part 23

怪物調理全集、竜の章、第五項。



私はその作業を、できるだけネーテに見えないように進めた。何をどう使ったかわからない方が食べやすいと思ったのだ。

調理途中でネーテが氷結石を持ってきたが、私はすぐには手をつけず、黙々と調理を進める。


ネーテにはアルコさんの馬車で待っていてもらい、できるだけ調理過程は私の背で隠す。材料はぴったり二人分しかない。


本当なら一人で食べてしまいたいし、分けるなら竜を見事倒したざらめさんに分けるのが正しいのかも知れない。だがこの料理はネーテがいないと成立しない。


それに、私はもしもこれが作れるならネーテに食べて欲しいとも思ったのだ。

おそらくネーテが一番喜んでくれるだろう。

鍋の中でその色を変える砂糖を眺めながら、私はほくそ笑んだ。


しばらくして調理過程が終わると、私はネーテの氷結石の入った宝石箱の中に、それを収めた。

大きさ的にはギリギリ入ったが、蓋が閉まって良かった。


「シオン……。よく見えてはいなかったけど、アレを使ったんでしょう? 本当に食べられるの? 作っている様子というか……見た目は私が知っているどの料理とも違うように思えるのだけど……」

「大丈夫。安心して下さい。怪物料理というのは、どうにもこうにも最初の一口を食べるまでは評判が良くないのですが、食べてしまえばおいしいのです。それこそ友情に賭けて約束しますよ。あとはしばらくこのまま放置して、それで完成です」


ふふん、なんて胸を張っていると、アルコさんが一抱えの肉塊をカゴに入れてやって来た。


「はいよ。一応、切り出して皮を剥いで、簡単に血抜きして水で洗ったけどさ。本当に食べてどうなっても俺は知らないよ?」


どん、と肉塊が私の目の前に置かれる。


「ありがとうございました。これはですね、きちんと血抜きして、そして良さそうな場所を見つけたら今日のお昼ご飯にしてしまいしょう。竜の章、第一項はドラゴンステーキです」

「ステー……? 何だかわからないけど、食べるならざらめちゃんとネーテ嬢と三人で食べてよね。俺は竜の肉なんて食べないからね」


そんな事を言っていると、ネーテは沈んだ表情で言う。


「いいえ……残念ですが私はそれを食べられないでしょうね」

「えぇ! 竜なら食べたいって言ってたじゃないですか! あ、まさかアルコさんの根も葉もない話を……」

「勘弁してくれよシオンちゃん。普通なら食べないよ。ネーテ嬢、賢明な判断ですよ」

「いえ、そうではなくてですね……。私は一緒に行けないから、食べたくても無理なのです」

「あぁ。そう言えばそうですね」


納得したようにつぶやくと、アルコさんは一つ大きく伸びをして、こちらに背中を向けて馬車とは反対方向に歩き出した。


「シオン。あなたは私と王都に行くのではダメなの?」

「そうではないんですよネーテ。ネーテと行けたら、きっとそれはそれは楽しいと思います。でも、私の旅は王都に行けば終わりというわけでもないんです。もっと色々な所を見て回って、もっとおいしい物を食べて、そういう事が目的で旅を始めたんです」

「……あなた、とんでもない理由で旅を始めたのね」

「え! そ、そうですか……?」

「私もそんな簡単な理由で旅の一つもしてみたかったけど、いずれ迎えが来るでしょうね。竜が暴れて大騒ぎになったんだもの。誰か来て見つかったら、もう庇いきれないんだから、もう少ししたら行きなさい。シオン」


ネーテの言う事はもっともで、むしろ私は一刻も早くざらめさんとアルコさんの馬車に乗って逃げ出すべきなのだ。


しかし、人の出会いと別れは突然だと村にやって来た詩人が言っていたのだが、まさか自分で体験する羽目になるとは思っていなかった。


「何だか……寂しいですね」

「そうね」


せめてもう少しだけ、この料理が完成するまでネーテとの別れを惜しもう。などと、宝石箱を握っていると、アルコさんがサクサクと草を踏み踏み戻ってきた。


「どこに行っててくれたんですか?」

「別に二人で何か積もる別れ話でも、なんて思ったんじゃないよ。ざらめちゃんの準備ができたかな、なんて思って確認に行ったんだ。体の血は流し終わったけど、今はあの化け物みたいな斧を洗ってるよ」


頭の後ろを掻くアルコさん。


「……ネーテは、この後どうするんですか?」

「屋敷に戻ったら税の対策でもするわ。シオン、あなたの言われて調べたら、いくつも無駄なものがあったの。それを省けば、きっともっと良くなるでしょう」


いつもの勝気な雰囲気もなりを潜め、しおらしいネーテ。

すると、どこか遠くを見ていたはずのアルコさんが大げさにため息をついてみせた。


「……ネーテ嬢。俺はもう顔も割れてるし、今後この街で商売をするにしても、罪人を逃亡させた犯罪者になっちまうんですかね。だったらきっと、もうここに俺が来る事はないでしょうね」

