男と女
宏樹は観念したようで、
「番号はメールする、どこのドリームコーヒー? 新大阪?」
「うん、新幹線降りたところ。自力で行ける」
「だから、どこのなんだよ! 新幹線降りてもたくさんあるんだよな」
怒気を感じる。
一年一緒に寝食を共にしないとここまで心の距離が開いてしまうのだろうか。瑞貴は思い付きで来てしまったことが夫を喜ばせるどころか不愉快にさせていると思った。いつも先の先を読んでしまう、悪い癖。
「ごめん、帰る、怒っているんでしょ。勝手なことしてごめん。このまま、帰る……」
瑞貴の単純な思い付きは裏目に出たようだ。仕事も放りだして、昨夜何を用意するか子供みたいにわくわくして夫のために買い物していた自分は馬鹿みたいだと情けなくなった。
迷惑だったみたいだ。何をしにきたのか、帰ろう……。
「おい、瑞貴! 驚いた? たまたま外に出ていたんだ、なぜ昨日の夜に電話しない?」
瑞貴の傍らに宏樹が顔に汗をかいて立っていた。
「瑞貴が騙し打ちなら、俺だって怒ったふりしてみた」
年齢の割に若く見える懐かしい笑顔に瑞貴は涙を拭うのも忘れて笑顔になった。
宏樹が言い終わる前に瑞貴は立ち上がり、夫の首に両手を回して抱き着いた。
「怒っているのかと思った」
「おい、こんなところでやめろよ。恥ずかしいじゃないか」
「帰らなかった罰よ」
宏樹は観念して瑞貴の背中に手を回して強く抱きしめた。
「バカだな、なんで泣いてんだよ」
周りの客も店員も不思議そうな顔なんてしていない。一陣の風が草の香りを連れてきた、きっと武蔵野の風。昔も今も男と女はそうかわるものではない。
心のままに……。 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan
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