第4話鉄の味

 空の上を飛んだらどんな気分だろうと子供の頃から夢想してきたものだが、実際にこうして無理矢理飛ばされてみるとジェットコースターを我慢して乗るのと大して変わらなくて、少し残念だった。

 「……ンぐッ!」

 ”口開けない方が良い、舌を噛むから”

 自分の口を黒い手袋をした左手で覆われる。

 ”にしても君なんかピリピリするな……電気でも浴びてきたのか?”

 高度……30mくらいだろうか。空へ飛んでから既に数十秒が経過している。

 「ぷはっ、お前なんでそんな冷静なんだよ!?」

 ”だから話さない方が良いんだって、こら”

 「いてッ!」

 頭を軽く小突かれた。痛い。

 女性の脇に抱えられながら運ばれるというのも中々情けないものがあるのだが、この時既にタツキは、若干の既視感を覚えていた。

 やはり悪寒は当たった。

 神妙そうにしているタツキを細めた目で見ながら、

 ”お前、さっきエラーと言ったね”

 フードのせいでよく顔色が見えないが、詰問するかのような雰囲気を言外に滲ませていた。

 ”名前は?”

 「……タツキ」

 ”タツキ……本当に人間なんだな”

 「あんたさっきから何言ってるか分かんねえんだけど! そもそもあんた誰だ! それとさっきのでかいのは何だ!! アッ!」

 ”……舌噛んだ? ……だから言ったのに”

 「…っるっせえよ。ペッ……それに、」

 タツキは彼女の背中から生えている二つの翼をちらりと見た。

 「あんた……まさか」

 ”……何、まあ、知ってるよな。そりゃそうだよ”

 意味分からない事ばかり言っているが、取り敢えず思いついたことを言う。

 

 「お前、天使か?」


 空中なのに、時間が止まった気分がした。

 いや、正しく言えば天使の方がその吊りあがった目を白黒させていたからだろうか。そんな気がした。


 ”ああ……ええ、っと……”

 「どうだ? 当たりだろ?」

 ”君は、あれだな”

 「え?」

 ”やっぱりバカだな”

 「はあ!? お前馬鹿に馬鹿って言っちゃダメなんだぞ! イッ!」

 口元を両手で抑える。手のひらに少し血が付いていた。

 ”……また噛んだの?”

 「うるっせえよ! 訂正しろ馬鹿!」

 ”……ケハハ”

 「笑うな……一てえ」

 

 ”ズドンッ”という音が聞こえた。

 その音とともに黄金色の光が辺りを包んだ。

 「何だ!?」

 抱えられながら声を上げると、天使(仮)はぼやいた。

 ”……ああ、そういうことかよったく、あいつら本気だな、私一人のためにさ”

 「なんでそんな棒読みチックな発音するんだ?」

 ”……発音?” 

 「あ? それだよそれ」

 口元につけている変な形のマスクを指さした。

 ”いや、これは……”

 

 話している間に、稲妻が増えてきた。

 

 「おい、これやばくないか」

 ”降りるぞ”

 「!?」

 急降下する体に対応できず、息がしづらくなった。

 どこぞの民家の屋根に足を付けて、天使(仮)とタツキは辺りを見回した。

 「……は?」 

 タツキは困惑した。

 町が、自分が住んできた町が、

 ”……”

 燃えていた。

 

 「何だこれ……?」

 ”雷撃があれだけ降っていたからな……あちらも必死なんだろう”

 「何だって聞いてんだよッ!!」

 胸倉を掴んで怒鳴りつけるように言葉を吐く。

 「説明しろ!! これは何だ!!」

 ”落ち着けよ……また舌を噛むぞ?”

 「知ったことか!! そうだ……誰か、助けないと…‥‥!」

 ”その必要は無い”

 「…‥‥あ?」 

 ”もう皆死んでるよ”

 冷たい外気に晒されているにも拘らず、心臓はバクバクと高鳴っている。

 「死ん、だ?」

 ”お前だって聞いているはずなんだけどな、あのノイズを。”

 「ノイズ……」

 ”先程この町一帯に検知された電波は少々特殊なものでね、生物兵器の一種で、君らのこめかみに埋め込まれてるチップに影響を与えるものだった”

 「……」

 ”脳波に対する干渉、というべきかな。まあ、まだGPS以上の使い方を民間には提示さえしていなかったみたいだから知らなくて当然なんだろうけど”

 言葉が耳に入ってこない。

 ”脳死状態に強制的に持って行くものでね、その『対人に関して死及び生命活動に干渉を与える電波』を指して、我々はと呼んでいる”

  

 「待て、よ……なら俺はどうして」

 ”それを聞いていたんじゃないか、どうして君は生きてるんだい?”

 何も答えられないタツキに嘆息しながら、彼女は被っていたフードを外した。

 

 長い緑色の髪が辺りにたなびいた。

 アイスティーに似た色をした瞳に、寝不足か知らないがその下に酷いくまが出来ていた。

 ”お前、何者だ?”

 「……知らねえよ」

 ”そうか”

 ズド、と腹部を殴られる。

 「か、はっ!」

 胃液を吐き出し、膝が落ちた。


 ”あまり冗談が過ぎると殺すぞ?”

 「……勝手に、しろ」

 ”は?” 彼女は不快そうに眉をしかめた。


 「俺は、な、決めてるんだよ、死ぬまで、冗談言うって……」

 ”そうか。馬鹿だなやはり。……ん?”

 殴った拍子に服のポケットから落ちたスマホを拾われる。

 ”!?”

 ビリ、という音が聞こえるくらいの静電気が彼女の手を襲った。

 ”これは……?”

 「見たら分かるだろ、スマホだよ」

 まじまじと、文明の産物を見つめる彼女を見て、馬鹿にしたように言う。

 ”何を、言っている……お前、これは……”

 「あ? 何だよ」

 今度はこちらが胸倉を掴まれ凄まれた。

 ”ノイズキャンセリングが仕組まれてるんだよ! おまえの携帯……我々が機密としている『ノイズ』を無効化する何らかの別波長のノイズが発されている”

 静電気を受けた彼女の右手の黒い手袋はは、少し焦げたようになっていた。

 ”ちょうどと同じ……だから打ち消し合って火花が散った”

 「つまり、どういうことだ?」

 状況が読み込めない。

 何を言っているのかが分からない。

 こちらをじっと見つめ、彼女は言った。


 ”……お前はんだ、どこかの誰かに”


 生かされた?

 何か変な事は無かったか、心当たりは無いか、と聞かれ、

 「メールが、送られてきた」

 ”どんな?”

 「『あの子を助けろ』ってだけ書かれて、日付が来年の今日になってた」

 ”……来年?”

 

 何か思い当たることがあるのか、少しの間黙り込む。

 ”それは、困ったな”

 「何なんだ?」

 ”来年の今日は……”

 大きな風が吹いてくる。伸びた前髪が鬱陶しくなるのを他所に、彼女のよく分からない色をした髪の毛が風向きに大きく動く。

 煌煌と燃えている炎の光に照らされて、彼女の瞳は寂しく映った。


 ”私が、死ぬ日だからね”

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