第5話
二人だけの席というのは相手と気心が知れてないと、逃げ場を失ったような気分になる。
平手さんが通路側に座ったため、窓際に座るしかなくなった。
こんなに面と向かって彼女を見るのは初めてかも知れない。睫毛も眉毛も爪の先も息が詰まるほど整っている。
「私の所に来てって言ったのに、来てくれなかったね。」
何気ない風を装って、鋭い切っ先が私に向かってきた。
駄目だ、降参だ。
確かにお葬式が終わって平手さんの所には行かなかった。というより、行こうとする前に彼女が来ていたんだけど。
もしかしたらこれは、何か彼女を不快にさせることをしたのかも。だからこんな風に呼び出されて、もしかして平手さんと君は付き合っていたとか…。
「ごめんなさい」
私は素直に頭を下げて謝ることにした。今日は何があってもすべて謝ろう。まぁ、それは今までと変わらない気もするけど。
「い…いや、違う。そういういうことじゃなくて。ごめん、頭を上げてくれない。」
平手さんにしては弱気で悩ましげな声色だったので、私はゆっくりと頭を上げて彼女を見た。顔を手で覆っていて何かを後悔している風に見える。
さっき感じていたトゲトゲした印象はないが、平手さんらしくない。
平手さんは大袈裟な深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。
「実とは、幼稚園からの幼なじみで、家も近いの。」
間が空いて、私の目を見てくる。さっきのナイフのような眼差しではなく、ちょっと戸惑っているような感じで。
「で、私とアイツは学校ではあんまり話さないけど、よくLINEしてたのね。なんか悩みとか愚痴とかどうでもいい話ばっかり。で、ある時デートに誘いたい子がいるって言われて」
私は静かに頷いたけど、内心は意外な裏事情に驚いていた。君はまるでその場で思いついた事のように言ってたけど、実は前もって考えた末のお誘いだったのか。
「で、プレゼントもしたいからああいう、う~ん。ちょっと気分が悪くなったらごめんだけど、ちょっと暗い子は何が喜ぶかって聞かれて…。」
「はは。大丈夫です、間違ってないんで」
平手さんは意外と正直な人なんだな。・・・君もね。
「結局、こうなっちゃって、アイツからは渡せなかったんだけど、昨日、私お通夜にも行ったの。親同士も仲良かったし。そしたら母親から、立石のおばさんって呼んでるんだけど、その人からこれ渡されて、私にあげるつもりだったんじゃないかって」
そう言いながらポケットから取り出したのは、小さな青色のケースだった。
宝石ほど小さくないが、片手に収まるほどのサイズ。表面がプラスチックでちょっと安っぽい。
「開けて良い?」
「いや、あたりまえじゃん」
自分で言ったことのおかしさに恥ずかしくなって、ちょっと笑うと、平手さんも少し笑った。
開くと銀色で花のような形をしたものが入っていた。
「ブローチ?」
「うん、先に見ちゃったんだけど、紫陽花のブローチみたい」
よく見れば、細かな細工で花弁一つ一つをかたどっている。でも、そんなに高そうな感じもしない。
「なんで、紫陽花なんだろう」
私は誰に言うまでも無く何気なく発したつもりだったが、彼女は親切に答えてくれた。
「なんか、LINEで言ってたよ。紫陽花みたいな子だって。周りに誰もいなくても、一人で花を咲かせている感じがするって。だから、紫陽花の何か探して来たらって言ったら、まさかのブローチになってた」
最後はちょっと笑ったように言っていたけど、私は一緒に笑えなかった。だって花を咲かせるだなんて、そんなんじゃない。ただ、人と付き合うのが嫌で、一人でいる方ばかり選んでいただけ。
「私は綺麗な紫陽花じゃないよ。花も咲かせずに落ちていくような、雨の中で誰かが踏んでも気づかないような・・・!」
ダンッ!っと机が音を立てた。
顔を上げると平手さんが私を睨んでいた。
逃げ場がない。
窮鼠猫を噛めない。
眼力だけで心臓が止められそうだ。
つい、ネガティブなことを口走ってしまったせいだけど、弁明の仕方がわからない。
「あんたさぁ」
さっきよりも低い声で切り出す。
隣で新聞を読んでいたスーツのおじさんがちょっとこちらを見たが、平手さんは構わず続ける。
「いつまで、そんなこと言ってんの?実、死んだんだよ。その実が最後に会いたかったのが、アンタなんだよ」
だんだんと、声量が大きくなる。
それに比例して、私の恐怖心が胸を打つ。
「アイツはあんたのこと可愛いと思ってたんだよ。だから、デートに誘ったんだよ。プレゼントして喜んで貰いたいと思ったんだよ。あんたは、アイツが死んでもその気持ちに気づかないの!?答えないの!?」
平手さんの激昂が最高潮に達した時、もう店内のほとんどの人が私たちを見ていた。
でも、彼女からは見えていない。
私は、恐ろしさと悲しさと恥ずかしさと自己嫌悪がごっちゃになって、涙で視界が揺れ始めても何も言えなかった。
でも、いつのまにか気落ちした平手さんが涙声で話し始めた次の言葉は、その真意を聞かずにはいられなかった。
「・・・あんたとデートの約束しなかったら、死ななかったかもしれないのに。」
「えっ、どういうこと?」
つづく
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