最終話
彼女は弄りはじめたスマホから顔を上げた。
「平手さんは、その、立石君のことが・・・好きだったの?」
恐る恐る聞いたが、やっぱり後悔はした。せっかく沈静化したこの状況に、再び波風を立てた気がしたから。
「好きとは、ちょっと違うんだよな~」
彼女は悩ましげに腕を組んで上を見つめているが、怒っているようには見えない。
「もう、小さい頃から家族ぐるみで遊んでいたから、家族みたいな、親戚みたいな感じかな。」
「そっか」
「なに?私と実が付き合っていて、その仕返しに呼び出したって思った?」
「いや、ううん…ひっ、秘密でお願いします」
平手さんは大笑いした。今まで彼女の声を聞いた中で、一番素直で、一番優しい声だった。
お陰で私も、胸の奥の小さな堰がとれて、綺麗な水が流れ出したみたいにすっきりした。
子供の時から友達が少なかった私にはわからない関係性だろう。だからこそ、羨ましい気持ちもする。もうその位置には平手さん以外いることができないから。
あっでも、デートしかけて、彼女になりかけたこの位置も、平手さんは一生なれないのか。そう思えば悪くもない気がした。でもやっぱり、針の先で突かれるような罪悪感は、まだまだ消えそうにない。
「お待ちどー様でしたー、アボカドとダブルチーズのハンバーグセットです。火傷にご注意してお召し上がりくださーい。」
机の上に置いたままのブローチの箱を急いでポケットにしまい、運ばれてきたハンバーグを受け取った。
今までに見たこともないトッピングのハンバーグにだいぶん圧倒されたけど、食べてみれば意外と美味しかった。平手さんはここに来ると必ず注文するらしい。
食べながら私も少しづつ質問したり、学校のことを話した。平手さんは嫌な顔せず何でも話してくれて、私の中の冷たいイメージの平手さんは氷が溶けてゆくように無くなり、体温を持った実像に変わっていった。
こんなに小さな世界でも、私はまだまだ何も知らないんだ。
チーズと絡めたアボカドを食べながら、ちょっと胸が弾んだ。
誰かが亡くなったことで友達が出来るなんて端から見たら不謹慎な気もするけど、私たちはこの日から友達になった。
あれから月日は経ち、私たちはつかず離れずの関係で友達関係が続いていった。
私は平手さんのことを陽子と呼ぶようになったし、君の代わりのようにLINEをたくさんするようになった。
陽子は相変わらず女子カーストのトップにいて、私も冴えない女子高生をやっていた。
でも、心の中はあの頃のように鬱屈としてなかった。梅雨の大雨の中で雨宿りの場所を見つけたような、不思議な安心感があった。これが友達を持つと言うことなのかと、17歳にしてはじめた実感した。
ファミレスでの激昂事件は「山口が平手様を怒らせた」というネタで秒速で学年中に伝わり、名前もうろ覚えな同級生から色々聞かれたけど、「プライベートな事だから」の一言でなんとかやり過ごした。
だけど、あれ以来陽子が真面目にトイレ掃除をするようになったことで、逆に私が本当は凄い奴なのではないかという噂も立ってしまった。
でもまぁ、人の噂もなんとやらで、二ヶ月もすれば何もかも霧のように消えてしまった。
そして、陽子は変わると言ったものの、卒業までカーストのトップに君臨し続けた。変わるって本当に難しいことだなぁ、と二人でよく嘆いてたっけ。
君が亡くなってから二年後の今、ある理由から少しレベルの高い志望校に挑戦して見事合格し、大学の寮で新しい生活を始めていた。
だいぶん慣れてきたキャンパスライフから帰って寮の玄関に着いた時、なんとなく門の脇に咲いているピンクの紫陽花に触れてみた。花弁は絹のように柔らかで心許ないけど、根はしっかり着いているようだ。
寮母の小太りのおばちゃんは、お花を育てるのが趣味みたいで、毎年寮のあちこちに季節の花が咲くらしい。
傘越しに見上げた空はどんよりと堅そうな雲が覆い被さり、湿った空気と傘にぶつかる雨音が心をかき乱す。
紫陽花には色によって花言葉がある。白には「寛容」。青には「無常」「辛抱強い愛情」。そして、ピンクには…
「泉、何してるの」
振り返ると、髪をひっつめにした陽子が赤い傘を差して近づいてきた。私がレベルの高い大学を選んだのは、陽子に誘われたからだ。
『私が社長をやって一生食べさせるからついてきて』と高三なって進路希望の紙を書く時に懇願されて私が折れたのだが、いまだになんの会社をやるのかは決められないと言っている。困った上昇志向だ。
「う~ん。立石君のこと考えてた」
「いまだに猛烈片思い中だね。そんなブローチ付けちゃってさ」
私は胸元に付けたブローチを見た。白いTシャツに紫陽花のブローチを付けていたが、まだまだこれが似合うほどオシャレにはなれない。
「来週命日だから、そろそろ夜中に出てくるかもよ」
「あははは、ちょっと嬉しいかな。てか、その傘どうしたの。やけに派手だね」
陽子はにんまりと満足げな笑みを浮かべ近づいてくる。
「いいでしょ。ちょっとね、冒険してみたの。今まで青か緑ぐらいしか持ってなかったから。似合う?」
スカートを摘まみ、モデルのようなポーズをとってくる。いや、体のラインが美しすぎて、モデルその物だ。アパレルの会社でもやればいいのに。
「うん、モデルみたい」
そう言うと、鋭い目を柔らかく細めて、優しく微笑んでくれた。
「ありがと。あ、ねぇ昨日の経済の講義、ノート取ってる?今から私の部屋で見せてくれない?実は途中居眠りしちゃってさ」
私は頷いて、一緒に並んで寮へ進んでいった。何を隠そう、今の私のスマホ待受は、昼下がりの光を浴びてうたた寝する平手様なのだ。恥ずかしがる顔が楽しみで仕方がない。
寮の玄関について振り返ると、ピンクの朝顔は暗い空の鋭い雨の中でも、生き生きと咲いていた。例え花が開かず、踏みつぶされるつぼみがあっても。
そう、ピンクの紫陽花の花言葉は「元気な女性」そして、「強い愛情」。
だけど紫陽花全体では、「浮気」「移り気」なんてのもあるらしい。
君は今でも、紫陽花みたな人だと、言ってくれるかな。
もちろん、いい意味で。
終わり
紫陽花みたいな 繚光 @ryoukou07
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