第35話 別れ

「油断しちゃったよ・・・・・・ルーシー・・・・・・」

「しゃべっちゃ駄目! 治療道具はどこにあるの!」

「戦車の中、シートの裏・・・・・・」


 その弱々しい言葉に私の意識はゴラス隊長から再び彼に向かった。

 

「治療の必要は無い。今とどめを刺す、そこをどけルーシー」


 隊長は私達に銃を向けたままだ。


「なぜ私たちを助けてくれた彼にこんな仕打ちをするんです!」


 私は彼の盾になるべく隊長に背中を向けたまま言った。


「それが命令だからだ。忘れたのか、俺たちが受けた命令はトリガーを誘い出し見つけ殺すこと。正しい軍人とは常に命令に忠実であることが必要だ。見ろ、そいつを撃ったら日本軍のドローン達が止まった。トリガーを一人残らず殺せばこの戦争に勝てるんだ」


 ゴラス隊長は近くの守備隊のバギーを蹴り上げた。

 モチダを治療する隙が無く、私はただ両手で昴の傷を押さえていることしかできない。だがそれぐらいでは指の隙間から赤い液体がしみ出すのを止められない。


「そこをどけ、ルーシー!」

「いやです!」


 指揮者を失い日本軍のドローン達は動かない。モチダの身を守ることもゴラス隊長を攻撃することもしない。彼らはそこにたたずんでいるだけだ。


「ならば二人とも死んでもらうだけだ。マシソン上等兵、敵前逃亡の罪で銃殺刑に処す」


 ゴラス隊長はハンドガンを腰のホルスターに戻し、ガトリングガンを構えた。

 あんなもので打たれたら私達は、ばらばらのただの肉塊に変貌してしまうだろう。


「モチダ!」


 私はモチダの体に覆い被さった。

 その直後に大きな砲撃の音と衝撃に私は身をすくめた。だが、自分達の身には何も起こらなかった。

 しばらくして、そっと後ろを振り返ったが、さっきまで立っていた場所にゴラス隊長はいなかった。そこから十数メートル離れたところに真新しい残骸があった。至る所から電気的な火花を上げ煙をまとっている。その人に近い形の真新しい残骸はよろよろと立ち上がった。


「そんな、馬鹿な・・・・・・日本軍は動けないはず・・・・・・」


 その残骸はゴラス隊長だった。ジャケット型装甲の胸の部分に大きなへこみがあり、あちこち装甲が剥がれ落ちている。

 ヘルメットのキャノピーは割れ、頭から血が流れているのがわかる。一両の戦車が彼に近づき、主砲を向け発砲した。

 そのとき響いた音と衝撃は先ほど背を向けていたときに聞いたものとおなじだった。隊長は戦車の砲撃をその身に受け、再び十数メートル強制的に立ち位置を変えられた。さらにその身を残骸と変えたゴラスは今度は立ち上がらなかった。その周りに三台のロボットが取り囲み、右手のガトリングガンを彼に放った。

