part 24


とろり。舌の上に落ちたプリンは滑らかな食感と共に広がった。


氷結石によってよく冷やされた清涼感だけではない。じっとりとした、それでいて決して重くはない確かな甘さがじわじわと口の中で溶けて行く。


咀嚼の必要などない。舌の上で溶けて、のどの奥へとつるりと落ちる。飲み込んだ後には、不思議なほどの満足と幸福感が残る。


だがスプーン一杯分のそれで足りるわけもなく、強欲にならざるを得ない私は次の一匙をすぐに口へと放り込む。

口いっぱいに、濃厚な玉子の味が広がって行くのは抗いがたいものがあるのだ。


バニラと呼ばれる香草の抽出液をわずかに加えた事で、鼻を抜ける香りまで甘い。ぷるぷるとした黄色い台形は、見た目の地味さからは想像もできない程の濃厚な甘さを秘めているのだ。


「これ……こんな、こんな食感……!」


目を丸くさせたネーテは口元を抑えて驚いている。


「私の知っているプディングは固いし、こんな甘さは……」

「プリンですよ。同じだけど違うんです」

「これは、これはあの火竜の卵を使って作ったんでしょう? 竜の卵がこんなにも甘くて濃くておいしいなんて!」

「あ、それとカラメルソースの部分も食べて下さいよ」

「カラメ……この黒い所? これは失敗した部分ではないの?」

「いえいえ。プリンにとって、このカラメルが大事なのです」


カラメルソースは砂糖を原料にして作ったもので、怪物を使った要素はない。

ごくごく普通のソースで、プリンの上にかかっている。


それは仄かな苦みを纏った甘いソースで、プリンの濃厚な甘さに加わる事で互いを引き立て合う。甘さも苦みも単体だけでずっとは続けられないのだ。プリンの甘さがあるから、カラメルの苦みがあるから、どちらも両立し得る。


「ネーテは苦い物があまり好きじゃありませんでしたよね? でも、それは苦みだけを味わっているからだと思います。まぁカラメルソースは苦い食べ物とは違う気もしますが……。とにかく、甘い物と同じくらい苦い物も大切なんです。だって両方あれば、両方の楽しみだけじゃなくて組み合わせても楽しめるんですから」


ふん、なんて鼻を鳴らして恰好良い顔を作ってみる。ネーテはそんな私を見て、にやりと口の端を持ち上げた。


「なるほどね。さしずめ、私とあなた……と言った所? でも甘くて黄色のプリンは私の方で、あなたは黒くて苦いカラメルの方ね! 人にはそれぞれの役目というのがあるんだから」

「ネーテは変わりませんねぇ……」


くすくすとネーテは一人で笑うと、あっという間にプリンを食べ終え、それから私を見る。


「シオン。決めたわ。私は……」


そこでネーテの言葉は遮られた。


勢いよく立ち上がると、遠くの一点を見つめる。私も目をやれば、そこには百人ばかしの武装した騎士が馬に乗って、あるいは馬車に乗り込んでこちらに向かっていたのだ。


「そんな……! こんなに早く……どうやって……」


驚いた顔をしているネーテを他所に、騎馬隊はどんどん近づいてくる。そして騎馬隊は私たちの前で緩やかに停止すると、隊列を乱さないままに先頭の男性が馬から降りた。


「お、とうさま……?」

「ネーテか」


男性は一際豪華な兜を被っていたが、それを脱ぐと現れたのはメシオー前領主だった。

メシオー前領主はきょろきょろと辺りを見渡してから、草原に横たわる竜をしばし眺める。そして口に出したのが、


「帰るぞ」


その短い言葉だけだった。ネーテはむっとした表情を隠そうともせずに応える。


「竜の襲撃を聞いて慌てて助けに来た……にしては無事だった娘に対して冷たいんじゃありませんか?」

「勘違いするな。救出に来たのは事実だが、元々領内を通り過ぎるだけの竜が縄張り争いを始めたのだ。緊急時の討伐騎兵隊を率いるのも領主の義務。ここで何をしていたかは問わないでおいてやる。だからおとなしく帰れ」

