第4話

『ふグんあああああああああ』

『ぬぎぃいいいいいいいいい』

『がはぁあああああああああ』

 隆志が恐れていた通り、その後野菜絶叫の頻度は徐々に上がっていった。単純に台所に立つことが多くなったせいもあるだろう。その頃にはほとんど毎日晩飯調理は隆志が担当していた。本当は気味が悪くて台所に入るだけでも勇気がいったのだが、母親のために何も出来ない自分を少しでも慰めたくて、図体ばかりでかくなったのに不甲斐なく震えるしかない自分を許せなくて、弱音一つ吐かずにまな板に向かい続けた。




 顔面神経麻痺がようやく快方に向かってきたというのに目の下に青痣を作った母親と、その日は珍しく言い合いをした。喧嘩というほどのものではなかったが、今の家庭内の現状が少なからず自分のために維持されているというのが耐えられず、また母親の自己犠牲の精神にやや嫌気が差し、いつもより強い口調で母親とぶつかってしまった。自分が生まれて来なければもう少し母親は自由になれただろうと思い詰めるには、彼は自分の人生を歩みすぎていた。

 歪みの根本的原因は決して母親にあるわけではないと分かっている罪悪感は、隆志を台所に向かわせた。苛立ちを抑えられないまま食材を乱暴に洗う。ごとりとサツマイモをまた板に寝かせた途端、それはやってきた。


『ンぬああああああああああ』


いい加減にしてくれよ。


 怒りは恐怖を捻じ倒す。隆志は躊躇なく振り上げた包丁を、芋に向かって力任せに叩き落とした。


ゴスン


 鈍い音を立ててサツマイモは真っ二つになり、ピタリと不快な声は止んだ。その瞬間、今まで感じたことのない快感が隆志を包んだ。震えるほど気持ちが良かった。なんでもっと早くこうしなかったんだろう。野菜相手にびくびくと怯えていた昨日までの自分が、急に滑稽で愚かなものに思えた。ごろりと転がる芋を切り刻みながら、晴れやかに隆志は笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る