第6話

平手さんは時々しゃくりあげながら、ゆっくりと話してくれた。


「立石のおばさんが言ってたの、アイツが家出る前に『約束の時間に遅れそう』とか言って、玄関から走って行ったそうなんだよね。どうせ電車は何本もあるから大して変わんないのに。でも、走って行って、家の前の生け垣で倒れたのを…。」


彼女はとうとう声を震わせて、鋭い目の端から流れ出る涙を手の甲で拭いはじめた。


「・・・私が、見つけたの」


「えっ…。」


もう、それ以外出る言葉がなかった。現実は、私の想像を遙かに超えて残酷だ。


「用事があって、たまたま家を出たの。そしたら、一軒家を挟んだ近所だったから、倒れているのが見えて。近寄った時にはもう息してなくて」




それから、平手さんのスマホで救急車を呼んでいたら、すぐに立石のお母さんも出てきた。


救急車にはお母さんが乗り、平手さんも後からタクシーで病院に行ったが、その時にはもう為す術はなかったということだった。


原因不明の突然死。


だからこそ、一番の原因になり得るのだと。


聞き終わった時には、私の心の水面に黒い水滴が落ち始めていた。ポツン、ポツンと落ちるたびに声がする。





私のせいだ。





「いや…でも、アンタのせいじゃないから」


ビックリして、彼女を見上げた。

私の心を突き刺すように鋭い目つきが帰ってくる。あんたが思っていることなんてお見通しだと言わんばかりに。


「私さ、アンタみたいな人間が一番嫌いなんだよね。私たちが嫌な仕事押しつけても、本当は嫌なくせに顔色一つ変えず受け入れて、黙々と掃除してさ。『どうせ私は…』っていじけて、世界で一番不幸な人みたいな顔して生きていくじゃん。なんなの?」


心を抉られるような暴言に、さすがにもどかしさを感じる。でも、言い返せない。私だって思ってる「なんなの?」って。


なんなのこの人生って。


「だからさ、変わろう。」


「…へ?」


展開が急すぎて、心が追いつかない。


「さっきはアンタのせいみたいな言い方しちゃったけど、言い換えればさ原因不明って事は誰も悪くないんだよ。そもそも、アイツが一番嫌がるじゃん。デートの待ち合わせの子が一番の悪者なんて。だいたい、デートに行かなかったら死ななかったなんて保証もないだし。」


「…うん」


頷くのも迷うぐらい、話の解釈が変わっていく。平手さんはもっとクールな人だと思っていたが、意外と感情の起伏が激しい。


「私、言われたんだよ。実に。『山口さんみたいな人と、友達になった方が良い』って。言われた時は、正直意味分かんないって思ってたけど、でも、もうアドバイスしてくれることもないしさ。遺言だと思って信じてみようかなって。なんかいつも絵里花とか奈美とかくっついてくるけど、どっかで怯えてる感じもするし、友達って言っても有利な方に近づいているだけで、私より強い人が現れたらすぐにそっちになびくんでしょう。」


「いらっしゃいませー、ご注文はお決まりですか-」


お冷やが二つテーブルに置かれた。

このときはじめて店員さんが来たので、何も頼んでいないことに今さら気づいた。


慌てて涙を拭いながらも、もっと早く来れば良いのにと思ったけど、ちょっとお騒がせしたから来るのを躊躇っていたのかも知れない。


「あ、そっか。何か食べる?」


と、テーブルの横に立てかけてあったメニューをすばやく私に渡してくれる。


私はメニュー選びが苦手だ。色々美味しそうなものに目移りして時間をかけるんだけど、結局ハンバーグとかミックスフライとか定番のものしか選べない。


「じゃあ私は、アボカドとダブルチーズのハンバーグセットで。泉は?」


「えっ、ええ」


注文を急かされたうえ、いきなり下の名前で呼ばれたので、あからさまに狼狽えてしまう。


そんなメニューどこ載ってんの?


てか、泉って・・・。


「じゃ、同じもの二つで」


店員さんは注文を復唱して、忙しくその場を去って行った。


ちなみに、私は何も言ってない。




少し沈黙が流れた。

お客さんたちはもう私たちのことを見ていないし、クラスの女の子たちもいなかった。


でも、あの激昂を見ていたらと思うと、今からでも肩身の狭さで潰されそうな気分になる。


平手さんは言いたいことをいってしまったのか、赤い目をしながらもさっきよりも柔らかな、さっぱりとした顔をしている。


私は、再びブローチに目が行ったので、何気なく箱の端を指でなぞっていた。そして、間を埋めるように頭の隅に引っかかった疑問がするりと口から漏れた。


「一つだけ、聞きたいことがあるんだけど」


つづく

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