この恋が実りますように~初めて恋した真面目女子大生が失恋するまでの3ヶ月~

魚思十蘭南

失恋するまで3ヶ月

それは突然の出来事だった。

私自身にも、何が起きたのかわからなかった。

体調不良とも違う、今まで感じたことの無い感覚。

私の貧しい語彙力では形容し難い。

ただ1つわかることは、私が初めて会ったその人を1目見て心臓が張り裂けそうになったことだ。



私がバイトをしているレストランに転属になった社員さん。

名前は赤崎亮平。

背が高く整った顔立ちで、笑顔が張り付いたような顔をしている。

性格は明るく社交的なようで、転属初日から従業員全員といろんな話をしている。


ピークが過ぎて暇していると赤崎さんが私の方に近づいて来た。


「えっと、藍沢さんだっけ。」


「はい。藍沢華です。よろしくお願いします。」


「よろしく。藍沢さん真面目だよね。勤務態度もすごくいいし仕事もしっかりできてる。頼りにしてるよ。」


「ありがとうございます。」


素っ気なく返したつもりだが、なぜか凄く喜んでいる自分がいて、それに大きく動揺している。

そしてそれを赤崎さんにバレたくないと思っている。

この世に生を受けて20年でこんな経験は1度もない。

どういうことだろうか。


「藍沢さんって大学生だよね?」


「はい。3年生です。」


「何か部活とかしてるの?」


「部活はしてないですが、学生自治会に入っています。」


「おー、凄いね。何か役職ついてるの?」


「一応会長をしてます。」


「凄いじゃん!どうりでしっかりしてるよ。」


「いやいや、そんな。あ、お客さん来たので行きますね。」


「はーい。」


今私、本気で照れてる。

傍から見たら相当気持ち悪いだろうな。



休憩時間になった。

あの後お客さんがぞろぞろと来て少し忙しく、赤崎さんと話すことはなかった。

おかげで平常心を保てたが、どうしてあの時私は動揺してしまったのか、不思議で仕方ない。


従業員室に入るとここの後輩である黄山さんがおにぎりを食べていた。


「藍沢さん、お疲れ様でーす。」


「黄山さんお疲れ様。今休憩?」


「はい。藍沢さん忙しそうだったんで先に入りましたけど、休憩同じです。」


「そう。」


「藍沢さん、何か悩んでます?」


「え、なんで?」


「なんとなくですけど、そんな気がしたので。あるなら聞きますよ。」


「じゃあ、聞いてもらおうかな。」


私は黄山さんに赤崎さんに対する私の妙な感覚を話した。

不安定な情緒、謎の高揚感、止まらない動悸、黄山さんは最後まで聞いてくれたが、途中から少し飽きたような顔をしていた。


「藍沢さん、それ本気でわかってないんですか?」


「何?わかるの?」


「当たり前ですよ。ズバリ、恋です。藍沢さんは赤崎さんに一目惚れしちゃったんですよ。」


ドキンと心臓が跳ねる。


まさかの回答だった。

私は今まで恋なんて1度もしたことが無い。

する必要がないとまで思っている。

そんな私が恋だなんて信じられない。


「そんな、黄山さん冗談キツいよ。私、恋なんてしたことないんだよ?そんなことあるわけないじゃん。」


「冗談じゃないですし、あるわけあります。だって人間なんですから。恋くらいしますよ。」


「いやでも私が恋なんて、赤崎さんに失礼だよ。」


「そんなことないですよ。藍沢さん凄くいい人ですし、見た目も綺麗ですし、雰囲気ちょっとえっちですし。」


「...最後のどういうこと?」


「なんでもないですよ。気にしないでください。」


「気になるから教えて。」


「そのままの意味ですよ。」


「だからそれが赤崎さんとどういう関係が...」


「俺がどうかしました?」


従業員室のドアが開き、赤崎さんが立っていた。


ドキン。


「赤崎さん、いつからそこに?」


「今来たとこ。何を盛り上がってたの?」


「ちょっとこっちの話です。」


「ふーん。まあいいけど。」


赤崎さんは私の左側の席に座った。

近い近い近い。

動悸が激しくなる。

顔が熱くて火を吹きそうだ。

心臓の音聞こえないかな。

今日変な匂いしてない?

