今日のメニューは野菜いっぱいカレーライス!
きゅうた
第1話
『ぎぃゃあああああああああああああああッ』
突然叫び出した人参に、隆志は震え上がった。
9歳の夏だった。その日は腕を骨折した母親の代わりに、1人台所でカレーの準備をしていた。順番に野菜を洗って皮を剥き、包丁を下ろす。単純作業の繰り返しだったのに、一体誰が野菜が叫びだすなどと想像できただろうか。まな板に転がした途端に壮絶な叫び声を浴びせかける人参に、哀れな小学生は硬直し、ベソをかくのも忘れてただなす術なく立ち尽くした。心臓が薄い壁にドコドコ音を立てて体当たりし、耳がワンワン鳴った。
永遠とも思われた長い咆哮はしかし、徐々に掠れヒュッと音を立てて止んだ。息が続かなかったのだろうか。包丁の先でつついてみたが、うんともすんとも言わない。死んでしまったようだ。元々生きていたのかはわからないが。
隆志は母親の元へ駆け寄りたい気持ちをぐっと堪えた。母親に心配をかけたくなかった。恐ろしくて足が震えながらも、念のためもう一度人参をよく洗ってから、いつもより細かく切って鍋に入れた。
母親と二人きりの食卓で、それとなく「さっき凄い声が聞こえなかったか」尋ねてみる。あの声量なら隣の部屋にいた母親の耳に届いていないはずがなかった。しかし母親は「聞こえなかったけど、猫かしらね」と言った。そして「このカレーとっても美味しいわね、ありがとうね」と笑顔で言った。予想はしていたが、やはり自分にしか聞こえなかったのだ。
隆志はその夜なかなか寝付くことができず、何度も寝返りを打った。人参はこれからも叫ぶのだろうか。それともあの人参だけが特別な人参だったのだろうか。
玄関の方から物音がして慌てて固く目を閉じる。じっと息を殺している間に、隆志の意識は睡魔に喰われてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます