第2話

『グアああああああああああああああああああ』

 野太い悲鳴に飛び上がり、取り落としそうになった包丁を両手でぐっと握りしめる。隆志は中学生になっていた。日曜の朝、早く目が覚めたので朝食を作ろうとして、ミニトマトを半分に切るためにまな板に放ったところでそのうちの一つが叫び始めた。小柄で可憐な見た目に反して、重低音の咆哮は地面をグラグラ揺らした。お前、どこから、そんな声が出るの。

 なかなか鳴き止まないトマトを息をするのも忘れて見つめながら、隆志は夏の台所を思い出していた。あの日以来野菜が叫びだすことはなかったので、暑さで幻でも聞いたのか、それとも子供特有の、夢と現実がごちゃごちゃになる現象だったんじゃないかと思っていた。しかし目の前のミニトマトはエネルギーに溢れ、力強く喚き散らしていた。夢なんかじゃない。

 前回同様、散々叫んだ後に、ミニトマトは喉を引き絞られたような音を出して黙った。直後に部屋のドアが開いた。端が切れて腫れた唇の母親がのっそり入ってきて「おはよう、もしかして朝ごはん作ってくれてるの?ありがとう」と嬉しそうに笑った。隆志は黙ったまま辛うじて笑みを返すと、ザルを出してミニトマトを全部放り込んだ。勢いよく出した水道水にトマトは踊り、どれが姿と声の間にギャップを持つトマトかはすぐに分からなくなった。

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