第4話
私と君しか知らないことを、なんで平手さんが知っているのだろうか。
いや、女子トイレだったから盗み聞きされていた可能性だってあるけど、それでもなぜ平手さんがこんなことを聞くのか。そして、なんで下の名前で書いているのか。
色んな疑問が渦となって私の頭をかき乱すけど、平手さんは顔色一つ変えず、次の文章を打ち始めた。
「(お葬式が終わったら、私の所に来て)」
淡泊な文章と彼女の表情からは怒りなのか哀れみなのか、一体どんな気持ちが込められているのか、全くわからなかった。
とりあえず軽く頷くと、彼女は何も言わず立ち去っていった。
イケてるグループのメンバーは、私たちを見てないふりをしながら見ていて、時折声を落として話しては、蛇が草むらを移動するような不快な笑い声を立てていたと思う。
平手さんが帰ったとたん、エサに群がるピラニアのように話の内容をせがんでいたが、平手さんはそれらを軽くあしらうほどの地位にいた。
と、勝手な被害妄想が暴走する。実際は違うのかも知れない。
別に私と平手さんの話の内容なんてどうでもよくて、今平手さんと話していることも全然違う話なのかも知れない。私と平手さんが話していることなんて彼女たちにとっては話題にするほどのことでもなかったりして。
溜息が漏れた。
どこかで身につけた僻みは、何の得も生まないのに私の世界を悪者で溢れさせた。なんでこんな私が君よりも長く生きているのだろうか。
生きてる人間。死んだ人間。
歓迎される夏。鬱陶しがられる梅雨。
世界は理不尽で、残酷だ。
君の遺影はあの笑顔だった。
夏に撮ったのだろうか、この前会った時よりも浅黒くて、でもやたらと爽やかだった。
いい人から先に死んでいく。誰かがそう言っていたのが聞こえた。見渡せばクラスのほとんどの子と、彼が所属していたサッカー部、クラス以外の同級生など大勢が集まっていた。
泣いている子も多かった。
お葬式は四年前の母方のお祖母ちゃん以来だったから、お焼香の上げ方にちょっと手間取ってしまった。慣れるべきものか、慣れなくてもいいものなのか、わからないけど。
君が霊柩車に乗せられ、親族や関係者がマイクロバスに乗って会場を去って行ったことで、沈黙が終わりを告げた。クラスの女の子や、仲のよかった男子などは目を真っ赤にして、鼻をすすりながら友達と一緒に帰って行く。
私は軽く目の下に触れてみた。濡れていない。薄情な奴、と君は思うかな。
「山口さん」
白を基調とした大きな玄関口に佇んでいると、雑踏の後ろから平手さんが近づいてきた。目や頬が薄らと赤いので、いつもより優しく見えた。
いつもは何事にも強気で腰巾着がついて回るほど上流階級の人だけど、実際はお葬式に出て泣いていない私よりも、数倍人間味があるのだろう。
「ファミレスでいいかな?」
チラッと私を見てそう言うと、返事も待たずに駐車場の中を入り口の方へ進んでいく。「うん」と言った時には、もう背中を追う形になっていた。
葬儀場から五分歩いたところに、チェーンのファミレスがある。その間一言も会話もせずに、彼女の背中を見ながら歩いていた。その時ちょっとだけ腰巾着になる気持ちもわかった。背中を追いかけるのはとても心細いから、せめて横顔を見て顔色を覗っていたい。
女子高生が背中で語る事なんて、寂しいことしからないから。
「いらっしゃいませーーー」
扉を開けた瞬間、お店の喧噪に負けじと女性店員が声を張り上げた。時間は十二時過ぎた頃。お昼のお客さんで一杯だ。
私たちは二名と言うこともあって、待っていた四~五人の団体客より先に席に通された。左奥の窓際の席に行く途中、クラスの女子五人が座っている席を通ったので、平手さんが声をかけられた。平手さんは軽く手を上げて返事をしたけど、彼女たちは私を見てやたらと驚いた顔をした。
「えっ、平手さんと山口さんってそんなに仲良かったっけ?」
「私がこの人に用事があるだけ。」
仲がよくないと一緒にいちゃいけないのかよ、という歪んだ気持ちは封じ込めて、私も苦笑いして頷く。それでも彼女たちは気になるようだったけど、平手さんは無視して席へ行った。
つづく
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