第3話

シャワーから上がると、洗濯カゴに置いていたスマホがタオルにくるまれていた。娘の惨めな経験を知っていたかのような優しさに、ちょっと泣けてくる。


どうせ誰からも連絡なんて来ていないから、化粧台で髪の毛を乾かした後、そのまま持って回った。


二階の窓際に黒さが増したワンピースをかけ、その下に水滴を受け止める風呂桶を置く。


台所から取ってきたバナナを食べて、板チョコを噛みながらやっとタオルを開いてスマホを見ると、カメラの近くが青く点滅していた。


通知するものはいくらでもある。SNSにニュースアプリ、アイドルのファンクラブのメールのどれかだろうと思って開くと、留守電だった。


スマホに留守電機能があることを初めて知った。


電話番号は知らないところだけど、留守電を残すなんてよっぽどのことだ。考えるほどの心当たりもないので再生ボタンを押して、耳に当てる。



「山口さん、休日にすみません」



聞き覚えのある気弱な女性の声が、妙に心をざわつかせた。



「担任の江藤です。本日は喫緊のお知らせがあって、お電話いたしました。実は同じクラスの立石実君が、今日の朝お亡くなりなりました」



名前を聞いた瞬間、梅雨の晴れ間に差すような笑顔が脳裏に浮かんで、息が止まりそうになった。



「死因は突発的な心臓発作と聞いています。つきましては、本日の七時より通夜、明日の十時よりお葬式となりますので・・・。」




気づいたら天井を見上げていた。頭の中で先生の言葉がリフレインする。


お亡くなりに・・・


お亡くなりに・・・


お亡くなりに・・・。




お通夜には行かなかった。


母に留守電を聞かせた時「そんなに親しくないならお葬式だけで良いでしょ」と言われ、返す言葉がなかったのだ。


確かに親しくはない。


親しくなる予定はあったけど…。


その日の晩ご飯に出たピーマンの肉詰めは、全部味がしなかった。


自分の部屋に帰ると、いつまでも乾ききらないワンピースが、私の意識から離れない。誰かに見られてるようで、泣くに泣けないまま、一晩中土砂降りの雨音を聞いていた。




そして、お葬式の日はまた嘘のような快晴で、夏服の制服でも恨めしいぐらい暑かった。


「私のせいではない。」


という身勝手な自己暗示に縋りながら、会場まで足を進めた。途中からバスに乗ると、同じクラスのあのイケてる女子グループ三人と顔を合わせた。


お互いあまり話したことがないから、ちょっとの間があった後に挨拶を交わして、私は一番後ろの席に座った。


後ろから車内を見渡すと、同級生の男子や女子が車内の半分ほどを埋め尽くしてしたけど、会話は弾んでいなように見えた。


窓から過ぎ去る夏の街は、どこもかしこもやけに光り輝いている。行き交う車のフロントガラスに、風に揺れる木立の木漏れ日。コンビニの窓ガラスに、その前にたむろするジャージを着た学生たちの笑顔。


人の命は、なんてちっぽけなんだ。


「ちょっといい」


外ばかり見ていて、気配に気づかなかった。

私の横にあのイケてるグループのリーダー格、平手さんが来ていた。制服の肩に掛かる長い髪が、ツヤツヤと光を反射して綺麗だ。


私は突然のことに緊張して頷くことしか出来なかった。


隣に座った平手さんは、制服のポケットからおもむろにスマホを取り出すと、何かを打ち始めた。


この場で私の悪口をSNSに書いているのだろうかと不安に駆られた時、スマホを下ろして私の太ももを触った。びっくりして下を見たとき、心がバスから置き去りにされそうになった。




「(実とデートしたんでしょ?)」


つづく

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