第3話遥か空に思いを馳せて

 「……”あの子を助けろ”? あの子って誰だ?」

 いやその前に、なんだこの差出人。from:youとかふざけたことしやがって。

 システムバグか? 例の電磁波とやらの影響か? それこそこの”避難”の。

 「ハッハー…そういうことか。」

 きっとハッカーみたいなのがアドレスを操作してんだな?

 メールの受信時刻とメールの発信時刻が表示されるのだが、それも一致していない。なんだよ今日は、12月9日。なのに送った時刻が来年の12月9日になってら。

 「こんなのに騙されるわけねえだろ……変なリンク貼ってないだけで、メールそのものに意味でもあんのか?」

 スクロールしたが、リンクどころか”あの子を助けろ”以外の文字すら見つからなかった。

 「……?」いや、別に違和感はなさそう、だが。

 

 今いる公園は町内で一番高い丘の上にあり、住んでいる市内ではあるものの、周りに住宅は無く、見下ろせる場所に位置している。

 いつもならホログラム上映や、新作のロボットなどの試用に用いられる場所であるので、大人どころか子供も寄り付かない。

 「ん……」

 よく分からないが、これがもし不特定多数を狙ったものであるならば、俺意外の人間にも送られているはずだ。

 だが、確かめる相手が俺にはいない。

 「っけ……何だってんだよ」

 頭は悪いが、不安感だけは人一倍強い人間な俺である。

 何も無ければ良いんだが。

 心配になってもう一度父親に電話をかける。

 「……なんか、な」

 出ない。

 自然と家へ向かう足が速くなる。 

 昔からこの手の違和感にだけは外れたことが無い。

 絶対的なものなのだ。俺にとって、この感覚は昔から……、


 「あれ? タツキ?」

 家へと戻る道すがら、名前を呼ばれ、声のした方へ振り向く。

 「サツキ……?」

 見ると、木陰から上下黒のジャージを着た女の子がひょいと顔を覗かせた。

 「ん……その汗どうした? こんな寒いのに一人マラソンでも走ってきたの?」

 「ああ……いや。お前こそどうしたんだよ、そんな格好で」

 「ん? 私は寝れなかったから走ってたの、さっきまで。駅弁近いしさ」

 「……こんな寒いのに?」

 「うん? なんか変?」

 半ば引きこもりになっている自分からすれば考えられない行動意思だった。

 「そうだ」

 「え?」

 「サツキの携帯見せてくれないか」

 「は? いやだよ」

 「変な意味じゃないから」

 自分のスマホを取り出して、彼女に見せる。

 「このメールが届いているか確かめたいだけだ。」

 「何?」

 さっき自分に送られてきたメールについて説明する。

 「ふーん……いや、届いてないね」

 「本当か?」

 「うん。来てたら気づくし。……さっきの避難メールはちょっと変だなって思ったけどさ」

 それを聞いて、タツキは頭を悩ませた。

 「じゃあ、あの子ってなんだ?」

 「私に聞かないでよ」

 はあ、と溜息をついて、サツキは少し真面目そうな顔になった。

 「それよりさ、あんた、いつまで逃げるつもりなん?」

 「今関係ねえだろ……」辟易として答える。

 「……あっそ。まあ、いいや。勝手にすれば。」

 軽く屈伸して、サツキは、少し馬鹿にしたように笑った。

 「まあ、いつか限界来るから。じゃねえ」

 背を向けながら手を後ろにいる俺に向けて振り、俺とは反対方向に走っていった。

 「分かってんだよ、んなことくらい。」

 小さく誰にも聞こえない声は、12月の風に溶けて消えた。

 

 ……かに思えた。

 ”何が分かってるんだい?”

 「え?」

 空から、

 が降ってきた。

 「は……?」

 勢いと共に強烈な重さが腹にのしかかる。

 「がッ……!」

 思い切り地面に背中を叩きつけてしまう。

 肺から空気が出て、息が出来なくなった。

 ”……っと、これはすまない”

 すぐに俺の上から飛び引いて、来ている白いコートの裾をパンパンと叩く。

 ”今追われていてね、出来たら助けて欲しいんだけど”

 「まず俺を助けろ……!」

 右手を彼女に突き出した。

 ”ん、これは失礼”

 ひょいと小石でも拾うかのように軽々しくタツキを起き上がらせた。

 ”まずはそうだな……番号を教えてはくれまいか”

 「番、号?」

 ”機体番号”

 「……何の話をしてんだ?」

 ”……? ふむ?”

 タツキの不信感を感じ取ったのか急にジロジロとタツキを観察しだした。

 かなり近い距離で胸に手を当てられる。

 「……離れろ」その距離に嫌悪感を感じて言い捨てる。

 ”……心音?”

 「あ?」

 ”お前……どうして影響受けてないんだ?”

 見ると、その変なマスクをつけた女性(多分)はその冷たそうな雰囲気とは裏腹に困惑していた。

 ”馬鹿な”

 「他人から馬鹿って言われんのは嫌なんだよ、自覚はしてるけどさ」

 ”……お前は”

 彼女が何か言いかけた所で、


 ぐしゃり。

 その言葉が似合うような壊れ方で、音だった。

 彼女と俺の、向こう側。

 あった家が、大きな手の下敷きになった。

 

 「ミ ッ ケ タ」


 その声にゆっくり、”まだ残党がいたのか”、と歯がゆそうに振り返る彼女を他所に、タツキは目を見開いていた。

 「……だ」

 目にした姿を見て不意に、その単語が口からまろび出た。


 ”……!”

 彼女は横目でタツキを見ながら、

 ”色々、君とは話したいことが出来たが……また後にしよう”


 微妙にビリビリとした感覚があるが、静電気のようなものだろうか。

 『あれ』から発生しているのか。

 

 ”逃げるぞ”

 「え」

 そう言って、彼女はタツキの手を取り、

 

 空に飛んだ。

  

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