「そう……ね。いえ、でもできるだけ便宜を図ってあげるつもりよ? シオンにこうして、最後に別れを言いに来れただけ満足だから、あなたには特別に……」

「あーいやいや。ネーテ嬢。こんな事は言いたくないが、あなたの方針じゃこの領内はダメになっちまうんですよ。いや、どうせもうここに来ないと思うから言える話ですけどね。でも来る意味もなくなりそうでね。何とも」

「……あなたも私に意見するの? シオンと違って何の能力もない単なる商人のあなたが?」

「単なる商人の意見も聞けないから、こうなっちまうんですよ」


ネーテは座ったまま、微動だにせずアルコさんを見上げている。アルコさんの方は対照的に、リラックスした様子で話を続ける。


「無駄なもの、と切り捨てたそれは市壁の外の護岸工事。それと街に続く道路の整備の話じゃないですかね?」

「どうしてそれを……」

「わかんないですよね。だってあんたは街の人の話を聞かない。俺はね、実を言うと正直あんたが好きになれない。住んでる人間の多くは、あんたが意見を聞こうとしない庶民の方なんだ。この話だって、あんたの決定に脅える街の人から聞いたに過ぎない。あのですねぇ、道路を整備すればもっと多くの人が通れる。そうすればもっと多くの物と人が行き交うんだ。それに護岸工事をしなかったために、大雨の季節に家を流された家族なんて。そんなのも全く珍しい話じゃないんですよ」

「わ、私は……!」

「外から来る人間に滅茶苦茶な税金をかけたら誰も来なくなる。外から誰も来なきゃ中の物はいずれ枯渇する。そんなのわかりきった話でしょう? この街の人を全員まかなうだけの畑や牧草地がどれだけあるんですかね? あるいは、どれだけの自給率が見込めるかも把握してますか? メシオー前領主の構想だと、ここは交易都市を目指して発展させてきた。そんなのちょっと街を見れば一目瞭然だ。あんたはねぇ……」

「私は……。わたしは……ただ……」

「世間を知らなすぎるのさ」

「………」


何だか普段のアルコさんとは違うものを私は感じた。が、普段とどう違うのか私にはわからなかった。どうせもう来ないからと言いたい事を言いたいだけ言った、という風にも見える。


だがアルコさんから滲む、この怒りのような感情は何だろうか。


「自分の治める土地も知らないで、どうやって机の上から治めるつもりなのか知りませんけどね。それでも、みんなあんたが嫌だろうが好きだろうが、そこで生きて行くしかないんだ。街も村も、人も生きてるんだ」


それだけ言うと、アルコさんはのろのろと馬車に登り、何事か作業を始めた。何かを紙に書き込んでいるので品物の確認だろうか。


「あなた。商人じゃないでしょう。元々はどこかの領主の三男坊、と言った所じゃない?」

「……違うよ。そんなんじゃありませんよ」

「そう」


アルコさんのあまりにキツい物言いに、ネーテが落ち込むなり怒り出すなり、いずれにせよ悪い方に転ぶと思っていた私はネーテの顔をちらりと覗き込んだ。しかし、その顔は何故かいつもの自信ありげな表情をしている。


一体どういう心境の変化だろうか。


「ねぇシオン、あの料理はまだできないの?」

「え、あぁ……そうですねぇ……。あの氷結石なら遅くなりすぎると凍ってしまうかも知れませんし、宝石箱のサイズもあまり大きくはなかったので……。もしかしたら、もう食べても大丈夫かも知れませんね」


今の今までアルコさんと会話していたとは思えない切り替わりで、ネーテは私に完成を急かす。


言われるがままに宝石箱を開けて確認してみると、なかなかどうして良い具合に出来上がっている。もう少し冷やしても良さそうだが、ほぼ出来上がっている料理を目の前に待てというのも酷だろう。


それに、きっともうそんなに時間はない。


「では、食べましょうか」

「えぇ。それで、これはなに?」


馬車の上からアルコさんが興味深げにこちらを見ている視線を感じつつ。私はお皿とスプーンを用意して、宝石箱から取り出したそのカップを逆さまに。


こんこん、とカップのお尻を叩けば、皿の上にそれは着地。ぷるぷると震えるそれをネーテに差し出す。


「題して、ドラゴンプリンです」

「プリン……?」


不思議そうな顔をしているネーテを視界に入れつつ。


この料理を前にスプーンを握ってしまった私は我慢などできるはずもなく、その黄色い姿にスプーンを差し込んだ。

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