少し汗かいたけど汗臭くないかな?

思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


「ちょ、ちょっとトイレ行ってきます!」


我慢しきれず逃げ出してしまった。

これが恋ならとんでもない。

恋なんてするもんじゃない。


こんなの、私は認めない。




バイトが終わり、下宿に帰る。

一人暮らしは慣れたけどバイト終わりに疲れて帰っても労ってくれる人がいないのは少し寂しい。


一通り食事と家事を済ませ、風呂に入る。

湯船に浸かって1日を振り返るのが私の日課だ。


今日もいろんなことがあった。

でも1番残るのはやっぱり赤崎さんのことだ。

これは恋じゃない。

でも何かと言われるとわからない。


恋ってもっと華やかで美しくて素晴らしいものだと思っていた。

もしこんな辛くて怖くて泥臭いのが恋なら、私のイメージしていた恋は幻想だったということなのだろうか。


恋愛という未知の世界、その幻想が音を立てて崩れていく。

小説やドラマで見るような美しい恋愛は表面上のもので、実際はこんなに苦しいものだとは思わなかった。

認めたくない。

でも今の状況を設定する上でそれ以外のものが見つからない。


私は赤崎さんが好き。

自覚するしかない。

赤崎さんはどう思うだろう。

嫌かもしれない。

気持ち悪いかもしれない。

でも喜んでほしい。

思考が複雑に脳内を飛び交う。


その結果、気づくと長時間入っていたのかのぼせた。

今までのぼせるまで入っていたことなんてなかった。

ふらふらしながら風呂から上がり体の水分をタオルで拭き取る。


おかしい。

やっぱり恋じゃなくて病気なんじゃないか?

何かの疾患でこうなったんじゃないか?


「明日病院行こ。」



風呂から上がるとスマホのバイブ音が聞こえた。

見ると黄山さんから電話だ。


「もしもし、黄山さんどうしたの?」


「いやー、藍沢さん今日のこと考え込んでお風呂でのぼせてるかなーって。」


「え、なんでわかったの。」


「え、マジでのぼせてたんですか。」


「そうよ。今までのぼせたことなんてなかったのに、今日はなんだかボーッとしちゃって。やっぱり何かの疾患だと思うから明日病院行くわ。」


「まあそれは病気っちゃ病気ですね。」


「黄山さんわかるの?私、何の病気?」


「いわゆる、恋の病ってやつです!」


「...切っていいかな。」


「いやいやいや、ボケじゃないですからね!?」


「私に恋なんてありえないって。赤崎さんも迷惑だろうし、やめておいたほうがいいよ。」


「へぇー、じゃあ私が赤崎さん狙っちゃおうかなー。実は赤崎さん結構タイプなんですよねー。」


「え...」


瞬間的に嫌だと思った。

でも別に構わないはずだ。

これは恋じゃないんだから。


「良いんじゃない?好きなら。」


「藍沢さんわかりやすく嘘ついちゃダメですよ。嫌だって思ったでしょ。」


「いや、そんな。」


「じゃあさっきの間は何ですか。一瞬、嫌だって思ったでしょ?」


「...うん。」


「それが恋ですよ。」


「そんなもんなの?」


「そんなもんです。」


「そっか...。」


「あ、そうだ。本題忘れてた。明日どうしても外せない用事が入っちゃったんですけど、バイト代わってくれません?また埋め合わせしますから。」


「え、急に!?」


「頼める人他にいないんですよー。ちなみに赤崎さんもいますよ。」


脳裏に赤崎さんの張り付いたような笑顔が浮かぶ。

明日も赤崎さんに会える...?


「仕方ないな。わかった。代わってあげる。」


「ありがとうございます!じゃあ失礼します!おやすみなさい!」


「うん。おやすみなさい。」


電話を切ると私はベッドにダイブした。

明日も赤崎さんに会える。

そんな些細なことが嬉しくてたまらない。

そうか、これが恋なのか。

嬉しさと少しの恥ずかしさで、枕に顔を埋めて足をバタバタと動かした。


明日の楽しみを胸に、眠りについた。

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