「………」

「なんだ?」

「あの護送中の罪人が逃げました。竜の襲撃による混乱に乗じて。私はその捜索をしたいと思います。捜索隊を組織しても?」

「ふざけるな。何のつもりだ」


うっとうしい虫でも追い払うように手を振るメシオー前領主。私やアルコさんの時は会話にもならなかったが、ネーテが相手ならば会話も通じるらしい。


私とアルコさんは、その様子をただ黙って見ている事しかできなかった。何故なら、下手をすると犯罪者である私たちと付き合いがあったなど、ネーテの領主としてのこれからに良い影響を与えるわけがない。


私は世間知らずの田舎者だが、友達の立場くらいは守りたい。


「お父様。ネーテは決めました。ネーテはこの領内を……」


その時、間の悪い事にも小川から濡れた布を絞りながら背の高い女性が……ざらめさんが斧を背負ってのこのこと歩いて来るのが見えた。


「あ」


ざらめさんは状況を見て一瞬で理解したらしい。間の抜けた声を一つ上げて、腰のナイフに素早く手をかけていた。

それを見たメシオー前領主はネーテを庇うように抱き寄せ、周囲の騎士団も全員が身構えた。


ざらめさんがナイフに手をかけただけで、辺りには一触即発の緊張感が張り詰める。


騎士団の誰もが、おそらくわかっているのだ。どんな方法を使ったにせよ、あそこで屍と化した竜をそうしたのが彼女である事を。だから数で勝っていようと、誰一人として一切の油断を捨てていた。


そうした空気の中、私など肌を刺すような空気に気圧されて一歩も動けないというのに、馬車の上からその声は聞こえた。


「ネーテ領主。請求書ができました。よろしいですか?」


一同、誰もが何が起きたのかわからなかった。が、馬車から颯爽と……いや、颯爽と言うには少々もたついてだが、アルコさんがのんびりと降りて来たのだ。


手には一枚の羊皮紙。先ほど書いていた物だろうか。


「せい……きゅう?」


アルコさんの行動の意味を理解できないネーテが繰り返すと、アルコさんは慇懃無礼に頭を下げて見せる。

この人は無駄にこういった動作が様になっている。


「えぇ。竜の討伐代金です。本来ならば報奨金という形で竜の討伐には褒美が出ますが……。何分ここにいるのは、そこらの野盗まがいの狩猟団や、即席の騎士団とは訳が違う。竜を専門にする竜の殺し屋。報奨金などはもらっていませんが、相応の代金を請求させて頂かねばなりません」


突然何を言い出すのか、と思いきや反応したのはメシオー前領主だった。


「頼んでもいない成果を押し売りして、金を出せと?」


しかしアルコさんはメシオー前領主の方を見もせずに応えた。


「ご老人。私は領主と話をしています。あなたがどのような人物かは存じませんが、この領内において領主様の言葉を遮る程の権利をお持ちで?」

「貴様、商人が……!」

「さてネーテ領主。そこのご老人が述べた通り、まさに依頼されての事ではありません。しかしながら、領主様におかれましては、そのお命を救われてしまったのでは? 商人と言えども命に値段はつけられない……とは言いますが、その値段を値切ろうなんて無粋な真似をまさか領主様がなさったりはしませんよねぇ」


どこかで聞いたフレーズである。確か私が聞いた時はまさに値切ろうとしていた人が言っていた気がする。


「例えそうだとしても貴様が出しゃばる話ではない! それはあの竜を殺した者が言う言葉だ!」

「やかましいご老人ですね。しかしまぁ、もっともな意見でもあります。しかし……問題は誰が請求しているか、ではなく、どうやって支払うか、では?」


アルコさんは請求書という羊皮紙を広げて見せる。


「金貨にして八百枚の要求です。これは討伐料金ですね。加えて、費用として可燃液の代金が金貨で六十枚。その他に……」

「どういうつもりだ……! 何故貴様がその値段をつける!」

「心外な。では当人に聞いてみましょうか? 私を仲介しない場合は二倍の値段になりますよ? ザラメリウス女史、おいくらになりますか?」


そう言いながらアルコさんはざらめさんに視線を向ける。

恐らくアルコさんはざらめさんが私に名前を明かしたあの夜、盗み聞きをしていたに違いない。


そしてざらめさんは空気を察してか、無表情に答える。


「その商人が言ってる事は全部正しい」

「ほらね?」

「貴様! ……いや待て、ザラメリウス? それは王族の名だろう! 不敬罪だ!」

「ところが。彼女は正真正銘、ザラメリウスという本名を持っています。まぁ、この話には関係のない話ですけどね……。あぁそうだ、これは仮に、の話だと思って聞いて下さい」

