第5話死への存在は何を想う

 「……死ぬ?」

 ”ああ、そうだ。来年の今日―12月6日に私は死ぬ。”

 私が生まれる前から決まっていたことだ。と何でもないことのように呟く。

 「……それは、この光景と何か、関係あんのか」

 ”あるね。大ありだ。私にも埋められてる国指定のチップ―これには時限爆弾のようなものが設定されていてね。生まれたときからいつ死ぬかが決められてんのさ。あいつらの存在と私の寿命は無関係じゃない……この翼も、あいつらと似たようなものだ”

 「それもノイズか?」

 ”そうだね……ただ、どちらかと言うとあれと似ている”

 あれ? 疑問に思って燃える家々の方に目を寄せる。

  

 そこには目を疑う光景があった。

 いくつもの家を掌だけで押しつぶす縦に長い胴、だがそれは人のそれと言うには烏滸がましく例えるなら芋虫のような気色悪さがあった。

 それでいて、小さな顔がある。小さな、というのは胴体に比べてと言う意味であって人の基準で小さい訳ではない。

 

 「何なんだ、あれ」

 ”ノイズの塊と言うべきかな、言葉では言いづらい何か。妖怪でもなければ、生物の定義からも外れる、敢えて言うなら、化け物”

 「ノイズ? いや、待て……あれが電波だって言うのか?!」

 ”ああ、そうだよ。……逆に聞きたいね、君にはあれが何に見える?”

 悪魔とでも言うのだろうか、と面白半分で尋ねられたことも知らず、タツキは先程から真剣に考えていた事を言った。

 

 化け物、には見えなかった。

 「………………ヒト」

 ”ん?”

 「頭の、真ん中。ぼんやりとだが、人が見える。」

 そしてこれも悪寒。

 俺はゆっくりと化け物の額を指さした。

 「あそこにいるのは、俺の知り合いかもしれない」

 ”知り合い? さっき言ったはずだぞ? 君の知り合いは皆―”

 「ノイズが発されていた時間、俺にはそれは聞こえてなかったんだが、あんたに腹を踏まれるほんの少し前まで話してた女がいたんだよ」

 ”……ふーん?”

 それに、あいつは言っていた。


 『避難しろっていうが来た』と。

 俺に聞こえたのは警告のだ。メールは来てない。

 例の一通しか。

 

 ”……あれはノイズの塊、人としての在り方を間違えた者の慣れの果てだ。もっと正鵠を得るなら、エラー”

「……」 

 ”人と言うハードを基として起こる存在としてのエラー。だから、組織の学者たちはこう呼んでいたよ。……と。”

「……で、あんたはどうしてずっと俺と駄弁ってんだ? あれをどうにかしないでいいのかよ」

 ”構わないね、だって、あれの寿命はもう長くないし”

 「……」

 ”あの質量、あの形状、本質をなぞれば物質では無いと分かるだろ、お前。あれは電波だ。自由に動き回っちゃってる電気どもが力を出して、形として見えているに過ぎない。埋め込まれてるチップの誤作動によって起こってる。現象としてはホログラムとも似ているかな、まあ、時間の問題さ。コアの人間の脳に限界がくれば、2、3時間であれは消えるよ”

 「……」

 ”煮え切らない顔をしているね。何? 友達だから? 別にいいじゃないか。人間が皆絶滅しちゃった訳でもない。君は偶然にも生きている。新しい友人なんて吐いて捨てるほど出来るさ。それに、”

 「そこじゃない」

 ”ん?”

 「俺には友達はいない。昔もそうだし、今もだ。勿論それは俺に友達を作るって言う才能が生まれつき無かったからだし、そうじゃないって言われても俺は信じない」

 ”……” 

 「あんたには分かんねえだろうし、それは別にあんたに人の心が分かんないだとか、そんなことを言いたいわけじゃない。ただ単にこれまでの俺の人生の中で、俺の言ってることをまともに取り合ってくれた人間なんていないからだ。ちゃんと理解してくれた人間なんていないからだ。……あそこで閉じ込められてる知り合いだってそうだよ。慰めの言葉を言うだけで、その実、俺には何一つ響いてこなかった」

 ”友達出来ない奴の言い分だね、そりゃ”

 「そうだよ、性格の悪い奴の言い訳で、戯言だ。俺は紛れもない矮小な人間だし、それだけは誰にも疑いようがない。これまで何人も俺を助けてくれようとした人間はいたんだ。それこそ良識のある人間がな。それを無駄にしたのは俺の責任だ。」

 

 重い膝を持ち上げて、やっと起き上がる。

 「これまでいくらでもあった選択肢を、俺は捨ててきたんだ……そんな奴がよ、友達と友達じゃない奴をパーテーションみたいなので分けてると思うかよ」

 ”……”

 「良く喋る奴だって思ったろ? 当たりだよ。俺は口下手なんだ。何を言うべきで、何を言わないべきかもわかんねえようなどうしようもねえ奴なんだ。だから、だからさあ!」

 タツキは彼女の左手を握った。

 「頼むよ……頼むから、俺みたいなのに偽善でもさ、優しくしてくれたやつなんだよ、助けてくれよ……お願いだ。俺がどう思ったかなんて関係ないんだ。あいつにはほかの奴から褒められる言われはあっても、急に命を奪われるいわれはねえんだ」

 ”……”

 「お願いだ……」

 人生で何度目か分からない軽い頭を下げる行為。

 相手に響くかどうかはどうでもいい。だから、


 ”分かった”

 「え」

 ”但し一つ条件がある”

 緑色のロングヘアにあまり似合っていない白いコートが、

 にたり、と笑った彼女の吊り目と合わさって、不思議と綺麗に見えた。


 ☆☆☆

 空を二人で飛翔しながら、話し合う。

 ”原因はこめかみに埋め込まれているチップだ。要はそれさえどうにかすればいい”