 ついさっきまで彼が放とうとしていたガトリングガンがその身を削る。

 最後にとどめとばかりロボットの一台が踏みつけた。

 この残虐行為に加わっていない一台のロボットが、私達の元に近づき跪いた。


「サイタマ!」


 このロボットが跪き胸が開くと、中からモチダと同じ年頃の少女が飛び出してきた。彼と同じレザースーツを身にまとい、右手には銀色の手提げバッグを持っている。


「どいて!」


 モチダの体に覆い被さっていた私を突き飛ばし、彼の体を奪うと、そのレザースーツをナイフで切り裂き始めた。

 現れた傷を消毒薬で洗い、出血を止めるために傷口を医療用ホッチキスで留めてふさいだ。


「あなたは何者なの?」


 私も治療を手伝いながら少女に聞いた。


「私もトリガーです。見習いとしてサイタマに同行していました」


 止血剤と抗生物質を注射して、昴の上半身にさらしをきつく巻いた。そのとき昴がうめいた。白い布はすぐに赤く染まる。


「ここでできる応急処置なんてこんなことぐらい。いそいでサイタマを基地に運ばないと。あなた手伝って」


 先ほど少女が乗っていたロボットが動き、両手の平を上に向け地に置いた。

 私と少女はモチダを運び、ロボットの手のひらの上に彼の体を乗せた。


「一緒に行こうルーシー。まだレストランで無料のグリーンティーを飲んでいないよ」


 そこに寝かされたモチダは弱々しい声で私に手を伸ばした。

 私はその手を握らず首を振った。


「駄目よモチダ、私はいけない。祖国は裏切れないもの」

「こないというならあなたは我々の敵です」


 少女が銃を構え、私に向ける。


「いいんだ・・・・・・サンライズ、ルーシーを許してやって」

「まだそんなことを言ってるの、サイタマ。女にうつつを抜かしているからこんな目にあうのよ」

「お願いだ・・・・・・サンライズ」

「また敵になって私たちに向かって来ても知らないからね」


 彼女は銃を腰のホルスターにしまい、モチダを載せたロボットの手のひらの上に立ち、私を見下ろした。


「では、お別れです。アメリカ兵さん。送ってはいかないのでひとりでどこにでも歩いて行ってください。次に戦場で会うときは敵です。そのときは容赦はしませんから」

「ルーシー・・・・・・」


 横たわっているモチダの瞳が私の顔を見つめる。彼の顔は血の気を失っていて青い。

 その瞳に吸い寄せられるように、私は屈んで彼の顔に自分の顔を寄せる。


「ワタシハ スバルヲ アイシテマス」


 そう前にならった片言の日本語で言ったあと、そっと彼の唇に自分の唇を重ねた。


「僕もだよルーシー」


 唇が離れたあと、スバルも力なく微笑んで応えた。

 ロボットが立ち上がり、手のひらに載せられたスバルの体も上がっていく。私ははそれを少し離れ見送った。


「さよならスバル、私の家族・・・・・・」


 彼と少女を乗せたロボットは、私に背を見せ基地への帰投についた。他のロボットや戦車達も後に続いた。

 私も彼らを見送った後ロボット達とは逆の方向に歩き始めた。

 後ろを振り返ったりしない。


 ロシア軍や日本軍の車両の残骸が残る平原を、一人歩いた。

 先ほどまで戦場だった場所にはどこからか沸いて出てきたかわからないがドローン達がうごめいていた。

 これらは日本軍のドローンだ。

 ドローンといってもモチダが指揮していた者達とは違い、彼らには武器が装備されていない。

 彼らはせっせと残骸を拾い集め、それらを背中にあるカーゴへ放り込んでいく。人の拳位しか大きさのないものまで地面からほじくり出し、集めていく。 

 彼らにとってそれらはゴミでは無く資源なんであろう。


 彼らはいつも戦闘の後に現れる。私達は戦場のゴミ拾いをしている彼らをスカベンジャーと呼んでいる。

 もしここに生きている兵士がいれば彼ら自身が、または連絡を受けた日本人がやってきて治療をしてくれる。1年前の私のように。

 そして死体があれば、きちんと遺体袋に入れて届けてくれる。ゴラス曹長の遺体もロシアかアメリカかはわからないが、後日そのどちらかに届けられるだろう。

 彼らは戦闘に、あるいは生きているものに興味が無いのか、私に敵意を向けない。逆に作業を中断し、道を譲ってくれるものまでいる。


 たくさんのスカベンジャー達がうごめく元戦場を私は一人で歩いた。

 機動装甲には方向を示すGPSと仲間と連絡する無線機が装備されたいたが、私はそれをパージしてしまった。ただなんとなくこっちだろうという勘で歩く方向を決めているだけだ。

 荒野に一人取り残されているという寂しさ、このまま基地までたどり着けず、ここで果ててしまうのではないかという不安は不思議と無い。


 元戦場に爆音が響き渡った。

 また戦闘が始まったのかと思い、辺りを見回したがスカベンジャー達に特別な動きは無い。いまだゴミ拾いを黙々と続けている。戦闘が起こったのならば、その機能が無い彼らはすぐに退散してしまうだろう。


 爆音の発生源の方向に私は視線を合わせた。それは爆音だけでは無く土煙まであげてこちらに近づいてくる。

 それは一台の車だった。屋根やサイドパネルを取り外し、フルオープンにされたジープがこちらに向かって走ってくる。それのフロントガラスの両脇の柱にはそれぞれ大きな星条旗と白旗が結びつけられていた。


「フラーンツ! みんなー!」


 私が大きく伸び上がって両手を振ると、ジープの乗組員もこちらに手を振り返した。


 仲間が迎えに来た。機動装甲をパージするとわずかに残されたパーツから緊急信号が発信される。それをたどって来てくれたのだろう。


 私を乗せるとジープは来た道を引き返し戦場を後にした。

 スカベンジャー達は私達に興味を示さない。

 ただそのうちの1台が作業を止め、私達が遠く見えなくなるまでそのモノアイのカメラをこちらに向けていた。

(完)

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パラダイス 長谷嶋たける @takeru0627

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