「なんだ!」


「あなた、地方領地の親分ごときで王族のゴタゴタに巻き込まれたいんですか?」

「……っ!」

「まぁ彼女の代弁者として言わせて頂くなら、彼女は寛大にも料金が払えない場合は保釈を認めるという事で今件を水に流そうと言っています。如何ですか? ネーテ領主」

「そんな話は……」

「黙れ。領主様に問うている」


アルコさんの独壇場、と言った具合で話が進んでいる。おそらくこれはもう二度とここに来ないと思っているからできるに違いない。ネーテもそこの所もわかっているのか、二歩三歩と前に出ると口角を上げてほほ笑んだ。


「保釈制度の利用を認めます」

「ネーテ!」


メシオー前領主の怒声が上がる。同時に、ネーテの顔に意地の悪そうな表情が広がる。


「で、制度の利用は認めますが……。保釈金の額は金貨にして一千枚です。払うアテはあるのですか?」

「くそが。さっきの意趣返しのつもりか?」

「何の話でしょう? ただこのネーテ・クーダッケ。やられたままで終わる事はない、とだけ言っておきましょう」

「あらら……さっきは言い過ぎたねごめんごめん。怒っちゃった?」

「ふふふ……」

「ははは……」


突如としてアルコさんの空気が揺らいでしまった。


そうなのである。ネーテが認めたのは制度の利用であって、指定された保釈金を払えなければざらめさんは救えない。

それも金貨で一千枚。さすがのアルコさんもこれは想定していなかったのか、苦笑いを浮かべている。


目の前がぐらりと揺れるような絶望感が足元から這い上ってきて、私の呼吸がひどく忙しないものになった時。

アルコさんは懐からもう一枚の羊皮紙を取り出した。


「では。こちらの請求書をどうぞ」

「それは……?」

「領主様がお召しになった、ドラゴンプリンの請求書でございます」

「なんだそれは……? なんの話だ。おいネーテ! なんだこれは!」


割り込んできたメシオー前領主を無視して、アルコさんは続ける。


「世にも珍しい、竜の卵を使った菓子。作れる職人は世界にこの娘一人。材料の一部は私も提供していますね。それをまさか、値段も確認せずに食べておきながら支払えないなんて……そんな事は言いませんよね?」


アルコさんの見せた請求書は代金の欄が空欄になっている。それを見たネーテは、笑いを堪えるような表情で頷いた。


「もちろん! このネーテ・クーダッケ。この人数の前で、自分が食べた食事の代金を踏み倒すなど、あろうわけがありません! さぁ、おいくらなのか、金額をおっしゃって頂けますか?」


するとアルコさんは羊皮紙にさらさらと書き込んで、ネーテに渡す。


「金貨にして、一千枚の価格になります」

「あはは! あっはっは!」


ネーテが笑い出すと、怒りのあまり額をドス黒く変色させたメシオー前領主が前に出る。


「これはどういうつもりだ……!」

「お父様、どうもこうもありません。この商人にしてやられました」

「心外な。あくまで正当な取引です。では、この請求書をお渡しします。現物がないのですが、これにて金貨一千枚のお支払いとあいなりました。では。逃げるわけではありません。ザラメリウス女史は保釈されている身ですので、散歩にでも行くだけですよ」


そうしてアルコさんは馬車に乗り込むと、微速前進。ざらめさんは何も言わずに、さっと馬車に駆け寄って来た。


「シオン……」

「ネーテ、これでさようならですね」


馬車に手をかけようとした私は、一度ネーテを見て声をかけた。ネーテも私の方に駆け寄ると、私たちは一瞬の間だけ抱擁を交わす。


ネーテの細い体は今にも折れてしまいそうだったが、この体に人々の生活を背負って立つのだ。私はせめてその重荷を少しでも引き受けられないだろうかと、強く抱きしめた。


と、その時。遠くから叫び声。


あの女だ! いたぞ!


