突如眩い閃光をあげて盛大に弾けた。
「グガァっ!?」
怯んだその一瞬を見逃さず、できる限り距離を詰める。
アリアの一撃のおかげで難なく距離は縮まったが、すぐに女が右腕を振るった。
咄嗟に横に跳ね、躱す。
相手の魔法は確かに殺傷能力こそ高いが、攻撃のモーションから何処に斬撃が飛来するのかは簡単に予測がつく。その上、斬撃のスピードも目で追える程度だ。躱すこと自体は大したことではない。
女は続々と右腕を振るい、縦に斬撃を放ち始める。血で視界が塞がっているはずなのに、一体どうやって俺の正確な位置を掴んでいるのだろうか。疑問を残しつつ、一旦直線的に突っ込むのをやめ、迂回するように回り込む。
女の周りを円を描くように走れば、直線的にしか飛ばない斬撃はさらに躱しやすくなるだろうと考えたのだ。時折横に斬撃を繰り出すこともあるが、そこは冷静に歩を止め、身を屈めたり、ジャンプして躱していく。
やっぱ死んでるよな……あれは。そのせいか脳があまり機能してないんじゃないか。やけに攻撃の仕方が単調だし、まるで攻撃に工夫がない。
だが人としての関節を無視するような動きで斬撃を放ってきやがるのが少し厄介だな。後ろをとってもあまり意味がなさそうだ。
内心で思いながら、とはいえ、いつ攻撃のパターンが変わるのか判らないため、よく相手の動きを見ながらさらに距離を詰める。
そして木刀が届く距離まで来て、俺は木刀を振り上げた。
「もらった! ――ぐぅっ」
振り下ろした木刀。しかしその木刀は女の頭部に飛来することはなかった。
代わりに俺が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる前に何とか受け身をとる。
「痛っ……今まで使ってなかった左腕を唐突に鞭のように振ってきやがったか」
左肩には木片が突き刺さっており、使い物にならないだろうと踏んでいたのだが、予想が外れた。
土壇場で女は左腕を振るい、木刀に斬撃を放ってきた。
正直冷や汗ものだった。木刀ごと身体を真っ二つにされるんじゃないかと思ったのだ。だが運がよかった。左肩に刺さった木片のせいで、十分に左腕を振るえなかったのだろう。
俺の木刀はミシミシと軋んだ音こそ立てたが、破壊されることも、斬られることもなく、斬撃を受け止めていた。ただひびは入っており、木刀を握っていた手は衝撃で痺れている。
「はぁ……こういう時つくづく思うよ。魔法が使えないってのは相当なハンデだってな。けどな――」
もう一度構える。アリアに一瞬目配せして、地面を勢いよく蹴った。
女が右腕を振るう。横に跳び、躱す。近づく。
相手の攻撃は一定だ。基本は右腕の斬撃で攻撃してきて、左腕の斬撃はあくまで防御に使っているのだろう。先ほど木刀で左腕の斬撃を受け切ったように、右腕の斬撃ほど威力がないからだ。恐らく射程もそれ程ないのだろう。
右腕の斬撃も一発ずつしか撃てないようだし、それさえ判れば対策は容易だ。
多少斬撃が掠ってでも強引に突っ込む。そして地面を勢いよく踏み抜き、上に飛ぶ。
右腕の斬撃が空中の俺を捉えるように放たれる。
狙い通りだ。木刀を斬撃に添わせるようにいなす。身体がその斬撃の勢いにかられ、回転する。
「アリアっ」
「判ってるわよっ」
遠心力を乗せ、木刀を女の頭、というか顔が反転しているから正確には顎を目掛けて振り下ろす。
目の前に左腕が翳されるが、俺は構わず木刀を振るった。
木刀と女の左腕が接触する刹那、眩い閃光が弾けて女の左腕が後方に吹き飛ぶ。
「ガアッ」
鈍い音を立てて、木刀が女の頭を打ち下ろした。
首の骨は当に折れていたため、木刀の一撃をくらい、女の首が千切れて地面に叩きつけられる。
次いで後方に女の身体がゆっくりと倒れ、行き場を失った鮮血が首から漏れ出し、地面に血溜まりをつくった。
「はぁ……はぁ……。やったのか……」
並外れた生命力があると視て、自分の腕力だけで倒し切れるか不安だったため、少々危ない橋を渡った。
確実に倒すためとはいえ、寿命が縮んだ気がする。
これは斬撃をいなして自分の力を増幅させる技だ。昔、姉貴が教えてくれた――というか、散々練習台にされたおかげで身体が覚えた剣技の一つで、確か東方の島国の技だとか言っていた気がする。
実戦で使うのは初めてだったが、恐らく首の骨が折れていなくても首を引き千切るくらいの威力はあったと思う。
女の頭は木刀の打撃によってひしゃげ、地面にめり込んでいた。
「ちょっとレクス! 今のかっこいい技は何よ! あんな隠し玉、いつ覚えたのよ! 隠してたなんてずるいじゃない!」
「別に隠してたわけじゃねぇよ。あんなの人に向けて打つもんじゃないだろ。それを身をもって知ってるから教えなかったんだよ。それに使い時がなかっただけだ」
「身をもって知ってるって……もしかしてエル姉から教わってたの?」
「ま、まぁな。正確には違うけど……」
ボコ殴りにされているうちに覚えたなんて格好悪くて言えなかった。
それにしてもいったい何が起きているのだろうか。突然襲い掛かってきた村人、民家の火事。
最近、自分の周りでは訳の分からないことが頻繁に起きている気がする。
それもこれも始まりは前世を思い出してからの気もするが……。
取り敢えず考えるのは後回しにして、南門に向かいながらアリアから事の顛末を俺は訊かされるのであった。
ヤンデレ彼女が異世界転生でゾンビにされたんだが こっつん @kottun
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