 「抜き取る方法があるのか? それとも壊す方法でも?」

 ”いいや、そんなのじゃない。そもそも今回みたいな事象が起こったのは例のノイズのせいだ”

 彼女が説明した内容はこうだった。

 俺が今回の規模のノイズに何も影響がなかったのは何もあのノイズキャンセリングのせいだけでは無いだろう、と。

 どこの誰かは知らないが、助けるにしても万全を期したはずだ。

 持っていただけで何一つ影響がなかったということは、それ以前に――

 ”俺君のこめかみのチップに元々細工があったってこと”

 天使(仮)はそう言い切った。

 ”つまり、君が生まれた時から君を助けた人は、君を助けようとしていたってことになる……中々信じられない話だが、スマホを外した今でさえ微かにノイズを感じるし、間違いないと思うよ。だから、今回の解決策は一つ”

 

 お前自身が奴のノイズに突っ込め――


 眼前まで迫ってきたところで、

 ”良いか? 彼女の所までたどり着いたら、君が持ってるスマホを彼女のこめかみにぶつけろ、そこからはお前次第だ、良いな?”

 「分かった……」

お前次第だってのも無責任だよな―


 ”よし、いってこい!”

 「―――!!」

接触まであと5秒、4,3,2,1……!

外部電磁波との接触。強い振動。

 「がああアアアあアァァ!!!!!」

ノイズの中に無理やり右腕をねじ込む。

 「いってええええ!!」

焼けるような痛みが来たが、気にせず左腕を差し込む。


とともに、危険を察知したのか化け物が腕でタツキを剥がそうとしてくる。

 早く早く早く早く早く―――!!!

 腕を伸ばす。

 届かない。

 力を入れる。

 まだ届かない――!!

 

 そうこうしている間に化け物の手がタツキの背中に届いた。

 背中に強烈な痛みを感じる。

 だが、何故だろうか、そこまで痛くない。

 

 ”……”

 上空で、彼女は彼を眺めていた。

 まるで何かを待っているかのように。

 まるで何かが分かっているかのように。


 「邪魔をするな」

 ジャマヲスルナ。


 高揚していた。これ以上ないほどに。

 「俺ノ、人、生か、ラ」

 背中に焼けるような痛みが広がる。出血もしているのだろう。熱い。

 だが、気にはならない。それどころか――

 「デ テ イ ケ」

 音が聞こえなくなった。

 天使(仮)が何かを叫んでいるような気もしたが、聞こえない。

 急に、頭に血が上ったような感覚を覚えた。

 視界がパチパチと音を立てて、彼の脳は、ブラックアウトした。


 「ギャはハハハハハハッ!!!」

 瞬間のことだった。

  

 ”あれは……?”


 タツキの体から黒い電磁波のようなものが周りに放散され出していた。

 「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハ!!!!!!!」

 

 引き剥がそうとしていた手が弾け飛んだ。

 

 「いたいたいたいたいたいたいたいたイ!!」

 右手がずぶりとノイズの中に入り込んだ。

 もっと深く。もっと深くに。

 今度はサツキの目の前まで腕が伸ばせた。

 焼けるはずの手が黒く染まっていた。

 手を入れれば入れるほど、怪物のノイズがその手を避けるように蠢く。

 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと

 伸ばした手が、

 こめかみに届いた。

 

 左手に握りしめていたスマホを近づけ、

 彼女のこめかみに、ぴとりとくっつけた。

 「これで終わりだァッ!!」


 途端。

 

 化け物は、霧のように姿を消した。  

 

☆☆☆ 

 空から飛び降りてからほとんど記憶が無かった。

 気が付くとベッド、ではなく民家の屋根にいた。

 横に天使(仮)が座っていた。

 そして、

 「あいつは?」

 ”病院に持って行ったよ、まあ、あれだけのノイズを浴びていたんだし、脳に何かしらの影響はあるだろうけれどね……間違っても記憶は残ってないんじゃないかな”

 「そうか……ああ、そういえば」

 ”ん?”

 「途中から俺の支援してくれてただろ? ありがとうな」

 ”支援……?”

 「ああ、ありがとな」

 ”あ、……ああ……そうだな、そう、お疲れ様だ、うん”


 この男は自分と言う存在を認識出来ていない。

 認識している気で、何もわかっていないのだと、この時彼女は思った。


 「あ、それと、あんた名前は?」

 ”やっとか? 今更やっと聞くのか? ……友人出来ないというより作ろうともしていないんだな、君は……”

 はあ、と嘆息しながら、

 ”私はミツキ、それ以上は教えない”

 「……そっか、ああ、覚えた。」


 それに、これだけの事があっておきながら、この気の持ちよう。

 はっきり言って――

 ”頭おかしいな、君”

 

 そう言われたタツキは、

  

 口角を若干無理に上げたような気色が悪い笑みを浮かべて、言った。


 「それが俺だよ」


 それは、この男の人生には何があったんだろう、と思わせる笑みだった。

 

 正直もう少し見ていたいが、どうしようかな。

 死んだような目をしている彼に向って、ずっと考えていたことを言った。

 

 ”お前、私と来るか?”

 「行く」

 ”……もう少し考えなくていいのか”

 「行くよ、あんた面白そうだし」

 ”……そう”

 

 なんだか面白い奴が仲間になりそうだ――

 そう、今ここにはいない自分を生み出した存在に向けて、思う。


 この世界のどこにいるかも分からない、顔も知らない誰かに影響を与えそうな、そんな出会いだった。

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ヒューマンエラー 黒犬 @82700041209

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