何事か、とその場にいた誰もが視線を送る。

その先にいたのは三人の兵士。


「あ、これはまずいです」


思わず口を突いて言葉が出た。その言葉の意味を理解できたのは、私とざらめさんだけだったのだが、発言の内容からネーテとアルコさんも悟ったらしい。


「ごめん。これはフォローできない」


つい今の今まで頼りになっていたアルコさんが疲れたような声で、もう諦めてしまった。


そうなのである。あの三人の兵士は、私が毒入りクッキーで昏倒させた護送馬車の兵士だ。しっかり顔を見られているので、何一つ言い逃れはできないだろう。


それに百人近い騎馬からアルコさんの馬車が逃げられるとも思えないので、逃亡するのも難しい。果たしてどうすべきか。


「仕方ない。私が全員ぶっ飛ばすか……」

「だからどうしてそう暴力的な解決しか……」


アルコさんとざらめさんがそんな事を言い合っているが、それどころではない。

これは、今度は私が捕まってしまう。しかもあらぬ疑いでも何でもない。確実に有罪だ。


「ど、ど、どうしましょう! 牢屋なんて入れらてはご飯が……!」

「君はそればっかりだねぇ」


その時、ネーテが耳元で囁くのが聞こえた。


「ねぇシオン」

「な、なんですか?」

「私、思ったの。世間を知らないとか、領民を知らずに領主はできないとか。その通りかも知れないって。だから、決めたの」

「えぇ? 急に何の話を……」

「私も、旅に出る!」

「えぇ!

