第2話
そして当日。
前の日からタンスにしまっていた埃っぽくて時代遅れな洋服たちを、鏡の前で体に合わせては矯めつ眇めつ見ていたけど、結局最近買った黒のワンピースに落ち着いてしまった。
今さら可愛い服なんて持ってないし、誰も見ないし、ましてやデートなんて・・・。
色んな言い訳をしながら、冴えない服と冴えない顔のまま家を出た。
私はまだこの時高校二年生で、人生には色んなことがあると言うことを、いまいち実感していなかったと思う。
だから私は、五時間も君のことを待ち続けられた。
十時ぴったりに花崎公園に着いたときは、学生や家族連れが港沿いの広場に集まりはじめた頃だった。
天気予報は梅雨の晴れ間と言っていたし、今日一日ぐらいは傘を持たないで大丈夫だろう、と思って持ってこなかったが、三十分後には私の肩がうっすらと濡れはじめていた。
次第に鈍色の雨雲が、世界に蓋をするように空を覆い尽くし、やがて本降りの雨となっていった。
花崎公園は空が晴れる前提でつくられているようで、日差しを避けるには木立の影に潜めば良いが、雨をふさぐものは何もなかった。
私はそれでも、花崎公園の入り口近くの木立に身を潜め、じっと君を待っていた。時々スマホを見ては雨粒と共に消えゆく時間を確認し、溜息をつく。
そんな時間が果てしなく続いた。
今頬を伝っているのは涙だろうか。
それとも、雨だろうか。
もう、涙と雨の境目がわからない。
生まれてはじめて、デートに誘われた。だけどもう、君を待っていなかった。
私はその「はじめて」の結末を、あまりにも最悪な結末を、受け入れるのに時間がかかった。
連絡先を交換しなかったスマホはピクリとも動かず、待ち受けは校内で隠し撮りした、サッカーユニフォーム姿の君の背中を写している。
黒のワンピースを着て行ったのは正解だった。濡れても透けないし、遠目から見たら濡れてることもわからないだろう。
やっぱりどこかで自分の役目を予測していたのかも。
時計が三時近くになった頃、雨は人を馬鹿にしたような小糠雨になった。
さすがにお腹が減ったから、家に帰ろうかな。
泥を詰め込んだような感触がするスニーカーを引きずりながら、公園を出る。
確かに自分の足で帰ってきたはずけど、気づいたら我が家の茶色い引き戸の前に立っていて、一瞬壮大な幻を見たのかと思った。
何を考えながら家に帰ったのだろう。靴の中の気持ち悪い感触のせいで何もかも考える気にはならなかった。
さっき通ったばかりなのに、駅の改札も、電車の中も、漠然としか覚えていない。
黙って玄関に入り、そのままリビングのドアの手前にある風呂場に直行した。
スマホを洗濯カゴに放り投げ、濡れた服を浴室の中で脱いで、シャワーを出していると、お母さんが脱衣所に入ってきた。
「泉、帰ってたの?」
よかった、間に合った。
「うん、雨に濡れちゃってさ、それにワンピースに抹茶タピオカぶちまけっちゃってさ、今濡らしてるところ」
「あらら、それは散々だったわね。ワンピースはクリーニングに出してあげるから。あんまり絞っちゃだめよ」
「うん、ありがとう」と言って、スタスタと母が去っていったあとに、ワンピースを軽く絞り、桶の中に入れて脱衣所に出した。
いくら雨に濡れたと言っても、帰ってきてビショビショに濡れてるとさすがに不審に思うだろう。
抹茶タピオカを、私にじゃなくて君の顔にぶちまけたい気分だ。
その後、体を温めるためシャワーを浴びたらだんだんと気力が戻ってきて、悲しみよりも怒りが増してきた。
君と呼ぶのも止めて、アイツと言うことにした。アイツという呼び名すら惜しいぐらいだ。
私がただのおとなしい女子高生だと思ったら大間違いだ!
つづく
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