紫陽花みたいな
繚光
第1話
私は惨めな紫陽花だ。
同じ班のイケてる女の子たちは、私にトイレ掃除を押しつけどこかへ行ってしまった。誰もが嫌う環境に私一人。
咲く前に枯れてしまったような惨めな紫陽花。誰にも意識されずに踏みつぶされた、汚い紫陽花みたいだ。
「ごめん、洗剤貸してくれない?」
デッキブラシで床を磨いていると、申し訳なさのそうに君が来た。こんなところを君に見られたくはなかった。私は黙って用具の棚から洗剤を取り出し、渡す。
「山口さんって、いつも一人で頑張ってるね」
胸の奥が跳び上がる。
「そんなビックリする。山口さんウケる」
あまりにいきなりのことで、思わず顔をガン見してしまったけど、君は笑ていった。
梅雨の晴れ間に顔を出した太陽のようだ。
「名前、知ってるんだね」
口に出した瞬間に後悔した。ちょっと嫌みな言い方になってしまったかも。
「当たり前じゃん、同じクラスだろ。てか、あいつらにさせなくていいの?理不尽じゃない?」
優しいな。
「いいの。だいたい昔からこんな役目ばっかりだから。慣れてる。」
ちょっと突き放すように言ってから、私はまたデッキブラシを動かした。
君の顔は見ない。どうせ困った顔をしているから。そしてもう、私に話しかけることを止める。それでいい。それが高校生が平和に過ごすシステムだから。
でも君の足は全然動かなかった。「今からそこを掃除したいんだけど」と、メッセージを込めながら君のシューズすれすれまでブラシを近づけても、君は動かない。
諦めて顔を上げると、君は私のことを真っ直ぐに見つめいた。怒りでも哀れみでもなく、ただひたすらに。
「…怖いんだけど。」
高まる鼓動の中には嬉しさもあったが、そんなことは口には出さない。
「山口さん、土曜日空いてる?」
「はぁ?」
「二人で遊び行こう!」
「…意味分かんないんだけど」
「だってさ、いつもこの世の終わりみたいな顔してんじゃん。なんか楽しい事した方が絶対良いって。ね。行こう。いや、決定」
「ちょっと待って!まだ私何も言ってないんだけど。そもそも二人でってそれ…」
一瞬、超失礼なこと言われた気もしたが、いちいち取り上げているヒマがなかった。
君は思っている以上に明るくて楽しくて、そして怖いくらい突っ走ることを私はこのときはじめて知った。
「大丈夫。花崎公園だから誰にも会わないって。じゃあ、明後日の土曜日の10時に花崎公園前に集合ね」
戸惑う私を尻目に君はまぶしく笑って、女子トイレから出て行く。
花崎公園なんて商業施設のすぐ隣じゃん。絶対誰かに見られるじゃん。
って言葉が喉元まで来ていたけど、他の男子が様子を見に来たせいで、何も言えずじまいになった。
つづく
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