第3話

『キィェええええええええええええええええ』

 隆志は色気を出してラディッシュなんか買ったことを後悔していた。ミニトマト以降まな板リサイタルの開催はなかったので完全に油断していた。病院通いで疲れているだろう母親を気遣って、お店で出てくるサラダみたいなのを作ろうと珍しい物に手を出したのが間違いだった。庶民は大人しく大根でも細く刻むべきだったのだ。背伸びした罰なのか。耳が痛くなる金切り声に血の気が引いていき、隆志は頭を垂れた。逃げ出そうにも縮み上がった体はいうことを聞いてくれそうにない。少しの間耐えれば終わることは経験で分かっているが、この地獄のようなけたたましさは、三度目でも慣れるような代物ではなかった。

 野菜が叫び出すなど誰にも相談できる話題ではないし、そう頻繁に起きる現象でもなかったので胸の内に留めておいてもなんとかやってこられた。しかし二度あることは三度あった。しかも前回から三ヶ月かそこらしか経っていない。これからは?頻度は?まな板にのせた野菜が片っ端から叫び出したら?泣きそうになるのを必死に堪える。もうすぐ母親が帰ってくる。笑顔で、笑顔で出迎えてあげなくては。早く黙ってくれ、早く早く早く。隆志の願いが通じたのか、程なくしてラディッシュは声を枯らして押し黙った。しんと静まり返った台所で、恐怖と孤独でがんじがらめにされた隆志は、やっとのことで目元を拭うと、深呼吸して赤紫の塊に刃を入れた。

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