風と駆ける…。
宇佐美真里
風と駆ける…。
キーを挿す。
スターター・ボタンを押し、エンジンを始動。
アクセルを廻す。振動と共に、エンジンが低い唸り声を喚げる。
スタンドを蹴飛ばして僕は、勢いよくバイクに跨った。
鉄の塊の息吹をシート越し、リズミカルに感じる。
もう一度、アクセルをふかしてみる。
嬉しそうに"鉄馬"が雄叫びを喚げる。
「早く走り出したい!」
そんな"愛馬"の気持ちに応え、僕はゆっくりとクラッチをつないだ。
街を駆ける。
峠を抜けるのとは違い、左右に鉄馬を御すコトもなく、
ゆったりと…しかし確実にスピードを上げていく。
風を肌で感じ、夏に向けて主張を強め始めた陽の光を全身に浴びる。
ビルの間を抜けながら、
その窓を飛び交いながら追ってくる陽光に思わず目をひそめた。
信号待ち。
じんわりと浮いてくる汗。
青信号と共にスタートすると一瞬にしてそれは、
心地よい風を受け"ひんやり"とする。
目的地までは大した距離もなかった。
二十キロ程度…。たかだか三、四十分程度の距離だ。
ほんの数年前に週に一度は通っていた路。
通い慣れた路だった。
「お久し振りです。お元気ですか?
私は元気にやっています。
晴れて私も大学に入学出来ました。
三年振りに…お会い出来ませんか?」
思いがけない通知が届く。
三年前、大学に入学したばかりの僕は、
念願のバイク免許取得と同時に今の愛馬を手に入れた。
ローン返済のために通ったアルバイト…それは家庭教師。
鉄馬に跨り、週に一度の二十キロ…。教え子は高校一年生。
あれから三年…。彼女も今や大学生というわけだ。
「あのドーナツ・ショップで待っていて下さい」
途中のドーナツ・ショップで僕は、
いつもバイクを停め、ドーナツを二つ買ってから
彼女の家へと向かうのが、いつしか習慣になっていた。
国道沿いのチェーン系のドーナツ・ショップ。
彼女はチョコレートのかかった
甘いホイップクリームサンドのドーナツが好きだった。
僕は決まってクッキータイプのプレーンなドーナツ。
家庭教師を辞めて以来、
ご無沙汰だったその店もあれから三年…。
内装は一新し、雰囲気が全く変わっていた。
しかしメニューは当時のまま。約束の時間には、まだ早い。
僕は当時と同じドーナツを二つ買い、窓際のテーブル席に腰を下ろす。
ヘルメットを二つ、足元に転がした。
「バイク…後ろに乗せて下さいよ!?」
何度か僕に彼女は言った。
残念なコトにそれは無理な相談だった…。
免許を取りたてだった僕。タンデム走行は一年間お預けだ。
仕方ない。そう決められているのだから。
それに僕は家庭教師。
タンデムなど厳禁だと思っていた…。
ドーナツ・ショップは国道沿い。当然、交通量も多い。
ひっきりなしに駐車場を出入りする車やバイクたち。
窓のすぐ外側に、ずらっと並ぶバイクの列。
中には大きな荷物を括りつけ、
ロング・ツーリング中のひと休みと思しきバイクも何台か停まっていた。
またしてもバイクが駐車場に入ってくる。
排気量四百CCのそれは、僕の鉄馬と同じ車種。色も同じ。
取り立てて珍しい車種でもないのだが、
その一台のバイクに僕の目は留まった。
入ってきたばかりの、その鉄馬は、
わざわざそこに停めてある同じ色のバイクの隣に
ゆっくりと滑り込みエンジンを停止した…。
お揃いのバイクが二台並ぶ。
先客の鉄馬…それが僕の愛馬だった。
同じ車種、同じ色…。
スタンドを立てバイクから降りる…。
「わざわざ隣に並べなくても…」そう思いながら僕は、
ヘルメットを脱ごうとしている、
そのライダーをどんなヤツかと眺めていた。
ライダーはふと手を止め、店の中に向かって小さく手を振った。
視線を感じたのだろうか?
僕はさり気なく店内へと首を廻らした。
しかし誰も窓の外に手を振り返す人はいない…。
一体どんなヤツなのだろう???
ヘルメットを脱いだお揃いのバイクの持ち主…。
「!?」
思いがけない顔がそこにあった…。
三年前、大学に入学したばかりの僕は
念願の免許取得と同時にバイクを買った。
ローン返済のために通ったアルバイト…家庭教師。
あれから三年…。高校一年生だった教え子は今はもう大学生。
その教え子の顔が目の前で笑っていた。
自動ドアを抜け、まっすぐ窓際の席へと歩いてくる彼女。
「お久し振りです。お元気でしたか?
ご覧の通り、晴れて私もバイク乗りの仲間入りです!!
三十六回ローンで買っちゃっいましたよ。ふふふ。
センセイが結局、後ろに乗せてくれなかったから…」
はにかみながら、彼女は言った。
どうやら…、僕の足元に転がっているヘルメットには
出番は廻ってこないようだ…。
風に乗る…。
今僕は…彼女と一緒に風に乗る…。
彼女の感じる夏の風は、
残念…なコトに、僕のタンデムシートではなく
お揃いのバイクの上をそれぞれに吹いている。
僕はゆっくりとアクセルを全開にし、
もう少し強い夏の風に吹かれるコトにした。
-了-
風と駆ける…。 宇佐美真里 @ottoleaf
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