「せめて領地内くらい見ないで、領主なんてできるわけないじゃない! だから、お願い! 私も一緒に!」

「そんな急に無茶苦茶な……大体にして今言う事じゃ……」


などと。私が狼狽えている背後でざらめさんはネーテの声を聞いていたらしい。そして、私が察する事のできなかったネーテの意図をも察したらしい。


一陣の風の如く素早く駆け出すと、私からネーテを取り上げて抱え上げてしまった。


「全員とまれ!」


そしてネーテの首に腰から抜いたナイフをあてがう。


「この女の子を誘拐します」


平坦な口調で宣言すると、周囲の騎士団は動きを止める。私を指して駆けてきた兵士も足を止めた。


「無事に逃げ切ったら解放します。演技じゃないぞ」


じりじりと後退しながらざらめさんは言う。一瞬、呆気にとられたものの私はざらめさんに駆け寄った。


「ほら、シオンも私を脅しなさい!」


小声でネーテが言うので、どうしようか迷った挙句に私は荷物の中からオタマを取り出して、ネーテの顔に向ける。


「お、おとなしく逃がしてくれないと、どうなるか!」


必死の演技だったのか、ネーテは実にガッカリした目で私を見ている。


「と、とにかく。皆さん! 私は大丈夫です! ここはおとなしく見逃しておくのです!」


ネーテがそう言うと、渋々といった様子で誰もが一歩後退。

アルコさんが肩ごと落ちる深いため息を吐く。そして、私とざらめさんはネーテを抱えて馬車に飛び乗ったのだった。





馬車の荷台は少しだけ狭かった。


「まさかあなた、ザラメリウス姓を持っていたなんて。それで国家反逆罪って、一体何をやったの?」


街から遠く離れ、領内の外れにある村に向けて馬車が向かう中。落ち着いた頃にネーテがざらめさんに訊ねた。

御者台でアルコさんが片耳をこちらに向けているのが見える。


「あぁ……それね。ほら、あたしって名前がなかったんだよね」

「えぇ。それで?」

「でもギルドに登録するには名前が必要だっていうから、自分で考えたんだよ。で、ザラメリウスって名前にしたんだ」

「えぇ……? それじゃあ、さっきお父様に言っていたのは嘘だったという事?」


ネーテがショックを受けている。私も驚きである。

まさかそんなどうでも良い理由で王族の姓を勝手に名乗るとは。


「嘘じゃないよ。ざらめちゃんがザラメリウスだとは言ったけど、王族とは言ってないからね。王族だとしたら、の仮の話くらいはしたけど。俺は嘘はつかないんだ」

「あぁやだやだ。だから商人は嫌いなのです」


ネーテが首を振り振り、アルコさんを睨む。


「嫌なのは俺もだよ……。二度と会わないと思ったから言うだけ言ったのに、これだもの」

「運賃は払うと言ったでしょう! あなたも商人なら文句は言わない事ね!」

「都合の良い時だけこの言い草なんだから嫌になるね」


アルコさんはそんな事を言いながら、御者台の手すりに頬杖をついている。


「そう言えばシオン。もしもあの竜が雌じゃなかったらどうするつもりだったの? というか、どうやって判別したの?」

「え? 鳴き声でわかるじゃないですか。卵がなかったらそうですねぇ……。雄の竜だったら、睾丸の煮込みを作ろうかと思ってました」

「こうが……?」

「ネーテ嬢、聞かない方が良いよ。この子は本当に食べさせてくるから、知らないならその方が良い」

「もう。アルコさんは食わず嫌いなんですよ。……ところでネーテ、この後は……?」


ふと私が聞いてみると、ネーテは少しだけ何かを考えるような表情を浮かべ、それから空を見上げた。

ほんの少しの時間をそうしているかと思った頃、ネーテは口を開く。


「さすがにずっと旅に着いて行くつもりはないの。領内を回る間だけ一緒にいさせて。旅商人なんだから、あといくつかは領内の村や町を回るんでしょう? それが終わったら戻る。大丈夫。今度は上手くやって見せるから。まぁそれまではお父様がちゃんとやってくれてると思うから、領内はしばらく安定すると思うわ」

「へぇ」


アルコさんが聞こえているのいないのか、適当な声で返事を一つ。


「私もそれが良いと思うよ。ネーテならきっと、立派な領主になれるよ」

「その時は私の専属料理人になりに来なさい?」

「えぇ……いや、それとこれとは別って言うか……」

「もう!」


青空には雲一つなく、そよ風だけが頬を撫でていた。

街からはだいぶ離れたのだが、この草原は私が思っていたよりもずっと広がっていたらしい。

緑の海が波打ち、遠い遠い所に小さく建物が見える。あれが次の目的地なのだろうか。


「ねぇアルコ」

「なんだいざらめちゃん」

「次の行先なんだけどさ」

「あぁ、それはもうすぐだね。広い牧草地と畑が有名で、何もないけど豊かな良い村だよ。みんな気の良い奴らだし、俺も何度か行った事がある。小麦を仕入れるならあそこだね」


良さそうな所だな、などと私が思ったのも束の間。

ざらめさんはアルコさんの話など聞いてはいなかった。


「うん。次は海。海が見える所に行ってよ。港とかはなかったけど、海沿いの村がクーダッケ領にはあったよね?」

「……確かにあるけど、何であんな所に?」

「うーん……。説明すると難しいんだけど……」


首を捻って悩んでから言う。


「そこに行け、って呼ばれてる気がする。運命ってやつ?」

「はぁ? 意外なほどロマンチストだったんだねぇ」


多分ざらめさんを引き寄せているのは竜に違いない。


ここでそれを言えばアルコさんは決してその村には行かないだろう。だが、そういう訳にもいかないのだ。


「良いですね! そこに行きましょう!」


私は力いっぱいざらめさんを肯定。何故なら、私は海を見た事がない。きっと海には海のおいしい怪物が、そして海ならではの料理なんかも教えてもらえるかも知れない。


それに、そこに竜がいるならば、またざらめさんが倒してくれるかも知れない。もしそうなったら、今度は何を作ろうか。どんな料理にして食べようか。


考えるだけで胸が躍る。


「ネーテ! お腹を減らしておきましょう! 世界はおいしいもので溢れているんですよ!」




第一章

クーダッケの街

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おいしい怪物料理のすすめ 稲荷崎 蛇子 @pink-snake

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