第2話エラーが検出されました

 ”エラーが検出されました。エラーが検出されました。住民の皆様は直ちに安全な場所へ避難してください―”


 聞き慣れた機械音声が耳に装着しているワイヤレスイヤホンからも流れた。

 「……またかよ」その不愉快な音を聞かないために、片耳からそれを外した。

 徹底されている。全ての端末にこの知らせが届くようにという配慮だろう。市販されているスマホやワイヤレスイヤホンには、「この音声」を受け取る機能が備えられているのである。迷惑なもんだ。

 

 深夜2時の誰もいない公園でゆっくり音楽を聴くのが好きだ。

 脳が目覚めている上で、変な雑音も無く、地面の砂利を靴越しに感じるのも良い。

 それが、

 「……メンドクセ」

 突然介入してくるノイズのせいで、最近知ったばかりの歌姫の曲が台無しになる。この時間を一人で過ごすのが唯一の楽しみだってのに邪魔されたくない。

 「よっと」座っていたブランコからひょいと立ち上がった。

 とはいえ、避難メッセージが来たってことは、どこかに避難しないといけないんだろうと思う。どこへ行っても同じだとは思うが、今回起きた問題の規模にもよる。

 「家に帰るか……いや、また電波ジャックならある意味ここの方が安全かもな」

 自分がいる範囲にまで届いたということは、少なくともこの市内で問題が発生したということ。

 ただ、人に直接害のある程の電波障害は未だ起こったことが無い。

 

 生まれつきこめかみに埋め込まれたチップに問題が起こらないようにするため、そのための避難、だそうだが、そこは流石に頭の良い連中が作ってるだけあってリスクは最小限に抑えられているらしい。

 今回の原因は何だろうか。どこぞのハッカーからの妨害電波か?

 こんな郊外の田舎にまでこの手のアラートが来ることなんて、そうそうない。

 「しかも今回は『避難してください』だもんな……注意メールじゃないし。」

 何があったんだろうか。と今更ながら心配になってきた。

 「……」ズボンのポケットに入れているスマホを取り出し、通話履歴から父親に電話をかける。

 「…………出ねえ」寝て起きないだけか分からない。

 諦めて、今度は友達にかける。

 誰も電話帳には登録していないから通話履歴から選ぶ……が、何回スクロールしても友人の姿は現れない。

 よくよく考えてみたら俺に友達なんていなかった。辛い。

 現実を直視してちょっと泣きそうになった。

 「……現実なんてクソゲーだ」

 そう毒づいて帰路に立つ。

 

 ”ピロン”

 「お?」

 スマホを取り出すと、一通のショートメールが届いていた。

 ひょっとして自分が忘れていただけで、友達ってやつがいたのだろうか。

 だとしたら、嬉しいが。

 ワクワクしながら差出人の名前を見る。

 

 『from: you』

 「あ?」

 『あの子を助けろ』


 冬の寒さに耐えながら、タツキは立ち止まった。

 「何だ……?」


☆☆☆


 耳に大音量でノイズが走った。

 ”避難してください!避難してください!避難してください!避難してください!!!”

 ”……うるさいな”

 歪な、ノイズの走った機械音声のような声が後ろから聞こえた。

 「ギケケケケゲゲゲケッ!!」「ぷぽぽぽぽっぴぽぽぽ!!」

 冷たい息を吐きながら振り返る。

 目の前にいる二つの肉塊は私をギラギラとした目つきで笑っていた。

 一人は、顔が異常なほど小さく3メートルはあるのではないかと思うほどの長身の男で、真っ黒なタキシードに似た服を着ている。 

 もう一人は、前者とは対照的に異常なほど横の幅が広い。一見シルエットだけを見れば過度な肥満に見えるが、街灯に照らされて露わになっているその頭部を見るに、その、人一人は余裕で入りそうな大きな口が特徴的だった。

 

 ――ここまで来るとは。

 一人、夜の広い道路の上で思考する。……いや、彼らがいるから一人では無いのだけれど。

 コミュニケーションを取ろうと、妙な声を発する声帯を用いながら私は言葉を発した。


 ”お前たちは何者だ”


 二人の怪物は、私の問いかけには答えない。

 その代わり、ジジジ、とホログラムのような映像が彼らを取り巻いた。

 口元がバグっている。元々歪な笑顔はもっと歪に、違和感の塊のような外見は不快ささえ通り越して物珍しささえ覚えた。

 いや、違う。

 彼ら自身がホログラムなのか……?

 歪な姿。歪な電波が、風に揺れるたびに蠢いている様子を眺めながら思考する。


 横に太い方がその裂けたような広い口を動かした。


 「オ ま ェ ヲ け ス」


 言葉の意味がよく分からない。

 私を消す?

 

 ”初めからあってないようなものじゃないか”

 そう言いながら、右手を前に、人差し指を二人に向けた。

 

 ”さすがに、さ。……自分の存在の責任は負えないよ”


 自分が生まれてきたことを後悔してるほど馬鹿じゃないんだ。 

 それでも私の邪魔をするのなら、


 ”相手してやる、来いよ”

  

 白いコートが雪風にたなびいて、

 フードの中から、意志の強そうな吊り目が現れた。

 口元には合成音声を作るマスク型の機会が取り付けられている。

 

 そうして、

 同じ空の下。

 同じ寒さの中で。

 

 別々の運命が動き出そうとしていた。 

 

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